第175話 配達
一夜を明かした翌朝。
イヴァンとフォニアの隷属の首輪はすでにラグローイ侯爵家へと返却し、指名依頼の完遂票を執事に書いてもらっている。あの長男と直接顔を合わすことがなくてホントよかった。
その足で、海皇亀の首を納品すべく城へと来ているところだ。もちろんイヴァンとフォニアは宿で留守番だ。城に入るということで、ニルも留守番をしている。
「こっちの城もでかいな」
「アークライト王国王城より大きい気がするわね」
六角形の頂点の位置に背の高い尖塔が聳え、その中心に王城は建っている。外側には堀と城壁が築き上げられており、正面入り口にかかる橋には城を出入りする人がちらほらと見える。
「こうやって眺めててもしょうがない。行くとするか」
皺が寄っていた眉間をもみほぐし、正面玄関へ向かうべく橋を渡っていく。ちょうど並んでいる人がはけたようで、順番待ちをすることなく自分たちの番が回ってきた。
「要件を」
統一された槍と鎧に身を固めた門番が、簡潔に問いかけてくる。
「帝国軍の依頼で戦利品を持ってきました」
「ふむ」
依頼書を渡すとじっくりと内容を確かめて、俺たちの後ろあたりへと視線を向ける。もう一度依頼書を確認すると、困惑しながらも何度も頷く仕草をしている。そして仲間へと指示を出すと、一人の門番が城の中へと走っていく。
「まぁいいだろう。戦利品は騎士団演習場へ運んでくれ。あっちだ」
依頼書を返却されると城の中央から外れた東側を指し示す。
「わかりました」
特にトラブルもなく城の中へと入ると、騎士団演習場を目指して歩いて行く。にしても『帝国軍』と『騎士団』ってのは何が違うんだろうな。
「あれかな?」
石畳を道なりに歩いて行くと、壁に囲まれた施設が見えてきた。二メートルくらいの壁に囲まれていて、中の演習風景が外から見えないようになっている。
演習場入り口でも似たようなやり取りを経て中へと足を踏み入れる。二百メートル四方くらいの広さはあるだろうか。これなら海皇亀の首を置くスペースはありそうだ。……といっても演習ができなくなりそうだけどいいのかな。まぁそれは俺たちが気にするところじゃないか。
「む、君たちは……」
「冒険者の柊です」
「同じく莉緒です」
「海皇亀の首を持ってきました」
演習場にいるひときわ立派な鎧を着た人物に声を掛けられたので、依頼票を手渡して自己紹介をしておく。
近々海皇亀が来るとわかっていたからか、演習場は全体の半分を使って騎士たちの訓練が行われていた。
「ああ……、近衛騎士団副団長のヘルベルト・ジャックマンだ。話は聞いている。さっそく出してくれるかね」
「わかりました」
空いているスペースへと莉緒が歩いて行くと、海皇亀の首を二つその場に取り出す。軽く悲鳴が上がるが、さすが王城に詰めている騎士たち。すぐに冷静さを取り戻して海皇亀の首に注意を向けている。
「大きさは聞いていたが……、予想以上だな……」
副団長は首へと近づくと、ぺたぺたと触り、手の甲でコンコンと硬さを確認している。甲羅ほど硬くなかったからな。切断するのはそれほど難しくはないと思う。
一通り触って満足したのか、振り返った副団長はとてもいい笑顔だった。
「いやいいものを見れた。ありがとう」
「いえ、こちらこそ」
手を差し出されたので握り返す。莉緒も同じように握手をしたのちに、副団長から依頼完遂票を受け取った。
「これで仕事は完了だ。あとは海皇亀討伐の報酬の話だが……、その前にひとついいだろうか」
「なんでしょう?」
報酬以外に何か話ってあったっけ。
「皇帝陛下が君たちに直接お礼を言いたいそうだ。なので少し時間をもらえないだろうか」
うーむ。予感していた話がとうとう来てしまったようである。正直顔を合わせたくはないが、この副団長の頼みであれば会ってもいいかもしれない。この人もおそらく貴族なんだろうが、高圧的な態度でもないし、今まで会って来た貴族に比べると雲泥の差だ。
「……わかりました」
莉緒と顔を合わせて頷き合う。
「ありがたい。では案内しよう。ついてきてくれ」
演習場を出て行く副団長についていくと、中央の城の中へと入っていく。いくつか角を曲がり、階段を上がり、人が守りについている大きめの扉をくぐっていくと一つの部屋に案内された。
「しばらくこの部屋で待っていてくれるか。陛下の準備ができ次第また呼びに来る」
「はい」
「何かあれば使用人に声を掛けるといい」
それだけを告げるとそそくさと部屋から出て行ってしまう。
部屋の広さは十二畳くらいだろうか。お茶菓子の置かれたテーブルと二人掛けのソファが向かい合うように設置されている。下品にならないように調度品が飾り立てられていて、城の応接室としてふさわしい。
「今お茶を淹れますので、お掛けになってお待ちください」
部屋の隅で待機していたメイドさんが丁寧な所作でお茶を淹れ始める。
とりあえず莉緒と並んでソファへと腰かけると大きくため息をつく。副団長に釣られてついてきてしまったけど、もう帰りたくなってきてしまった。