第168話 ランクアップ
「うわっ、すごいことになってるな」
終わらない祭りから撤退して宿へと戻ってくると、そこは大惨事に見舞われていた。海皇亀撃破時の波に襲われたのか、一階にも水が侵入して地下がひどいことになっている。
「お客様、大変申し訳ございません。今片付けているのですが、なかなか終わらない状況でして……」
黒いチョーカーを首に巻いた、兎耳を頭から生やした従業員のラビリスさんに頭を下げられた。
「いやいや、ぜんぜん気にしてませんから頭を上げてください」
謝られるとかすごく居心地が悪いです。
「波に襲われたのは私たちのせいなので、むしろこちらこそごめんなさい」
「そうですよ、悪いのはこちらなんですから」
ぺこりと頭を下げる莉緒に追従して、ラビリスさんの頭をなんとか上げさせようとしてみる。
「え、えぇ? 大波に襲われたのが……、お客様のせいとは……」
戸惑うラビリスさんの頭を上げさせることに成功する。にしても兎耳がぴこぴこと動くのを見るとなんだかほっこりするな。
「あー、えっと、私の撃った魔法で波が発生しちゃったから……」
莉緒がばつが悪そうに告白すると、ラビリスさんの耳がピンと勢いよく立った。
「えっ、もしかして、あの海皇亀を討伐されたのがお客様なのですか!?」
「あ、はい。なので、宿がこんな状態になってしまってごめんなさい」
もう一度頭を下げる莉緒だが、ラビリスさんに両肩を掴まれて無理やり上げさせられてしまう。
「いえいえ! お客様は全然悪くありませんとも! むしろ街を救ってくださってありがとうございます。海皇亀が上陸してしまえば、海に近いこの宿は真っ先に破壊されていたでしょうから……」
「あー、うん……、確かにそうね……」
それと比べれば被害は最小限だった……、のかな。もうちょっとやりようはあった気はしないでもないが。今更言ってもしょうがないか。
「なのでお客様こそ気にしないでください」
「わかりました」
お互い謝りあっていても何も進展しない。それにこういうときは、支払いのときにこっそりと多めに渡しておけばいいのだ。
「二階より上は問題ありませんので、どうぞお部屋でお休みくださいませ」
ラビリスさんの笑顔に促され二階へ行くと、俺たちは全力でベッドへとダイブする。
今日はいろいろあってマジ疲れました。
気が付くと意識がなく、さっぱりした気分で翌日を迎えた。
朝食を摂り、フォニアたちが使う日用品などを買い揃えてから冒険者ギルドへと顔を出す。ギルドマスターに言われて来たけど、何の用だろうか。
「あ、シュウさんとリオさん、来てくれたんですね」
「ギルドマスターに来るように言われたので」
二階へ上がるとすぐにローウェルさんに見つかった。
「ではすぐに手続きをしますのでカウンターにお願いできますか」
「んん? 何の手続きです?」
疑問に思いながらも空いているカウンターへと並ぶ。朝一を過ぎた頃なので、それほど混んでいない。
「それはもうランクアップの手続きですよ。冒険者証をいただけますか」
「え、もうランクアップですか」
Cランクになったのもそれほど前じゃないと思うんだけど。
「もちろんです。海皇亀討伐はそれほどの快挙ですから」
「そういうことなら……」
首からチェーンをはずすとローウェルへと手渡す。
「あ、従魔のタグもよろしいですか。こちらも新しい物に付け替えますので」
莉緒の冒険者証も受け取ったローウェルが、ニルを指し示す。
「あ、そうなんですね?」
俺たちはともかく、ニルのタグも変わるのか。
ニルを呼ぶとタグを外してローウェルに手渡す。興味深げに俺たちを見ていた冒険者たちが少しだけざわつきだす。中にはニルを撫でてもふもふしだす冒険者もいるが、いつの間にそこまで人気者になったんだ。ってどんどん集まってくるな。
カウンターの奥へ引っ込んだローウェルが戻ってくると、その手には金属プレートが握られていた。
「ではこれを」
今までつけていた冒険者証はそのままに、新しい金属プレートも一緒にチェーンに通されている。新しい金属プレートは銀色のような緑色のような、角度によっては虹色にも見える不思議な色をしている。が、表面はなめらかで特に何も文字などは刻まれてはいないただの金属板だ。
鑑定すればミスリルと出た。どこかで見たことあると思ったら、十億フロン硬貨のミスリル貨と同じだった。
「これは?」
なんのことかわからずにローウェルへと尋ねると、姿勢を正していい笑顔になり。
「シュウさんとリオさんの冒険者ランクがSランクとなりました。おめでとうございます。ミスリル製の冒険者証がSランクの証となります」
「……は?」
なぜでしょうと問いかけようとした瞬間、周囲の冒険者たちから歓声が上がる。
「あとは従魔のタグですね。主人がSランクとなったので、もうシルバーウルフの子どもと偽る必要もないでしょう。なので従魔のタグもSランク相応のタグに交換です」
「「「えっ?」」」
ローウェルの言葉にニルをもふっていた冒険者たちの表情が凍り付く。
「これからは堂々とフローズヴィトニルと名乗っていいですよ」
続けられた言葉を認識すると同時に、表情が凍り付いた冒険者たちから悲鳴の叫びが上がるのだった。