第170話 ニルの追跡
「一体……、何があったのよ……」
部屋を見回して息を呑む莉緒だが、ここにいても二人が現れる可能性はゼロだろう。気配察知を全開にして周囲を探索する。
「わからないけど……、くそっ、気配察知を全開にしても引っかからない」
「フォニアちゃんたちが追手に捕まったとしたら……」
「レブロスじゃなく、帝都のラグローイ侯爵家のところかな」
イヴァンは帝都から逃げてレブロスに来たと言っていた。となれば捕まって連れていかれるとすれば帝都しか考えられない。
「よし、とりあえず帝都に急ごう」
「うん」
「ニル、行くぞ」
「わふぅ!」
部屋の中の匂いをクンクンと嗅ぎまわっていたニルに声をかけ、隠れ家を出て帝都へと向かう。
そういえばレブロスの冒険者ギルドで、Dランク冒険者の依頼に逃亡奴隷の捕縛があったって聞いたな。あれが実はまだ残っていて、捕縛対象がイヴァンとフォニアだったりする可能性は……。いやさすがに二重で依頼を出したままにするというのも考えにくいが……。
「ちょっと待って、柊!」
空を飛んで最速で帝都へ向かおうと考えていた俺に、莉緒から待ったがかかる。
「それでフォニアちゃんたちを追い抜いちゃったらどうするの?」
「あ……」
そういえばそうだった。そのまま侯爵家へ乗り込んで行ったりしても空振りになる。それどころかせっかくイヴァンとフォニアを、海皇亀のどさくさに紛れて解放する作戦が失敗しかねない。
今日さらわれた可能性を考えると、空を最速で行くのはダメそうだ。
「わふわふ!」
「どうしたんだニル?」
気配察知に意識を割きながら地道に森を行くかと考えているところでニルの声が上がり、地面をクンクンと匂いを嗅いでそのまま走り出した。
「お、もしかして匂いを辿るとか」
「追いかけましょう!」
匂いを辿るニルを追いかけて森の中を走っていく。空中機動を交えながら追いつくと、ニルの後ろをキープする。が、結局イヴァンたちに追いつくことなく街道へと出てしまった。
「このままニルに任せて匂いを辿っていこう」
「そうね。万が一街道を逸れて帝都に行ってない可能性も考えられるし……」
念には念を入れてだ。街道を行き来する人たちには迷惑かもしれないけど、最速で走ろう。
勘のいい護衛を雇っていたりする通行人は、猛スピードで街道を掛ける俺たちを警戒して構えていたりする。が、立ち止まる気はないのでスピードを維持したままスルーする。
そのまま一時間ほどで帝都に着いた。空を行くよりは時間がかかったが、匂いが帝都まで続いてるとわかっただけでもよしとしよう。
帝都の入り口は相変わらず人が行列を作っている。レブロスが本格的に海皇亀に襲われる前だったからか、帝都へと逃げる人はほぼいないようでそこまで混んではいないが。
しかし今の俺たちにはSランク冒険者の特典があるのだ。ローウェルに聞いたところ、貴族用の入り口を使えるらしい。今みたいに急いでるときは便利だな。
でも絶対に一回は止められるんだろうなぁ。冒険者証出したまま行くか。
「あ、おい待て。並ぶ場所を間違えてるぞ」
思わず莉緒と顔を見合わせて苦笑いが出る。やっぱり無理でした。
「Sランクの冒険者はこっちの門を通れると聞いたんですけど」
「はい、私もSランクなので」
二人そろって首から下げた冒険者証を見やすいように提示する。と、二人いた門番がこそこそと相談し始める。
「さすがにSランクの冒険者証の偽造は重犯罪だぞ?」
「そうだが……、すぐバレるようなことを普通やらかすか?」
「……まだガキみたいだし、そのあたりがわかってないのかもしれん」
もう何なのコイツら。
帝都に来たのは国からの依頼でもあるんだが。
異空間ボックスから依頼書を取り出して見せてみることにする。
「帝国軍から依頼の、海皇亀の首を持ってきました。通してもらえませんか」
「「は?」」
手ぶらに見えるが、という言葉が出るのを待たずに莉緒が異空間ボックスの入り口を開く。
「「ぎゃーーーー!!!」」
一般用の入り口へ並ぶ人たちからは見えないように中を見せると、揃って悲鳴を上げてしりもちをつく。
「これを運搬中です。というわけで通っていいですか?」
畳みかけるように話しかけると、街の中を腕で指し示すと揃って首を縦に振ってくれる。
「ありがとうございます」
にっこりと莉緒が笑いかけると青い顔になる門番二人。
莉緒の笑顔は超絶可愛いはずなのに解せぬ。
「ではこれで」
軽く会釈をすると、一般用の門に並ぶ人々の視線を浴びながら、二人と一匹は帝都入りを果たした。
港街レブロスへ行ったときはスルーした帝都ではあるが、この都市も雑多な印象を受ける。イヴァンとフォニアの匂いは一般用の門を通った形跡があるようで、ニルが追跡を続けている。
「帝都に着いちゃったわね……」
「そうだな。すでに依頼主に引き渡されてたら厄介だな」
イヴァンとフォニアを優先するとして、どう動けばいいか悩みどころだ。すでに依頼主に引き渡されていることを前提で動いたほうがいいか。
「奴隷捕縛の指名依頼を引き合いに出せば、ラグローイ侯爵家を訪ねる理由にはなりそうだが」
「そこからどうするかよね……」
「だよなぁ……。あんまり気は進まないが最後の手段を使うのもありかもな」
「最後の手段?」
「ほら、奴隷だからして、最悪俺たちが二人を買い取れれば済むかなって」
莉緒と相談しながらもニルのあとを追っていくと、どんどんと高級街へと入っていく。そしてどうやら俺たちの悪い予感は当たってしまったのか、ひとつの屋敷の前でニルがその足を止めた。