第165話 討伐の後
「ふん。証拠はあるのかね」
不機嫌そうにドゲスハが吐き捨てる。
手出しをするなと言っていたのに俺たちが仕留めたからだろうが、こっちは了承した覚えはない。
しかし案の定「証拠は?」ときたか。莉緒の言った通りじゃねぇの。
「ドゲスハ殿、あの巨体です。さすがに証拠は持ってこれないと思いますので、すぐ調査に人員を派遣しましょう」
「何を言うか。もしまだ生きていたらどうするのだ。攻撃を受ければタダでは済まされないんだぞ!」
「鑑定で死亡は確認しましたがね」
「なん……だと?」
肩をすくめて告げてやると、ドゲスハの眉がピクリと動く。
「でも証拠ならあるわよ。ちゃんと首を持って来たわ」
「「は?」」
この言葉にはさすがのリンフォードも目が点になっている。ここは畳みかけるか。
「ちょっとデカいの取り出すので場所を空けてくださーい!」
周囲にも聞こえる大きい声で場所を確保すると、首を二つその場に取り出してやる。
「「…………」」
無言になる二人だったが、周囲の人間はそうでもないようだ。誰かの叫び声を皮切りにして、大歓声が巻き起こる。悲鳴も混じってる気がするけど気にしない。
「海皇亀本体は……」
かすれるように呟くと、ドゲスハは海の向こうにある亀へと視線を向ける。
「さすがにあれはどうしようもなかったのでそのままです」
「確かにな……。この大きさはどうにもならんだろう」
リンフォードも頷いている。
「なるほど。だがあのまま放置しておくわけにもいかんだろう」
「ええ。なので処理はお願いできますか」
一方的に俺たちだけで狩ったとはいえ、帝国軍にも旨味は必要だろう。面倒な処理を押し付けるとも言えるが。
「ふん。まあいいだろう」
鷹揚に頷くと、周囲に集う野次馬たちに仕事に戻るよう怒鳴りつけて解散させる。そのまま自分も仕事に戻るのか去っていった。
「シュウとリオは確かCランク冒険者だったよな」
「はい、そうですけど」
腕を組んで一人で頷くリンフォード。
「ここまでの成果を上げたとなると、一気にSランク冒険者に格上げになるかもな」
「へ?」
「いやいや、俺らまだCランクですけど」
「可能性は大いにあるよ。何せ街を救った英雄だからね。と言っても、冒険者ギルドマスター三名からの承認が必要だけどね」
「え、英雄……ですか」
Sランク冒険者本人が言うのであれば間違いはないのだろう。ギルドマスター三人から認められないとダメとなれば、すぐに上がるものでもないだろう。
しかし英雄と言うのはちょっとアレだ。恥ずかしいというかこそばゆいというか……。
「どっちにしろ、アンタらならすぐにSランクになれるさ」
太鼓判を押されたけど実感はない。Sランクだと認められるような依頼なんて、Cランクの俺たちには受けられないだろうし。
「じゃあオレも仕事に戻る。ギルドへの報告は頼んだぜ」
「わかりました」
リンフォードがこの場を去り、俺たちも引き上げることにする。
ドゲスハは手を出すなと言ったが、他の人間はあの亀に勝てるとは思ってなかったのか安堵の表情だ。新兵器とやらの威力も、現場の人間の方が一番知ってるということだろうか。
ギルドへと向かう道中であるが、そこでも住民が大パニックに陥っていた。亀から首が伸びてきて閃光が走り、軍港あたりで爆発が起こったのを見ていた人がいたらしい。それに続いて街へと押し寄せた大波である。波はもう収まったとはいえ、少しだけだが街中にまで海水が押し寄せてきている。大きい物は流されていないが、小物は流されてひどいことになっていた。
幸いに冒険者ギルドは中央広場沿いなので浸水はしていなかったが、それでも一階はバタバタしていて騒がしい。二階にも上がってみるが同じだ。
「ああ! シュウさん、リオさん、いいところに!」
というところでローウェルにさっそく捕まってしまう。が、こちらとしても好都合だ。
「どうしたんですか?」
聞いては見るものの、なんとなくその要件はわかる。
「海皇亀が海面から首を出したのはご存じですか?」
「はい、知ってますよ」
「そのあと海皇亀から攻撃があったことは?」
「もちろん知ってます」
被弾した船の近くにいましたので。というか第二射は防ぎました。
「で、では、その海皇亀が討伐された……、という噂は……?」
もうギルドに情報が届いてるのか。それともドゲスハの仕事が早かったのか。いや単純に討伐の様子を陸から見てたやつがいるのかも?
「そんな噂は聞いたことありませんが――」
俺の言葉に若干の落胆の様子を見せて顔を伏せるが、最後まで聞いて欲しい。確かに俺たち自身が誰かから、『海皇亀が討伐された』という話は聞いていない。
「でも海皇亀は俺たちが討伐しましたよ」
最後まで聞き終えたローウェルが、ハッとして顔を上げる。
「今、なんと……?」
「海皇亀は私たちが討伐しました」
莉緒が一歩前に出て、はっきりと告げる。
言葉を聞いたローウェルが、目を徐々に広げていく。
「と、とりあえず、詳しい話を聞かせてください!」
慌てたローウェルが俺たちの背中を押して三階へと連れてくると、いつもの個室へと押し込まれた。
「ギルドマスターを呼んできますので少々お待ちを!」
と言って慌てて部屋から出て行くのであった。