第302話 フェアデヘルデ王国の貴族
詳しく話を聞いたところ、目を離した隙に息子がいなくなっていたそうだ。探していると大通りから悲鳴が聞こえて、嫌な予感を覚えながら来てみたら……というわけらしい。
「本当にありがとうございます」
露店の傍のベンチに座りながら女性がまたもや深々と頭を下げる。
お礼をと言われてお金を差し出されそうになったので、詳しい話を聞かせてくれと言ってこの国の貴族の話を聞くことにした。
「お姉ちゃんありがとう!」
男の子も泣き止んだのか、あげた飴を口に入れて嬉しそうにしている。
「それにしても、あんな事故があったってのに衛兵も寄ってこないんですね」
憤慨してそう言葉にすると、女性の顔が少し陰って諦めた表情になる。
「お貴族様の馬車だったので、しょうがないんです」
「え?」
「まぁ、貴族なんてそんなもんだよな」
驚いていると横からイヴァンの達観したセリフも届く。
「お貴族様の機嫌を損ねて殺される平民も毎年出るので……」
「マジか……」
「……さすがにそれは酷いな」
思わず絶句していると、イヴァンも驚いているようだ。貴族絶対主義なのかこの国は。
「そういう法律があるので、大きい街は平民街と貴族街がきっちりと大きい壁で区切られているんです」
大通りの真ん中が貴族馬車専用の通り道になっていて、その道を横切るときにさえ気を付けていれば日常生活で貴族と接触することはほぼないそうな。
それにしても法律にまでなっているとは厄介だな。
「なるほどねぇ」
なんとなく帝国で会った貴族を思い出すが、そいつらよりもこの国の貴族は面倒だな。大通りのど真ん中で待ち構えて、突っ込んでくる馬車をぶっ飛ばしたらスッキリするだろうか。いややっぱり面倒ごとがあとで起こりそうだし、むしゃくしゃした時以外はやめておくか。
どちらにしろ、このリアンくんを轢いた馬車の持ち主への注意はあんまり意味がなさそうだ。確か日本にも、線路に立ち入ってはいけないっていう法律があった気がする。もし似たような法律があれば藪蛇になりかねない。
「こんなことしか知らなくてすみません」
「いえいえ、十分ですよ」
領主の名前や国王の名前などは興味なかったが、平民街と貴族街がきっちりと分かれているという情報はありがたい。
「ではわたしたちはこれで」
「ありがとう!」
話の区切りがついた親子と別れると、エルが何とも言えない表情になっている。
「どうした?」
「いや、あれくらいの情報なら、ヒノマルに聞けばすぐ出てくると思って」
話を振ってみると、エルがスマホをポケットから取り出しながら苦笑している。あれからスマホもある程度作って配っていたが、エルはよく活用しているようで使っている場面をよく見かけていた。
「え、ナニソレ」
「そっちからの情報でも、この国の貴族はろくでもない奴が多いってのは確かだね」
「うわぁ……」
エルからの情報に莉緒もドン引きだ。
「あ、魔の森に近い街はぜんぜん大丈夫みたいよ。さすがに危険のある街に貴族は常駐してないみたいだから」
ちょっとだけ目的地について後悔しそうになっていたところでこれは朗報だ。
「はは、そりゃよかった」
イヴァンが安堵の息をついているが同感だ。
「んじゃま、街にはあんまり長居せずに食材見るだけにして、ちゃっちゃと魔の森を目指しますかね」
そう決めた俺たちは、この街での食材あさりはある程度で切り上げてまたもや北へと向かった。
そうして夕方ごろに到着したのはこの国の王都である。さすがに王都だけあって街壁は大きく、規模も最大だ。近づいてみれば、街門がまだ遠くに見える位置からすでに街のような集落ができている。街壁の外にまで住民があふれているようだ。
門の中へとさっと入ると、またもや門番に聞いたお勧めの宿へと泊まった。もちろん平民街の中にある宿だ。貴族と鉢合わせするようなところには行きたくない。
「おい平民、それをよこせ」
「ん?」
かけられた声に思わず振り向く。そこに立っていたのは偉そうにふんぞり返る、身なりのいい男だった。生やしたちょび髭はほどよくカールしていて、つまようじが何本か刺さりそうなほど立派だ。
その斜め後方には同じようにこちらをふてぶてしく見つめる初老の男がいる。なんとなく雰囲気が、どっかで見たエロ爺に似ているのは気のせいだろうか。声をかけてきた男から離れないところを見るに、お付きの従者とかだろうか。
ここは平民街の高級エリアにある魔道具店だ。王都で一泊した翌日、食材をいろいろと物色してから、気になったこの魔道具店へとやってきたのだ。それなりに大きな建物で三階建ての広い店舗に、各種魔道具が陳列されている。
火や水が出る魔道具といった実用品から、永遠に回り続ける独楽とかたたくと派手な音が出るだけの板とかよくわからないものもあった。
そして今手にしているのは鏡である。見た瞬間に何やら懐かしさがこみあげてきて手に取ったのだ。そういえば異空間ボックスに突っ込んだままの鏡もあったなぁと思い出していたところに声がかかったのだ。
「これですか?」
手にした鏡を掲げてみる。
「そうだ。大人しくよこすんだ。平民は貴族に従うものだからな」
ニヤリと嫌な笑みを浮かべながらそう言葉にする。
平民と声をかけられたから嫌な予感はしていたけど、この男はもしかしなくても貴族なのか。いやまさかそんな……。
『そういえば確かに貴族しか身に着けられない徽章を着けていますね』
淡い期待もなくなりかけた男の言葉だったが、エルの念話で木端微塵に打ち砕かれた。




