第305話 お客さん
「おはよう」
「おはよう。今日も来てるわよ」
あくびを噛み殺しながらリビングに出て挨拶をすると、先に起きていた莉緒が玄関を指さす。みんなはすでに起きていて俺が最後のようだ。野営用ハウスのベッドはなかなかに寝心地がいいので、起きられないことがたまによくある。
そして朝の出発が遅れると、たまにお客さんが来ていることがあるのだ。
「んじゃちょっと行ってくる」
顔を洗ってさっぱりすると、玄関を開けて外に出る。どうやら今日のお客さんは通りすがりの冒険者パーティらしい。
「あ、どーも。同業者の方ですかね。俺たちもただの冒険者なのでお構いなく」
襟の中からミスリル製の冒険者証を出して見えるように首にかけると、しっしと追い払うように手を振っていく。
肩をすくめて去っていく者、ますます警戒を強める者、目を吊り上げて迫ってくる者など様々だ。魔の森という強い魔物がいる方向へ向かう道だからか、街道を行く人間は腕に覚えを持つ冒険者が多いように感じる。
「ちょっと、何なのよコレ! 今までこんなもの街道わきになかったんだけど!」
一人の女性冒険者が近づいてきたかと思うと、勢いよくまくし立ててきた。
「何って、俺たちの移動拠点ですけど」
「は? 拠点? これが!?」
ポカンと見上げる冒険者を置いてそのまま野営用ハウスへと戻る。もちろんしっかりと鍵はかけておいた。なんとなく面倒な相手っぽかったので。
「おかえり」
「ただいま」
「暇な奴らはどこにでもいるもんだなぁ」
イヴァンがぼやいているが、よく知った道に見慣れないものがあれば気になるのはわかる。それでもわかった上でやってるんだけどね。俺たちもある程度の異世界生活で遠慮がなくなってきた気がする。慣れてきたとも言えるのか。
「そういえば昨日の話だけど、仁平さんからの返事は来てるんじゃない?」
昨日のうちに仁平さんからきたメッセージについてはみんなと共有してある。日本とこっちで多少時差はあるとはいえ、一晩経てば返事が来ていてもおかしくはない。
「そうだなぁ」
でもスマホをオンラインにするためだけに向こうに行くのも面倒なんだよなぁ。そこそこ魔力使うし。……試しに小さい穴でも開けてみるか?
「……お、繋がった?」
直径三十センチくらいの穴で向こうとつなげてみたところ、しばらくしてスマホの通信アイコンが圏外から電波一本に変わった。
「え? ……あ、ホントだ」
莉緒もスマホを取り出して確認しているが、同じように圏外でなくなっていたらしい。俺だけじゃないってことはちゃんと繋がってるのかな。
「ちゃんと繋がってるみたいね。天気予報開いたわ」
「へー、あ、返事きてる」
メッセージを開けば仁平さんからの返事があった。四日後には時間を取れそうだから来てくれないかということだった。
「了解っと」
返事を返して、皆にも四日後に日本に一度帰ることを伝えておく。エルからは鮫皮のおろし金を切望された。
「じゃあ朝ごはん食べたら出発しましょうか」
「へーい」
「はーい」
「わふぅ」
莉緒の掛け声にそれぞれ返事が返ってくる。
すでに朝食が用意されているテーブルに着くと、玄関の扉がガチャガチャ鳴ったかと思うと、バンバン叩かれる音が響いてきた。向こう側からは、さっき聞いた女冒険者のくぐもった声が聞こえてくる。今すぐ開けろとか聞こえてくるけどやかましい。あとで玄関から音が響いてこないように改造しようと誓いつつも、今は応急処置で空間遮断結界を玄関扉に張っておいた。
「あ、静かになった」
玄関を見ていたイヴァンの言葉で、皆の注意がテーブルの上の朝食へと戻ってくる。
「んじゃいただきます」
「「「いただきます」」」
玄関から音などしなかったのように、皆で朝飯を食べると出発の準備を進めるのだった。
準備を終えて外に出るとさっきの女冒険者が、ごつい槍斧を地面に刺して支えにして肩で息をしていた。黄色い髪を後頭部でお団子にまとめており、頬に傷のある顔でニヤリと笑うとある種の凄みがある。
ただ、その後ろにはひょろい男が困った顔で佇んでいるのでそれも半減しているが。
「やっとお出ましか」
ニヤリと口角を上げる女だったが、それに合わせて後ろの男が大きくため息をつく。
「あ、まだいたんだ」
気配があるのはわかっていたけどあえて言葉にしてみる。
「んだとゴルァ!? こっちが何回もお願いしてやったのに、ようやく出てきたと思ったらソレか!?」
どう見てもお願いしていたようには見えないが、そういうことらしい。
「あのおばちゃんこわい」
イヴァンはドン引きしていてその後ろにフォニアが隠れている。
「いや別にそのお願いとやらを聞く義理もないけど」
「はぁ!?」
随分とご立腹な女冒険者を無視して、誰もいなくなった野営用ハウスを異空間ボックスへと収納する。
「――はぁ!?」
さっきとは様子の違う声を上げるとそのまま動きを止める。後ろの男も口を開いたまま動く気配がない。
「今のうちに出発するか」
「そうね。なんだかうるさそうだし」
「異議なし」
早く出発するとばかりに、フォニアをニルの背中に乗せるイヴァン。柔軟体操もそこそこに、俺たちはいつもよりもスピードを上げて魔の森方面へと街道を走りだした。
「……あ、ちょっと、待てよ!」
我に返った男女二人組の冒険者を置いて。




