第163話 予想外の攻撃
「何だと!?」
ノックもなしに入ってきた男を怒鳴りつけようとしたようだが、その報告にドゲスハとヴォルフラムの顔色も一気に変わる。
「何があった!」
ドゲスハが続きを報告するように怒鳴り声を上げるが、俺たちとしても動きを見せた海皇亀は気になるところだ。
「はっ! 海皇亀の顔が、海面から姿を現しました!」
「……それで?」
「はい、どうも双頭の海皇亀らしく、頭が二つあります」
「ふむ……」
なんとなく嫌な予感がするけど、以前食らったあの閃光を撃ってきたりしないだろうな。あれはなかなかの威力があったと思うんだよね。
にしても双頭の海皇亀か……。元々なのか突然変異かはわからないが、前に海中から閃光を発射したときは二発同時に俺と莉緒に来たよな。双頭であれば納得だが、あれは海皇亀のブレス攻撃と考えていいのかもしれない。
「もしかすると、以前反撃を受けた時の閃光が来るかもしれません」
「何? リンフォードの報告にあった例の反撃か」
俺の言葉に即座に反応するヴォルフラム。手出しはするなと言うものの、俺たちの忠告を聞く耳はありそうだ。
「撃ってくる可能性がある、ということだな。基地の防御を固めろ!」
「はっ!」
ドゲスハが即座に命令を下すと、ウェンディが敬礼と共に部屋を出て行く。
「我々も行くぞ」
ソファから立ち上がり俺たちを一瞥すると。
「ああ、ご苦労だった。お前たちはもう帰っていいぞ」
その言葉だけ残して部屋を出て行った。
「……」
取り残された俺たちはしばらく言葉が出ない。
莉緒と顔を見合わせると思わず吹き出してしまった。
「この部屋、俺たちしかいなくなったけどセキュリティ大丈夫かな」
ぐるりと部屋を見回すが、書類などと言ったものは見当たらない。
「ただの会議室なのかもしれないわね」
「かもなぁ……。まぁ行くか」
「うん」
いつ海皇亀からブレスが飛んでくるかわからない。急いで建物を出ると海皇亀が見える海沿いまで出る。
そういえばニルは厩舎だっけか。なんとなく従魔とは繋がりがあるからいる方向はわかるが……。この繋がり経由で呼んだら来るかな。
――ニルこっちにおいで。
「わふぅ!」
嬉しそうに尻尾を振りながらニルが建物から出てくる。
「あ、きた」
速攻で来ました。これは便利かもしれない。いやそれはいったん置いておこう。今は海皇亀だ。
「確かに首が二つあるわね……」
「あ、こっち向いた」
ここからだと海皇亀まではまだ一キロ以上の距離がある。奴のブレスの飛距離はわからないが、警戒はしておくべきか。
異空間ボックスから久々に古赤竜の盾を取り出す。
「空間遮断結界で防げるかな?」
「さすがに防げるんじゃないかな。念のため真正面じゃなくて逸らす形で使うのがいいと思うけど」
「そうね」
身構えていると海皇亀が口を開くのが見える。
微かに高まる魔力が、ブレスを予感させる。
そして光が見えたと思った数瞬後には爆発音が響き渡った。
「速ぇ……」
「……見えた?」
海皇亀から視線は逸らさずに莉緒が尋ねてくる。
「ああ、来るとわかってれば大丈夫だな」
「私はギリギリかも……」
「いつでも結界を張れるようにしておけよ」
「うん」
海皇亀に破壊されたのは、港に停泊する船だ。HPを減らされたわけではないのに攻撃してくるとは思わなかったが、もともと行動原理の分かっていない亀だ。考えてもしょうがないことは考えないでおこう。
船が破壊されたことで軍港が大混乱に陥る。百五十年前の記録では、攻撃を加えても反撃せず素通りしていった海皇亀だ。自発的に攻撃するなんて想定外なんじゃなかろうか。俺もびっくりしたし。
「帰れと言われたけど、さすがにこのまま帰るのは気が引けるよな」
「あはは、さすがにそれはね……」
「わふぅ!」
ニルもやる気満々である。
「いかん、このままでは全滅もありうる……。出撃だ! 出撃するんだ!」
破壊されて燃え盛る船の近くの海岸で、ドゲスハが叫んでいる声が聞こえる。その近くではヴォルフラムが細かく周囲へ指示を出している。
このまま狙い撃ちされるくらいなら、無理をしてでも出撃したほうがいいんだろうかね。
「ちっ、お前たちか……。余計な手は出すんじゃないぞ?」
近づいていくと、目ざとく俺たちを見つけたドゲスハが睨みつけてくる。そんなこと言ってる場合かと思った瞬間、以前感じた頭の奥にチリチリする感覚がよみがえる。
「莉緒! 来るぞ!」
何が? と訝しむドゲスハたちをスルーして、二人を守るように射線上からは外れないように海上へと飛び出す。
海皇亀の口元が光ったかと思うと、一条の閃光が迫ってきた。空間遮断の結界を発動させると念のためとばかりに盾も構える。激しい激突音と共に閃光が逸らされ、さっきまで俺たちがいた建物の上部をかすめていった。
どうやら空間遮断結界だけで十分逸らすことは可能なようだ。
念のためドゲスハたちを包み込むように結界を展開していた莉緒を振り返ると、ドゲスハは顔を青くさせ、ヴォルフラムはしりもちをついていた。
「すみません、余計な手出ししちゃいましたかね?」
俺の言葉には首を激しく横に振るしかない二人であった。