閑話 ニル
その獣は空を見上げていた。何かの気配を感じたようだが、確かに空を飛ぶ何かが見える。ふと興味を覚えた獣は空を飛ぶ何かを追いかけてみることに決めた。
後ろ足に力を込めると地面を踏みしめ、空を踏みしめ、二本の尻尾を揺らしながら駆け上がる。
鼻をクンクンさせて匂いを嗅いでいるようだが、どうも獣の様子がおかしい。口元からよだれが垂れているが、そんなに空を飛ぶ何かが美味しそうに見えるのだろうか。
何分、何時間たっただろうか。獣の目は血走っており、もはやよだれをまき散らしながら空を疾駆している。
――と、唐突に、獣の行く手を遮るかのように巨大な物体が現れる。
獣はびくりと鼻を震わせるとカッと目を見開き、大きく口を開けると現れた物体に噛みつく。……いやかぶりつく。
獣の表情と言うのもよくわからないが、だらしなくほおを緩めているようにも見える。やがてゆっくりと地上へと降りると、咥えたそれを貪るように食べ始めた。
自分の体よりも大きい獲物だ。下手をすると三倍以上ありそうである。一心不乱にかぶりついており、みるみるうちに獲物の体積が減って獣の血肉となっていく。もうとっくに獣自身の大きさを超える分量を食べているはずだが、獣のお腹はそれほど膨らんでいるようには見えない。
やがてすべてを食らいつくすとげふっと一息つき、大きな遠吠えを響かせて眠りについた。
何日かたった頃、ようやく獣が目を覚ました。
立ち上がり周囲を見回しては足元に視線を向けている。どうやら戸惑っているように見えるがそれも無理はないだろう。目覚める前と比較して体の大きさが1.5倍ほどになっている。
「わふぅ……?」
しかしそれもひと鳴きすると落ち着いたようだ。足元に転がる大きい骨を咥えると、地面に伏せて齧りだした。
しばらく三本の尻尾を振りながら機嫌よく齧っていたが、途中で飽きたのか尻尾の勢いがなくなり耳が垂れさがってくる。肉を食えずに骨だけ齧ってることに虚しさを感じたのかもしれない。
「わふ……」
か細い声を漏らすと大きな骨を咥えて力なく歩き出す。
が、何かに気が付いたのか、尻尾が徐々に上を向いてきた。そのまま駆け出すと空へと舞い上がった。
目指すは東だ。最初に空を飛んでいる何かが去っていった方向だ。もしかしたらあれが獣に獲物を与えた存在だったのかもしれない。そう考えた獣は一心不乱に東を目指した。そうすればきっと、もっと美味しいものが食べられるに違いないと信じて。
第三部の閑話はこれにて終わりとなります。
第四部の開始はカクヨム版の10日遅れ12/11を予定しています。