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第185話 高級宿へご案内

 ここ渓谷街フェアリィバレイは、左右が急な斜面に囲まれた谷底に街が形成されている。そのほぼ中央を南北に清らかな渓流が流れており、俺たちが宿泊する宿を含む主要な施設が、谷底の中央に集中している。昔はここに来るには渓流沿いの細くて険しい道を進むしかなかったらしく、これほど街も栄えていなかったそうな。


「いらっしゃいませ」


 綺麗な苔に覆われた庭を眺めながら石畳の上を進んでいくと、玄関前に佇んでいた従業員らしき女性に迎えられる。旅館にいてもしっくりくるような、和服メイドといった見た目だ。

 軽く会釈を返して建物の中へと足を踏み入れる。玄関先から中を覗けないように、立派な一枚板でできた衝立(ついたて)が置かれている。幅は三メートルほどで艶があり、もうこれだけで高級感がにじみ出ている。


「なんかすごい」


 腰が引けているイヴァンと違って、フォニアは好奇心を抑えきれないようだ。自分の背よりも高いその衝立をぺたぺたと触っている。


「ちょっ、こらフォニア」


 イヴァンが慌ててフォニアをひっぺがえすと、フォニアが「あっ」と声をあげて手を伸ばすがもう届かない。


「うふふ、かわいらしいお嬢さんですね。ようこそいらっしゃいました。本日はご宿泊でしょうか?」


 玄関前にいた従業員より豪華な和服メイド姿の女性に声を掛けられる。


「あ、はい。四人なんですけど部屋は空いてますか」


「四名様ですね。確認いたしますのでまずはフロントまでどうぞ」


 促されるままに受付のあるフロントまで付いていくと、和服メイドの女性がそのまま向こう側に回ってくる。


「ほらイヴァン兄、早く早く!」


 さっきから挙動不審なイヴァンが、自ら抱えているフォニアに急かされている。


「わかったから落ち着け!」


「お部屋は四名様でしたら『松の(いおり)』に空きがございます。部屋には露天風呂もついておりまして、当宿で一番自慢のお部屋となっております」


「お、いいですね。じゃあそこで」


「何泊くらいする?」


 莉緒が首を傾げて尋ねてくるが、何泊にしようかね。


「そうだなぁ。思ったより観光のしがいがありそうだし、とりあえず十泊くらい?」


「そうね。まずはそれくらいでいいかしら」


「いやちょっと、二人とも! せめて! せめて部屋の値段くらい確認しようよ!?」


 さっそく決めようとしたところでイヴァンのツッコミに割り込まれてしまう。まったく、そんなに慣れない宿は嫌いかね。ほら、フロントの後ろにいる他の従業員の人の笑顔が引きつってるじゃないか。


「あら、これは失礼しましたわ。Sランク冒険者様であれば値段はお気になさらないと思っていましたもので」


 特に冒険者証を出したわけではないけど、すでに知られているようだ。街に来たばっかりだけど、バルミーさんとの会話をどこかで聞かれたのかもしれない。鑑定したら見た目というか今現在の職に似合わず職業が暗殺者(・・・)だったし、情報収集が得意な可能性もある。職業通りの職に就いてない人もそれなりにいるしね。


「そうだぞイヴァン。それにお金があるから使うんじゃなくて、減らないから使うんだ。そこは間違ってはいけない」


「そうよ。でないと経済も回らないからね」


「ええっ!? いや……、ってかケイザイって何!?」


 そういえば冷蔵庫売ったとき、イヴァンとフォニアは商会の商品見て回ってたな。いくらで売れたかとか知らなかったかもしれない。わざわざ俺たちの貯金額とか教えたりもしてないし。


「まぁそういうことだからお金のことは気にしなくていいぞ」


「むしろ欲しいものがあったら何でも言ってくれていいわよ。フォニアちゃんも遠慮しなくていいからね」


「うん!」


 と言っても奴隷生活が長かったからか、自分から欲しいものなんて二人ともほとんど言わないんだけどな。食べ物に関しては物欲しそうな表情が出るみたいだからわかりやすいんだが、だいたいは俺たちも美味そうって思ったものだから黙って人数分買ってしまうし。


「うふふ。ご宿泊ありがとうございます。十日ですね、承知いたしました。係の者に案内させますのでしばらくお待ちください」


「わかりました」


「ねぇねぇ、ろてんぶろってなに?」


 案内されるのを待っていると、フォニアがワクワクと目を輝かせている。隠れ家や野営用ハウスのお風呂に入ったことはあるが、どれも室内風呂だったので露天を知らないのかもしれない。


「露天風呂はね、空を眺めながら入れるお風呂だよ。景色を眺めながら入るお風呂は気持ちいいよ」


「そうなの? お姉ちゃん家のお風呂より気持ちいい?」


「そりゃもちろん、露天風呂は解放感があるからねー」


「へぇ、楽しみ!」


 ワンピース姿のフォニアのお尻あたりがわさわさ動く。全力で尻尾を振っているに違いない。


「ほんに、お待たせしてもうて申し訳ありまへん」


 フォニアに露天風呂のすばらしさを教えていると、部屋へ案内してくれる人物が現れた。なんとなく京都弁っぽい言葉に、和メイド服を少し着崩した女性だ。赤い髪にたれ目が印象的ではあるが、その職業も相まって不思議な雰囲気を纏っている。

 さっきの人もそうだったけど、この人もそこそこステータス高いな。たまにステータス高い一般人もいるにはいるけど……。


 ――ってか職業『闇メイド』ってなんなんだ。意味わからんのだが。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 日本人が作って日本人の血筋が経営する旅館なのかな? 流石にどこかの国が差し向けた暗殺者はないよな?こんな辺境に来るなんて予想できないだろうし。 莉緒とイヴァンが同じ部屋になるのは良い…
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