第169話 二人の様子は
「いやいや、Sランクって……、確かギルドマスター三人の承認が必要って聞いたんですけど?」
リンフォードから聞いた条件を思い出しながら、ローウェルへと疑問をぶつけていく。一人は間違いなくここのギルドマスターだろうけど、後の二人はどこから出てきたんだ?
「もちろん、ちゃんと三人分の承認はいただいていますよ」
「マジっすか」
「はい。一人はここ、レブロス支部のギルドマスターです。残りの二人は商業国家アレスグーテ支部のギルドマスターになります」
「ええ?」
商業国家で冒険者ギルドのマスターと言われて思い浮かぶのは、小柄なエルフの女性と、筋肉ガチムチでニルにおもちゃのように遊ばれたハゲなんだが……。
「レイヴン支部のフランセス殿と、商都支部のジャレッド殿のお二人です」
あー、うん、確か二人がそんな名前だった気がする。ニルがSランクの魔物だということを知っている二人でもある。
「いつの間に……」
聞けば二人のギルドマスター共に、Sランクの魔物をテイムした時点で俺たちには目を付けていたそうだ。そしていい意味でも悪い意味でも、要注意の冒険者はギルド同士で連携が取られるようになっているとか。レブロスの冒険者ギルドにも、俺たちがすでにギルドマスター二人分のSランク承認が出ている旨の通達が届いていたらしい。
「それで俺たちに海皇亀襲撃作戦の指名依頼がギルドマスターから直接きたんですね」
「そうなりますね。もちろんカントさんの鑑定結果も理由にはありますけどね」
「で、このミスリルのタグが、ニルがSランクの従魔の証になる……と」
タグについてはもともとつけていたものはギルドに回収されているため、新しいタグをニルの首へとつけてやる。
悲鳴を上げていた冒険者たちも、恐る恐る再モフモフしようとじりじりと近づいている。
「それとその冒険者証なのですが、本来は既存の冒険者証と交換になるのですが、生憎と当ギルドではミスリルに文字を刻印する魔道具がないものでして」
主要都市にある冒険者ギルドで、正式版の冒険者証を作って欲しいとの話だ。ここから一番近いのは、帝都の冒険者ギルドらしい。飛んでいけばすぐだな。
「わかりました」
「あともう一点」
「なんでしょう?」
「この街に滞在している帝国軍から指名依頼が来ています」
「え?」
ふとドゲスハの姿が思い浮かぶが、あいつから指名依頼? なんとなく受けたくないんだけどどうしようか。
「海皇亀の首二つを、帝都の城にまで運んでほしいとのことです」
あ、思ったよりまともな依頼だった。
「海皇亀を国で買い取るようですが、首だけでも早く納品して欲しいみたいですね」
「あ、そうですか。それくらいなら、まぁいいかな」
莉緒と顔を見合わせるが、特に不満もないようだ。
「うん。いいんじゃないかしら」
「ただ、依頼が来たのがお二人がまだCランクのときのことなので、報酬はCランク相当となります」
「別にそこは気にしないので大丈夫です」
お金は使いきれないくらいあるので気にしません。
「わかりました。届けたときに海皇亀の買取金額の話や、国からの褒美の話があるとのことですので、合わせてよろしくお願いします」
「あー、はい、わかりました」
なんとなく嫌そうな感じが伝わってしまったのか、ローウェルからは苦笑いが返ってくる。
「他の冒険者のためにも、ちゃんと報酬はもらってくださいね。タダで仕事の依頼ができると思われたくありませんから」
「はは……、もちろんですよ」
元々はギルドを通しての帝国軍と俺たちの共闘作戦だ。本来なら軍の作戦とやらに俺たちが組み込まれたかもしれないが、手を出すなと言われた挙句に先走って俺たちだけで仕留めてしまったようなものだ。それはもうめんどくさいことになりそうな予感がする。
「あ、ちなみにSランク冒険者に指名依頼を出すとなるといくらぐらいになります?」
相場を知っておくのも悪いことじゃないだろう。デカブツの買取価格なんてさっぱりわからないので、高そうな依頼の相場を聞いてみた。
「そうですね……。最低でも一千万フロンくらいでしょうか。過去に知られている最高額だと、十億以上と聞いたことがあります」
「へぇ」
受け取ったミスリル製の冒険者証をしげしげと眺める。これがそこまでの値段になるとはね。
「あとそれに、獲物や採集物の値段が加算されるでしょうか」
「なるほど。ありがとうございます」
となれば以前商都のオークションで売った地竜の値段が参考になるか?
「ではこのあとすぐにでも帝都に向かうことにしますね」
「はい。よろしくお願いします」
ちょっとフォニアのいる森まで寄り道はするが、そこまで遅くなったりはしないだろう。
新たな冒険者証を首にかけて胸元に仕舞うと、ギルドを出て港へと向かう。亀の首を港に展示したままだったのだ。残念そうにする見物人を、仕事だと宥めつつも回収する。お祭り騒ぎがまだ続いていてびっくりだ。街を出て目立たない場所まで進むと、転移先に人がいないことを確認してテレポートで一足飛びだ。
記録した隠れ家の座標は、二階部分の建物と崖の隙間である。一階へと降りて玄関へ向かうと扉をノックする。
「おーい、イヴァンいるかー」
しばらく待ってみるも反応がない。
「フォニアちゃん?」
莉緒も呼びかけるが、やっぱり反応がない。
二人で顔を見合わせて首を傾げるが、二人とも寝てるんだろうか。
気配察知をしてみるが。
「――いない?」
「えっ? ……あ、ホントだ」
二人の気配が感じられない。イヴァンは狩りに出かけることを匂わせていたが、フォニアまでいないのはおかしい。
玄関を開けてみるがカギは掛かっておらず、あっさりと開く。ゆっくりと家に入っていくが、シューズクロークにはいくつか薪になりそうな木材が積まれている。リビングへ入ると。
「荒らされてる……」
「柊! 二階は!?」
「行ってみよう!」
階段を駆け上がり二階へと踏み込む。そこにあったのは、切り裂かれた毛皮と、何かを叩きつけて壊された壁に、少しだけ血痕があった。