第19話 不意打ちの襲撃
「ん?」
なんとなく違和感を覚えて家の方を振り返る。重力魔法を維持しながらだが、そこはもう息をするように魔法を行使できるようになっているため問題ない。
一瞬だけ人の気配を感じたような……。気のせいかな……。四か月たつけど、魔の森の中では師匠以外に人に会ったことはないんだが。
「いや待て、師匠なら『不意打ちをすれば何かスキルが生えるかもしれない』とか言い出しかねない……」
慎重に家の玄関へと向かう。鍵は一応ついてるが、短時間家を空けるくらいなら鍵はかけないため開いている。
ソロ狩りを言い出したのも、不意打ちをするための方便だと思えば納得できる。
「……さっき感じた違和感以外はいつも通りだな」
一瞬だけ気配を漏らすとか、何気に師匠は芸が細かいな……。
玄関を覗き込むが誰も見当たらない。ダイニングにも誰もいないか……。あとは師匠の部屋と自分の部屋か。ここは先に自分の部屋を……。
――と、部屋の中を覗き込んだところで、テーブルの上に中身の出された革袋が置かれているのが目についた。
「あれは……、クソ王女に押し付けられたお金と――」
ブローチ? と声に出そうとした瞬間、部屋の中から魔力があふれ出し、死角から黒装束に包まれた人影が殺気を伴って飛び出してきた。
「くっ!」
とっさに顔をのけ反らせて回避するが、首筋に鋭い痛みが走る。
さらにその黒装束の影からバスケットボール大の火球が生まれ、勢いよくこちらに飛んできた。体勢を崩しているため、倒れようとする勢いに逆らわず後ろに倒れながら、同時に魔力を込めた拳を火球に下から叩きつけて天井へと逸らす。
そのまま地面にブリッジの要領で両手をつくと、バク転の勢いで魔力を込めた足をけり上げ、火球を放った後の追撃で接近してくる黒装束の顎に叩き込んだ。
「がふっ」
激しい爆発音とともに家の屋根が吹き飛ぶ。
首を切りつけてきたもう一人の黒装束は後ろに下がって退避していたが、二人同時に飛びかかってくることはなかったようだ。
顎を蹴り上げた黒装束がふらつきながらも立ち上がろうとしているのを視界の隅に入れつつ、もう一人の黒装束へと向き直る。
「誰だよ、お前ら……」
なんとなく足元がおぼつかなくてふらふらする。このままだとヤバいかもしれない。いやな予感がする。
「柊!」
と思ったとき、家の玄関から俺を呼ぶ莉緒の声がした。どうやら帰ってきていたらしい。
「チッ! もう一人勇者がいたか……!」
「撤退する」
言葉と共に魔力を練り上げると、目の前の黒装束からまたもや火球が撃ち込まれる。弾き返すこともできずに無様に回避するが、その隙に黒装束の背後の壁が魔法で破壊されていた。
「ま、待て!」
制止の言葉を聞くはずもなく、黒装束は二人とも壁の穴から外へと逃げ出す。手を伸ばすが届くはずもない。というか微妙に呼吸が苦しい。目も霞んできた……。なんだこれ、どうなってるんだ。視界がすげー低くなって地面から見上げてるような……って倒れたのか、俺は。
「柊! しっかりして! 柊!」
莉緒の声が遠くから聞こえる。
「おい、坊主、何があった!」
師匠も来てくれたようだ。
……ハハッ、何が師匠の不意打ちだ。よくわからんが、普通に敵さんの襲撃だったじゃねぇか。いやでも、殺しにかかってくる人間ってすげー怖ぇな。今更ながら体が震えてきたよ。
「とりあえずこれを飲め! ……くそっ、だめか! 嬢ちゃん、これを坊主に飲ませろ! オレはとりあえず…………!」
だんだん耳も聞こえなくなってきた気がするぞ、何て言ってんだ?
耳をそばだてていると、唇に柔らかい何かが接触し、液体が注ぎ込まれる。咽そうになったが必死に耐えて、液体を嚥下する。
頬をペチペチと叩かれている感触がするが、それも徐々に感じなくなってきた。
視界がぐるぐる回りだして、ピクリとも体を動かせなくなったあたりで、俺の意識は途絶えた。
「……あれ?」
「柊! 気が付いたのね!」
目が覚めると視界いっぱいに莉緒の顔があった。目に涙を浮かべて俺を見つめるその姿は、いつか見たぽっちゃり体型ではなくなりスリムになっている。
これも異世界に来て運動量が増えたおかげだろうか。
「よかった……」
余計なことを考えていると莉緒が首へと抱き着いてきた。ちょっと苦しいけど勘弁しておいてあげよう。ポンポンと背中をたたいてやる。とそこで腕が動くようになってることに気が付いた。
ベッドは二つ置いてあったはずだが、壁際に置いてあった俺のベッドではなく、自分は莉緒のベッドに寝かされているようだ。
自分のベッドはと横を見ると、破壊された壁と一緒に瓦礫になっていた。日は沈んでいるようで、外は真っ暗だ。
にしてももうベッドで寝られないな……。くそっ、あいつらめ……。
「はー、まったく、なんだったんだろうな……」
起き上がろうと思ったけど莉緒がなかなか離れてくれない。
「えーっと、莉緒さんや。起き上がりたいんだけど、ちょっと離れてもらえませんか」
「……やだ」
首を振って弱弱しく答える莉緒にちょっと萌えてしまった。
「俺はもう大丈夫だから」
よしよしといくらか宥めているとようやく納得したのか、未練がましくも離れてくれた。
「なんか真夜中っぽいけど、俺ってどれくらい寝てた?」
「一日半経ったよ」
「マジすか」
「うん」
「おう、やっと起きたか、坊主」
などと話していると、師匠が俺たちの部屋へとやってきた。