閑話 イヴァン
俺はイヴァン。熊人族の元奴隷だ。元とつく経緯は省くが、今は俺を奴隷から解放してくれた冒険者と同行している。ここまで世話になった恩をすべて返せる気はしていないが、少しでも返せればと思っている。
「いいのか? こんないい装備使わせてもらって……」
「余り物だから気にしなくていいぞ」
「そうね。異空間ボックスの肥やしになってるし」
ここは帝都を出てから国境を超えて商業国家へと入った最初の街の宿だ。帝国を出たし、俺の冒険者ランクでも上げようかと言う話になり、冒険者ギルドへ行くことになったのだ。
「これが余り物……?」
ベッドの上に置かれた各種装備に視線を向ける。
普段着で冒険者ギルドへ依頼を受けに行くなんて、いくら冒険者になりたての俺でもダメだとわかる。そして俺は奴隷から解放されたばかりだからして、武器や防具を持っているはずもない。
だからシュウとリオに借りようと思ったんだけど……、なんじゃこりゃ。
「すげー威圧感を感じる装備たちなんだけど……、Fランクの俺には過ぎた装備なんじゃ」
素人目にもなんとなくすごさが伝わってくる。武器や防具から発する威圧感っていうのかな。なんかこう、すごい。
「と言われてもなぁ……」
シュウとリオが顔を見合わせて肩をすくめている。もしかして。
「冒険者初心者用の装備なんて持ってないし、わざわざ買うのももったいないでしょ?」
予想通りだった。そりゃSランクの冒険者ともなればそんなものかもしれない。
「それにだ。レイピアで刺されたくらいで死にかけるようじゃ、安心できないしな」
「は? いやいや、普通死にかけるってか、運が悪かったら死ぬっての!?」
俺はお前らじゃねぇんだし、刺されたら普通に死ぬよ!? 何言ってんのコイツら!
「うん。だからその防具……、いえ、白いシャツは絶対に着ておくこと。いいわね?」
「お……、おう」
目の前にあるシャツを摘まみ上げてしげしげと観察する。なんか防具よりシャツを強調してたが、このシャツに何かあるのか……? いたって普通、というかかなり上質なシャツにしか見えないんだが。
「イヴァン兄だけずるい。ボクもそうび欲しい」
ベッドによじ登ってきたフォニアが唇を尖らせている。
「はは、もうちょっとだけ待っててくれるかな。手持ちにフォニアのサイズに合う防具はなかったんだよな」
「うん。フォニアちゃんに合うようにサイズ調整してみるから待っててね」
「うん!」
「あ、でもシャツだけはフォニアちゃん用に早く作っておこうか」
「そうね。シャツは重要だもんね」
……なんなんだそのシャツは。ただの白いシャツにしか見えないけど、そこまで重要なものなのか。
「なぁ……、このシャツってそんなにすげぇのか?」
怖くもあるが、気になってしょうがなかった俺の口から自然と疑問が漏れていた。
「ん? ああ、このシャツね。まぁイヴァンもコレ着てたら、レイピアで刺されても貫通せずに防いでくれるくらいには防御力があるぞ」
「……は? いや、ただのシャツ……だよな?」
「うふふふ」
「ははは。まぁただのシャツだから気にすんな」
いやいや、レイピアの刺突を防ぐシャツってなんなの!? 触った感じ普通のシャツより手触りいいし、どこにそんな性能があるとか思わねぇよ!?
「よし、じゃあギルドへ行くか」
こうして俺は満足にツッコミを入れさせてもらうことなくギルドへと連れていかれた。
「あっちとこっちと、あと向こうにもあるぞー」
「全部採集しないように気を付けて」
常時依頼の薬草や毒消し草の採集はどこのギルドでもある。今立ち寄っている街のギルドにももちろんあったので、さっそく依頼を果たしに来てるんだが。
「ちょっ、広いし、多いんだけど、これ全部がそうなのか!?」
シュウとリオの機動力はバカにならない性能がある。ニルの背に乗れば俺にもその恩恵にあずかれるわけで、街から遠く離れた群生地なんぞに来ていたりする。
「鑑定したから間違いないよ」
「まぁそうなんだろうけど!」
まだ薬草の採集はいいとしよう。森の中のぽっかり空いた広場に、たまたま薬草の群生地があってもおかしくはない。だけどな――
「お、ちょうどいい奴が来たっぽい」
「じゃあイヴァンよろしく」
「イヴァン兄がんばれ!」
「グルゥゥアアアア!!!」
「いや、心の準備を……っ!?」
迫ってきた魔物を確認すると、左右に腕が二本ずつ生えた熊みたいな魔物だった。こいつらは俺を鍛えるとか言って、凶暴な魔物を釣っては俺にけしかけてくるんだ。確かに、弱いままは嫌だとは言った覚えはあるけどさ!? いきなり魔物と実戦とはならなくない!?
「ぐっ!?」
シュウに借りた槍を盾に魔物の攻撃を防ぐ。すごい膂力だけどマジで俺とちょうどやりあえる相手なんだろうな!?
「すげー腕力なんだけど!?」
「大丈夫大丈夫」
「イヴァンならたぶん大丈夫」
「ボクも応援してるから、がんばれー!」
「だ、大丈夫じゃなさそうだから叫んで――、うおっと! あぶね――」
振り上げられたもう一本の腕を躱したが、残念ながらまだ自由な腕は二本あるわけで。
「ぐあっ!」
躱しきれずに手甲で受けた攻撃に呻きつつも、反撃を繰り出す。
「くそっ、いつまでも弱いままだと思うなよ!」
こうして採集という名の実戦訓練がたびたび繰り返されるのであった。




