第295話 到着
「じゃあ行きましょうか」
反応を返さなくなった仁平さんにDORAGON社ビルへ向かうことを告げると、スマホの通話を切って楓さんに日本語で告げる。
電話を代わってもよかったかなと思ったけど、どうせなら会った方が早いかと思ってすぐに切った。
「あ、はい。……すごく、懐かしい風景ですね」
「それはよかったです。まだ向こうの言葉になってますけど、日本語は覚えていますか?」
意識していなかったのか、楓さんはびっくりした表情で自分の喉に手を当てている。
「あー、えーっと、たぶん、話せると、思います……」
ぎこちない日本語ではあるけど、とぎれとぎれで日本語を話す楓さん。さすがに五年も使わなければしゃべりにくくなるみたいだ。
「よし、じゃあ着替えてお父さんとお爺ちゃんのところに行こう」
「は、はい」
楓さんの服装は、頭にベールをかぶっているような、白とグレーの修道服っぽい衣装だ。日本でその姿で外を歩けば間違いなくコスプレに見えてしまうだろう。
こっちの世界で買った服がいくつかあるので、全員で違和感のない服へと着替える。楓さんの身長は莉緒とそれほど変わりなさそうだったし、着れる服はあると思う。
「お待たせしました」
着替えてリビングで待っていると、楓さんが恥ずかしそうに部屋から出てきた。服は青系統でまとめられており、キュロットパンツに長袖のシャツの上からパーカーを羽織っている。どこにでもいそうな女の子の私服といった感じだ。
「うふふ、似合ってるじゃない」
「お姉ちゃんも可愛いね!」
莉緒が褒めるとフォニアも一緒になって褒める。ハーフパンツを穿いてその腰あたりから尻尾がぴょこんと出ている姿を見れば、誰もがフォニアが一番かわいいと言うだろう。
「えーと、フォニアちゃんが一番かわいいわよ?」
「えへへ」
楓さんに褒められてまんざらでもなさそうだ。
「そういえば……、イヴァンさんとフォニアちゃんも、日本語お上手ですね」
まだぎこちなさの残る楓さんの日本語より、二人の方が流暢にしゃべっている。
「あぁ、まぁ、神様からもらったスキルみたいだからな」
頬を掻きながらイヴァンが苦笑いになる。
「え? じゃあお二人も……、この日本からあっちの世界に……?」
楓さんが頭にはてなを浮かべて二人を交互に見ているけど、だいぶ頭が混乱しているらしい。日本に獣人はいないからね。
「そのへんは移動しがてら説明するとして、さっそく向かおうか。仁平さんたちが待ちわびてるだろうから」
「あ、はい」
こうして楓さんを含めた俺たち五人で、DORAGON社へと向かった。
イヴァンたちも日本語が喋れるようになった経緯を話すには、この日本にもダンジョンができたことも切り離せない話題である。楓さんが八歳のときに日本にもダンジョンが生まれたということだが、記憶の片隅にはあったようだ。驚きながらも日本語が話せるようになった経緯については理解してくれた。
「エルは召喚されなかったから、あいつだけ日本語がわからないんだけどね」
魔人族の世界の話をしている間にとうとうDORAGON社のビルへと到着する。
「ここが……、お父さんとじぃじの……」
「世界の五大通信会社らしいね」
「会社には来たことあるの?」
ビルを見上げながら感慨深く呟いていると、莉緒の疑問に首を左右に振る楓さん。
「いえ、お父さんたちの会社には来たことないです」
「まぁ普通はそうかもなぁ」
「うん。私もないわね」
会社勤めの親の仕事場に顔を出す機会なんてそうそうあるわけもない。
肩をすくめながらビルへと入っていくと、エレベーターホールへと向かう。
入館証を取り出してフォニアへと渡すと、抱っこして持ち上げる。フォニアが得意そうな笑顔でカードを認証すると、目の前の扉が開いた。
「うわ、すごい」
「すごいでしょー」
楓さんが驚いて見せると、腕の中にいるフォニアがふんぞり返って胸を張っている。目の前で揺れる尻尾がぴこぴこと動いている様は、とても非常に激しく可愛らしい。異論は認めない。
エレベーターで72階を目指して上昇していくごとに楓さんの表情が硬くなっていく。五年振りに家族と再会するわけだが、彼女は今何を考えているのだろうか。
だんだんと口数が減っていき、目的階へ到着する頃には静かになっていた。
「いつもはこの会議室で仁平さんたちと話をするんだけど……」
目的の会議室は誰もいないらしく、ドアが開いていて中は暗かった。感動の再会があるかと思ったから拍子抜けだ。
「今から行くって連絡はしたんだけどなぁ」
「出張中とかだったりして?」
「確かに。一応着いたって連絡はしとくか」
十四郎さんと仁平さんと莉緒がいるグループにメッセージを送っておく。
「これでいいかな……ってもう返事が来た」
「あと三十分くらいでこっちに着くみたいね」
莉緒もスマホを取り出すと、届いた返事を読み上げる。
「もうすぐ……、会えるんですね」
何やら複雑な感情が入り混じった表情で、楓さんが部屋の入り口に視線を向ける。
「ああ、そうだな」
これで仁平さんからの依頼も達成になるのかな。
思ったよりも早く解決したことに拍子抜けしつつも、楓さんの家族が到着するまで静かに待った。




