第310話 魔の森の採集物
「ちょっと待てよ」
だがしかし、逃げるように去っていくリキョウを呼び止める。
どうせならもう一つの議題も解消してもらおう。特に害があるわけじゃないけど、鑑定されっぱなしというのは気分がよろしくない。
「……なんでしょう」
苦虫を噛み潰したような表情で振り返るリキョウだったが、メイちゃんもなんだか顔色が悪いように見える。
「俺たちを鑑定したやつがこの中にいるんだけど、ちょっと吹聴しないように言っといてくれる?」
周囲を見回してそう告げると、リキョウがポカンとした表情ののちに額に手を当てて嘆息する。野次馬も一部の人間に視線が集まって、視線を受けた本人が慌てていたりする。他にも鑑定してきた奴はいるんだけど、隠してるのかな?
「わかった……。おい! 聞いたな! 鑑定したやつらは広めるんじゃないぞ!」
個別で名前を呼べば誰が鑑定を持っているかわかるし、隠してるやつもいるだろう。それに鑑定していない鑑定持ちも混じってるかもしれない。誰が鑑定を使ったかわからない中で注意する方法としては無難なやり方か。
「すまない。好奇心旺盛なやつらが多くてな……」
そうしてもう一度大きくため息をつくと、今度こそリキョウはメイちゃんを引きずってギルドの奥へと去っていった。
「じゃあ俺たちも行きますかね」
「あー、うん、そうだな」
イヴァンが苦笑いを浮かべながらギルドの外へと出るので、俺たちも続いてギルドを出る。
「じゃあ俺はこっちだから」
「ああ、気を付けてな」
「イヴァン兄がんばって!」
Eランクの依頼を受けたイヴァンとギルド前で別れると、俺たちも魔の森へ向かうことにした。
借りた土地の前を通り抜けて北門へと向かう。家の壁は高さはあるけど、遠くから見れば野営用ハウスの二階が見えるから、あの場所に新しく何かが建ったのはすぐ広がりそうだ。
北門を抜けて外に出れば、緩やかに続く上り坂の途中から木々が茂っているのが見える。もう数キロ先から魔の森になっているらしい。といっても強い魔物が出るのはかなり奥のほうらしく、俗に浅瀬と呼ばれるエリアは広いとのこと。
「魔の森は久しぶりだなぁ」
「そうねぇ。師匠は元気にしてるかしら」
魔の森を出てすぐにまた魔の森で狩りをしたこともあるけど、今回は本当に久しぶりだ。山岳地帯だと出てくる魔物も違うらしいし楽しみではある。
「強い魔物が出るんだよね?」
フンスと鼻息荒くフォニアが気合を入れている。
「らしいけど、最初は軽く行こうか」
「うん!」
一応魔の森ということで、先頭に立って森へと入っていく。周囲に鑑定を飛ばしながらだけど、食べられそうなものは豊富にあるようだ。Dランクからしかこちらには来れない弊害か、森の浅瀬にある採集が簡単なものは放置されているのかもしれない。たぶん安いだろうし。
「それ食べられるの?」
「そうみたい。初めて見るからちょっと採ってみようか」
とはいえ見たことのない食材であれば回収対象だ。地面から生えている蔓を鑑定したら、地中に成っている芋が食えるとのこと。こんにゃくいもとはまた違うらしい。
空間把握で地中の芋を認識すると、土魔法で一気に芋だけを掘り出す。ボコッと出てきたそれは、自然薯のような細長い芋がじゃがいものようにたくさんついている形だった。
「おおー、すごいすごい」
フォニアが両手を上げて嬉しそうにしながら鼻をすんすんしている。ニルも一緒になって芋の匂いを嗅いでいる。いい匂いでもするんだろうか?
「……よくわからないわね?」
莉緒も一緒になって匂いを嗅いでいるけどわからないみたいだ。
うん、嗅覚強化してもわからん。強化した人間の嗅覚程度では勝てないのはわかっているので、深くは追及しないでおく。
「よし、じゃあ次だ」
そしていろいろと収穫しながらも森を進んでいく。
しばらく進んでいくとニルが変な顔になってフォニアが鼻をつまみだした。
「くちゃい……」
「んん?」
もちろん嗅覚を強化しても俺たちには感じられない。
「そんなに?」
「うーん、そこまでじゃないけど、くちゃい」
フェアリィバレイの山頂にいたモールボールほどではなさそうだ。さして進まないうちに俺たちにもその匂いが届いてきた。確かにそこまで臭いにおいではないけど、ずっと嗅いでいたいとは思わない。
「あれかな?」
匂いの根源が見えてきたようだ。
そこにあったのは巨大な花だ。地面から太い茎が伸びていて、葉っぱはついていない。高さ一メートルくらいのところから大きな一輪の花が咲いている。花の直径は二メートル近くありそうだ。
中央から周囲におどろおどろしい赤黒い色の花びらが広がっているが、花弁は一枚なのか切れ目がなく、スカートをひっくり返したような形で外周は垂れ下がっている。そしてその中央から太いめしべっぽいものがまっすぐ伸びている。根元から先端に伸びる中央には筋が入ったようにへこみがあり、先が尖っている。
「えっ? 悪魔の舌?」
鑑定結果を思わず口にしてしまうが、これがこんにゃくの正体なのか。
「ええぇぇ、すごいわね……。ほんとに舌みたいじゃないの」
莉緒もドン引きである。
「ここにお芋があるの?」
フォニアも腰が引けているが、せっかくなので収穫しておこうか。
「そうみたいだな。……ちょっと掘り返してみるか」
そうして出てきた芋は、大きさだけ異常にでかいが、前の街で買った悪魔の舌の材料と言われた芋と同じものだった。




