第173話 イヴァンの救出
野次馬のように集まっていた使用人を押しのけ、ぐったりしたイヴァンと狐のフォニアを連れて屋敷の外に出る。
まだ目を覚まさないイヴァンを休ませるために、近場の宿を見つけて入る。入ってから気付いたが、貴族街から一番近い宿となれば高級宿だ。俺たちの姿を見た従業員の眉が一瞬顰められる。ニルの背に乗せられたイヴァンがぐったりして血濡れなので仕方がない。
「いらっしゃいませ」
「とりあえずこれで一泊お願いできるかな」
懐から冒険者証を取り出しつつ、10万フロン硬貨である金貨を一枚取り出してカウンターに置く。
「かしこまりました」
驚いた顔をしつつも、宿泊料金の確認も何もなく部屋へと案内される。空気を読んで何も聞かずに通してくれるのはありがたい。お金の力ってすごいと思う一面ではある。
「どうぞごゆっくり」
通されたのは最上階の一番奥の部屋だ。主寝室の他に小さめの寝室と、個別に風呂までついている。
「とりあえず先にイヴァンを着替えさせてくる」
「わかった。私はフォニアちゃんを見ておくわ」
「ニルもついでに洗うか」
イヴァンを背中に乗せたニルも一緒に風呂へと連れて行く。もしかしたらイヴァンの血が付いてるかもしれないからな。
ぐったりして動かない人間の服を脱がせて風呂場で洗うのは大変だったが、途中で魔法で持ち上げれば楽だと気づいてからは早かった。しっかりと着替えさせたイヴァンだったが、がしがしと洗ってる間も結局目を覚ますこともなかった。
風呂場から出てくると、フォニアが部屋の隅っこで小さくなっていた。
「あ、お帰り」
「おう、ただいま」
風呂でイヴァンを洗っただけだが、莉緒に思わず返してしまった言葉に苦笑する。別に出かけたわけじゃないんだけどな。
フォニアは相変わらず狐の姿のままだ。
「フォニアも落ち着いたか?」
「そうね……。何もしゃべってはくれないけど、落ち着いてはいると思う」
「……というか獣形態で喋れるんだろうか」
フォニアを気にしつつイヴァンをベッドの上に横たえる。血濡れの服を着替え、胸が呼吸で上下に動くところを見るとホッとする。
「イヴァン兄!」
いつの間にか人型になったフォニアが声を上げていた。涙を目いっぱいに溜めて駆け寄ると、ベッドによじ登る。後ろ姿から見える尻尾は五つに見えたが。
「ちょ、ちょっとフォニアちゃん! 服を……!」
慌てた莉緒の声に俺も目を逸らす。
考えてみれば当たり前だが、全身もふもふ獣姿だったフォニアは服を着ていなかった。つるぺたすとーんとした全裸の女児がイヴァンへと突進したのだ。
「イヴァン兄! よかった……。ちゃんとぶじだった……。うわーーん!」
イヴァンに縋りつきながら泣き声を上げるフォニアの姿に、服を着せるのも忘れて俺たちは顔を見合わせるしかなかった。
泣きつかれて全裸のまま寝てしまったフォニアに服を着せてしばらくたった頃。
「あ、あれ……?」
イヴァンがようやく目を覚ました。
「おう、おはよう」
「ようやく起きたわね」
日も傾いてきて、空も薄らとオレンジ色に染まっている。
「えーっと、ここは……」
あたりをキョロキョロと見回して、近くでフォニアが寝ている姿を見つけると安堵のため息をついている。
「ここは帝都の宿だ。適当に入ったから帝都のどこにあるかはわからん」
「適当って……」
「貴族街近くの高級宿だね」
「こ、高級宿」
莉緒の言葉にゴクリと喉を鳴らすイヴァン。
「それで、何があったか教えてくれるか」
「あ、ああ……」
イヴァンの話によると、やはり森の中に作った隠れ家に冒険者がやってきたそうだ。Dランクの依頼として出ていた、逃亡奴隷の捕縛依頼がそうらしい。Dランク冒険者ともなれば、隠れ家を作ったさらに奥までは普通に探索範囲だったのだ。崖下に降りられるのであれば、いくら壁で隠してあったとしてもすぐに見つかるだろう。
隠れ家を直接見つけたのは捕縛依頼を受けた冒険者ではなかったらしいが、森の中に家がある噂はすぐに広がっていったそうだ。
「それで抵抗空しくあっさり捕まっちまったよ」
「そうか……」
「さすがに五人を相手にフォニアを守りながらは無理だ」
そのあとは屋敷へと連れられ、あのバカ貴族のストレス発散と言う名の暴行を受けたらしい。
「まさかレイピアで刺されるとは思ってなかったけどな。そのあと意識を失ってからの記憶はない」
言葉と共に横で眠るフォニアへ視線を向けると、優しい手つきで頭を撫でている。
フォニアは守ってやらないといけないのはわかるが、ステータスを見る限りだとそうでもないんだよなぁ。やっぱりイヴァンは、フォニアが妖狐って魔物だということを知らないのかもしれない。
「そうか……。俺たちが屋敷に来たのはちょうどそれくらいだったな」
「すげータイミングだな」
「ああ、イヴァンの気配が小さくなってな。何かあったかと思って駆け付けたんだ」
フォニアの獣化はあえて話さずに、イヴァンが気を失ってからの出来事を話していく。
「そんなことがあったのか……。シュウたちは、俺たちの命の恩人だな」
「うみゅぅ……」
話に区切りがついたころ、フォニアが撫でられていて目を覚ましたのか、変な声が聞こえてきた。
「あ、起こしちまったか」
上半身を起こすと大きく欠伸をして目をこする。こうして見ても普通の狐人族にしか見えないな。
「おはよう」
「お、おはよう……」
声を掛けるとビクリと反応するも、俯き加減になりながらだが返事をしてくれた。
「もう夕方だけどね」
莉緒の声に反応して、フォニアが窓の外へと顔を向ける。しばらくすると「ぐぅ~」と誰かのお腹が鳴り、フォニアがお腹を押さえて顔を赤くしていた。
「ははっ、そういや俺も腹減ったな」
笑いながらもフォニアの頭をポンポンとしてベッドから降りてくる。怪我をしていた割には足取りはしっかりしているようだった。