第174話 尻尾
「じゃあさっそく首輪を外そうか」
部屋に運んでもらった夕食を平らげて一息ついたころ、イヴァンとフォニアの二人に言い放つ。
「えっ?」
ポカンと口を開ける二人。
「一応依頼だしな。これで二人とも追われる心配はなくなるわけだ」
「お、おお……」
「うん……」
未だに呆けた顔のイヴァンだが、フォニアはまた顔を俯けて暗い表情になっている。さっきまで機嫌よく夕食を美味しそうに食べてたけど、この変わりようはなんだろうな?
「どうしたの、フォニアちゃん?」
夕食を食べる前もそういえば元気がなかったようにも思う。
「ううん……、なんでもないよ」
「そうか?」
イヴァンが首をひねっているが、フォニアはちらちらとイヴァンと俺たちの顔を交互に伺っているだけだ。もしかすると自分が妖狐ということが俺たちにバレたことを気にしてるんだろうか。
「首輪を外したからといっても、この街じゃ表を堂々と歩けるわけでもないだろうけどな……」
目障りだから処分しろと言ってきたラグローイ侯爵家に見つかればどうなるかわからない。だけど――
「だけど奴隷じゃなくなるんだ。他の街に行けば人目を気にせず堂々としてればいい。ほら、ニルだって魔物だけど堂々としてるしな」
ニルを近くに呼び寄せて首周りをもふってやると。
「わふぅ~」
と甘えた声を出してすり寄ってきた。
その様子を見たフォニアがハッと目を見開いてニルを凝視している。
「だからなにも気にしなくていいぞ」
暗に魔物でも気にするなと伝えてみたけど気が付いてくれただろうか。
「ははっ、そうだな。魔物に比べたら元奴隷なんて気にする必要ないよな」
イヴァンが笑い飛ばしながらフォニアの頭をポンポンと撫でると、こくりと静かに頷いた。
「そういやちょっと気になってたんだけど……」
イヴァンがフォニアの背中側に視線をやっているが、やっぱり気になるよね。
「フォニアの尻尾って三本じゃなかったっけ……」
あ、元は三本だったのか。え、じゃあ二本増えた? 尻尾って増えんの?
「えっ?」
何のこと? と言った感じのフォニアだったけど、尻尾をゆらゆらと揺らして目を見開いている。そして恐る恐る後ろを振り返り、手を自分の尻尾へと伸ばして数を数え始めた。
「……増えてる」
「自分でも気づいてなかったのか」
「尻尾って増えるんだ」
ポツリと呟いた言葉に思わずツッコんでしまった。しかし一気に二本も増えるのか。鑑定結果に書いてあった尻尾の説明を思い起こすに、妖狐の尻尾が増えるということは大事件じゃなかろうか。
「ニルの尻尾も増えたりすんのかな」
もふもふの矛先を尻尾へと変更すると、尻尾を一本ずつもふり始める。
「わふうぅぅ~」
気持ちよさそうに力を抜いて床へと寝そべると、とろけ切った声を上げている。
「あはは、ニルの尻尾は増えないみたい」
俯いていたフォニアがニルの鳴き声を聞いて、ぎこちない笑みを浮かべている。
「えっ、ニルの言ってることがわかるの?」
「あーっと、えーっと……、なんとなく……だけど」
「ええっ? ……俺にはさっぱりなんだけど」
イヴァンが頬を掻きながらニルを見つめている。獣人だからというよりは、やっぱりフォニアが魔物だからなんだろうか。
変なことを言ったと思ったのか、またもやフォニアが暗い表情で俯いている。
「へぇ、フォニアすげぇな。ニルの言葉がわかるなんて。俺もなんとなく言いたいことはわかるけど、そこまで具体的じゃないんだよな」
テイムした繋がりでわかることはあるけど細かいところまではわからない。
「そう、なんだ……?」
少し照れた様子で顔を上げると、俺に視線を合わせてくれる。瞳の奥が揺れているようだったが、それもだんだんと焦点が合っていくようにまっすぐに俺に向けられるようになる。
ゆっくりとフォニアへと近づいていくと、しゃがみこんで目線を合わせる。ポンポンと頭を撫でると、はにかんだ笑みを見せるようになった。
そしてその隙に首輪を外して異空間ボックスへと仕舞いこむ。
「あっ」
すぐに気が付いたのか首へと手を当てるが、そこにはもうフォニアを縛り付けるものはない。
「ホントに外れた……」
ポカンと口を開けるイヴァンの首輪も外すと、同じように首に手を当ててその感触を確かめている。
「これで首輪を侯爵家に返せば、二人は死んだとみなされたことになる」
「そうね。もう決めたかもしれないけど、これからどうするか、改めて考えておいてちょうだいね」
「わかった」
神妙に頷くイヴァンに、大きく頷き返す。
「俺たちはまだ帝都でやることがあるからな。二人ともしばらくは宿でゆっくりしてるといい」
「ええっ?」
のんびりしてていいと伝えただけだが、何故か困惑の表情が返ってきた。
「いやいや、ここで過ごすだけでも金がかかるだろ。なんなら森の隠れ家にいてもいいし」
「気にしなくていいわよ。お金ならたくさんあるし……。それに隠れ家はもう使わない方がいいと思う」
「だなぁ。あそこまで冒険者たちが簡単に入って来れると思ってなかったからな。隠れ家も今頃誰かに使われてるんじゃないかな」
自分でもよくできた隠れ家だと思う。再利用しない手はないだろう。
「そうか……。何から何まで世話になるな……」
肩を落とすイヴァンの背中を、今度はフォニアがポンポンと撫でるのであった。