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第184話 渓谷街フェアリィバレイ

「ここを抜ければ渓谷街、フェアリィバレイです」


「へぇ……、こんなところ通るんだ」


 ここは帝国を東に抜け、商業国家をさらに超えた山岳地帯の山道である。その途中にある崖下で一同は立ち止まっていた。


「すごいところにあるんですね」


 ちらほらと村や街で噂になっていた渓谷街フェアリィバレイ。険しい山岳地帯にあると聞いて、初めは寄るつもりなんて一切なかった。


「はぁ……、ふう……」


 イヴァンが息も絶え絶えに山道を登っているのを見る通り、それなりに険しい道が続いていた。だがしかし――


「温泉すごく楽しみです」


 そうなのだ。この先にある渓谷街には温泉があるのだ!


「はは、そのおかげでまさかSランク冒険者に護衛いただけるなんて、(わたくし)としても幸運でした」


 御者台からそう話してくれるのは商人のバルミーさんだ。茶色い毛並みに馬の耳を生やした、馬面をした馬人族の男性である。

 ラシアーユ商会に所属していて、冷蔵庫を売ったときにお世話になった人でもある。こちらもいい値段で売れたのでホクホクである。


「すぴー……」


 フォニアと言えば、ニルの背中にしがみついて気持ちよさそうに寝ている。

 徒歩で山道を登っているのはイヴァンを含む俺たちだけだ。馬車の御者台は一人しか座れないし、荷物を積み込んだ馬車にも座るスペースはない。

 見晴らしのいい平原にある街ならともかく、渓谷にひっそりと佇む街をやみくもに探すよりは道案内をしてもらうことにしたのだ。


「では参りましょうか」


 バルミーさんはそう一声かけると、崖にぽっかりと開いたトンネルへと馬車を進めていく。地面は綺麗に均され、天井なども崩れないようにしっかりと補強されているトンネルである。馬車同士が余裕を持ってすれ違える幅があり、しっかりとした街道となっている。

 トンネルの途中、隙間から少しだけ空が見える広場で昼休憩を取り、日が暮れる前にトンネルの向こう側へと抜けることができた。


「おお……」


「すごいわね」


「なんだこりゃ……」


「うわぁ……!」


 目の前に広がるのは自然豊かな大渓谷だ。ここは斜面の中腹にあたるようで、左は登り道、右は渓谷の底へ続く下り坂となっている。目の前には向こう側の斜面が見え、この距離だと渓谷の幅は二、三キロだろうか。かなり大きい。


「はは、このトンネルが開通してからは比較的簡単に行き来できるようになりましたけど、昔は秘境の湯なんて呼ばれてたんですよ」


「へー、そうなんですね」


「すごく楽しみね」


 トンネルを出てすぐの街門にて通行料金を払う。さすがにトンネルは無料ではなかったらしい。

 谷底へ向かうほどだんだんと街が賑わってくる。山岳地帯だけあってこの街は鉱山も近く、鍛冶も盛んで職人も数多くいるという。いやホントこの街スルーしなくてよかった。


「商会についたら宿に案内しますね」


「はい、お願いします」


 斜面の中腹はそうでもなかったが、谷底へ向かえば向かうほど道が入り組んできていた。高低差も相まってこれはちょっと迷うかもしれない。空を行けばそんなことはないけど、バルミーさんのご厚意に甘えることにしよう。

 しばらくすると目的地へと到着する。


「ここがラシアーユ商会のフェアリィバレイ支店です。道中の護衛ありがとうございました。何かご入用でしたらどうぞおっしゃってください」


「わかりました。何かアイデアが浮かんだらまたお願いしますね」


「はは、できれば買い物もしていただけるとありがたいのですが……。そのときはよろしくお願いします」


 おっと、そうだった。普通商会からのご入用って買う方ですよね。

 バルミーさんの苦笑と共に依頼の完遂票を受け取る。


「では宿にご案内しますね」


「よろしくお願いします」


「はー、やっと一息つけるな……」


 イヴァンはかなり疲れ切っているようだが、フォニアは物珍しそうにキョロキョロとあちこちを観察している。ニルの背中からは降りているけど、目を離したらすぐに迷子になるんだよな。すでに今まで通ってきた街で何度か迷子になっている実績があるし。といってもフォニアは狐なだけあって鼻が利くし、念話もあるからすぐに合流できるんだけど。


「フォニアちゃん、迷子にならないようにね」


「……え? うん、大丈夫だよ!」


「それは迷子にならないということなのか、迷子になっても大丈夫ということなのか」


「むぅ……、迷子にならないもん」


 眉間に皺を寄せるイヴァンに、頬を膨らませてフォニアが応える。イヴァンにとってフォニアは最近までは守るべきだったので、ふとしたことですぐに心配になるのだ。

 谷底にほど近い坂の途中にあるラシアーユ商会から、街の中心である谷底方面へと向かって歩いて行く。中央には清らかな渓流が流れており、街の高級宿といえば渓流沿いにあるとのことだ。


「ここがこの街一番の宿『妖精の宿』です」


 自慢げに指し示すその先には、今までこの世界では見なかった日本風の高級旅館を思い起こさせる外観をした建築物が静かに佇んでいた。


「へぇ、こんな宿もあるんだな」


 以前手に入れたスマホといい、どこかしらに俺たちの世界に似たものがあるもんだとは思ってたけど、こんなところにもあるとはね。


「……また高級そうな宿に」


 イヴァンが顔を引きつらせているが、そろそろ慣れてくれてもいいと思う。

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― 新着の感想 ―
馬車に積み込んだ荷物を収納してあげれば全員馬車に乗れたのでは? なあなあで契約外のことはしないとかイヴァンを鍛える意味があるのかも知れないけど。
もうこの夫婦は数百億くらいの資産があるからね。 5代先の子孫くらいまでは普通に裕福に暮らせるんよ。
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