第172話 ラグローイ家の長男
「イヴァン! しっかりしろ!」
声を掛けつつ駆け寄るが、イヴァンは倒れ伏したままピクリとも動かない。
近くには血に濡れたレイピアのような細長い剣が落ちている。
「くそっ」
舌打ちと共にイヴァンを鑑定してみるが。
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名前 :イヴァン
種族名:熊人族
職業 :狩人
状態 :隷属 仮死状態
ステータス:HP 1
MP 109
筋力 355
体力 374
俊敏 276
器用 108
精神力 87
魔力 67
運 45
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ってやべぇ! 瀕死じゃねぇか!
「死ぬんじゃねぇぞ!」
急いでイヴァンに治癒魔法を掛けるが、すぐに意識は戻らないようだ。鑑定をしてみるとHPは増えているので大丈夫だと思いたいが……。
「な、な……、なんだ、お前たちは!?」
青い顔で尻もちをついていた男が、執事に支えられて俺たちを指さして喚いている。
「お、お前たちも、その薄汚い獣どもの同類か!?」
男が叫びだしたと同時に、五つに分かれた尻尾を持つ狐がビクリとして動きを止める。苦しそうにしながらも思い出したかのように男を睨みつけると、イヴァンを守るようにして男との間に入り込む。
「ひいぃぃぃっ!」
さっきまで威勢の良かった男が情けない悲鳴を上げて、またもや後ずさる。よく見れば左腕を庇っているが、あの狐にやられたんだろうか。
っていうかフォニアが見当たらないんだが、やっぱりこの狐がそうなのか……?
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名前 :フォニア
種族名:妖狐
説明 :狐の姿をした獣型の非常に希少な魔物
人の姿に化けることが得意で言葉も操ることができ
中には人の社会に溶け込む個体もいる
尻尾の数で強さが指数関数的に上昇する
尻尾が一本だけの妖狐はただの狐人族と間違えられることもある
状態 :隷属
ステータス:HP 4987
MP 10287
筋力 5098
体力 3876
俊敏 7534
器用 9843
精神力 8309
魔力 8943
運 233
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うん。間違いないみたいだが、ちょっと待とうか。
フォニアには違いなかったけど、妖狐て……!
しかもそこそこ高いステータスだな!
そういえば初めて会ったときにも尻尾は確かに複数本あったような気がするけど、さすがに妖狐って魔物とは思わんだろう! ニルも三本あるし、異世界だし、尻尾の数なんて気にしてなかったよ!
「メロウ様……! いったい何があったのですか!」
「……何があったかは俺たちも知りたいところだな」
ツッコミどころはたくさんあったが、今はそれどころじゃない。イヴァンが死にかけていて、男が怪我をしていて、フォニアが隷属の首輪に逆らってまでイヴァンを守るように動いているという構図が目の前にあるだけだ。
「そうね……。いくら奴隷と言っても、むやみに傷つけたり殺したりすれば犯罪になるはずよ」
奴隷の面倒は主人がしっかりと見ないといけないのだ。理由もなく傷つけていいはずがない。ましてやイヴァンはもうちょっとで死ぬところだったのだ。この状況だけで見れば……。
「あんたがイヴァンをやったのか?」
ほぼ確信を込めて男に問いかける。狐がフォニアと言う時点で、狐がイヴァンを襲った可能性はほぼゼロだろう。
「お前たちが誰でもいい! そ、それよりも、その狐の化け物をなんとかしろ! まさかあの狐人族が魔物だったとは……!」
だが、問いかけを無視して自分の言いたいことだけを口にするだけだ。俺たち一応客なんだけど、いきなり命令ですか。
「彼らはメロウ様が出された指名依頼を受けた冒険者ですぞ」
「何……?」
執事が声を掛けるといくぶんか冷静さを取り戻したようである。改めて俺たちへと顔を向けると、じっくりと上から下まで値踏みするように眺めてくる。
「依頼……? ああ、あれか。……ならばちょうどいい」
一瞬何のことかわからなかったようだが思い出したらしい。
「もうこいつらは不要になった。処分しておけ」
「は?」
何言ってんだコイツ? 処分だと? 自分の奴隷をか?
「聞こえなかったのか? 視界に入れるだけで気分が悪くなるこのゴミを処分しろと言ったのだ」
「ゴミ……?」
ただただこの男の言っている意味がわからない。奴隷とはいえ意思を持った人間だろう。それをゴミだから処分しろだと? というか普通に犯罪じゃないのか?
「まったく……。ストレス発散用の道具がストレスを溜める原因になるなど、ゴミどころか害悪にしかならんではないか」
この男が特別なのかどうかわからないが、まったくもって貴族というものが理解ができない。しかし処分しろというのであれば俺たちとしても都合がいいが。
「奴隷の衣食住は主人が保障しないと犯罪じゃなかったか」
「ふん。そんなもので侯爵家を罪に問えるわけがなかろうが」
「……そうかい」
イラっとする気持ちを抑えて言葉を絞り出す。結局は権力で握りつぶすってことなんだろうな。
「ちゃんと首輪は回収するように」
「ああ、わかった」
不愉快な男とは一秒でも同じ空気を吸っていたくない。聞きたいことはそれなりにあるが、ここには瀕死のイヴァンもいる。フォニアもどうしてこうなってるのかよくわからないし、とっとと退散するとしよう。
「フォニア、落ち着け。……イヴァンはまだ死んでない」
未だに威嚇を続けるフォニアへと近づくと、男に聞こえないように小さい声で落ち着かせる。興奮して獣となっていてもきちんと理性は保っているのか、すぐにおとなしくなった。
「くーん……」
というかようやく俺たちがいることに気付いたようだな。目を見開いたかと思うと、弱弱しい鳴き声を上げて尻尾と耳をへにゃりと垂らしていた。