第157話 Sランク冒険者の実力
海皇亀から百メートルほどの距離を取り、二隻の船が三十メートルほどの距離を空けて並ぶ。パーティを組んだこともない人間同士が即興で連携なんて取れるはずもないため、各々で得意な魔法を叩き込むことになっている。
ただし、狙いだけは一点集中をさせる方針だ。
「ふん。お前らはそこで見てればいいさ」
ここまできてレックスはまだ納得できていないようだ。
見てればいいと言われて本当に見てるだけで終わるわけもないけどね。仕事はきっちりとこなさないとダメだし。
でも最初は他の人たちを観察するのもいいかもしれない。
レックスは腰から杖を引き抜くと、遠方に位置する海皇亀を見据える。静かに詠唱を始めると魔力を高めていく。
そういえば魔法には詠唱とコマンドワードの発言が必要だったな。省略することも可能だけど、威力が落ちると。
「なかなかやるわね」
サスキアが一人感心しているようだ。Aランク冒険者にそう言わしめるレックスはそれなりにやるらしい。
「『ファイアボール』!」
杖の先端に凝縮された魔力が魔法となって発現すると、二メートルくらいの炎の球が現れる。そのまま勢いよく海皇亀へと向かっていくと、激しい爆発音を響かせた。
「ふんっ」
どうだとばかりに振り返るが、あれだと亀の甲羅には傷一つついてないと思う。
「『ストーンキャノン』!」
同じくBランク冒険者たちから、岩の塊やさっきと同じ炎の塊が亀へと向かっていき、爆発をまき散らす。
そこにサスキアが左手を振り上げると、爆発で視界の悪くなった亀の甲羅付近で風が巻き起こり、見通しがよくなった。
あれは風魔法の遠隔発動かな。俺たちも使えるようになるまでそれなりに苦労したけど、サスキアも使えるらしい。
「あんまり効果は出てなさそうね」
サスキアの呟きにレックスたちの表情が硬くなる。
向こうの船からも氷の塊と岩の塊が飛んで行っていたが、結果はあんまり変わらなさそうだ。
「じゃあ次はアタシの番ね」
両手を突き出して目を閉じて集中し始めると、手のひらの先に魔力が集まってくるのがわかる。サスキアはどうやら無詠唱のようだが、魔力の集積率がさっきのレックスと比較にならない。さすがAランク冒険者と言ったところか。
「『エアリアルキャノン』!」
空間を歪ませる見えない何かが発射され、海皇亀へと飛翔していく。その速度はさっきまでの魔法の比ではない。あっという間に着弾すると亀の甲羅に僅かだがヒビを入れ、その衝撃波が空間を伝ってこちらにまで返ってきた。
「おおー、すごい」
素直に感心する莉緒だけど、俺も同感だ。風系統の魔法だと思うけど、切り裂く以外にも空気の塊をぶつける使い方もあるんだな。向こうの船からは五メートルくらいの岩の塊が発射されていた。見た目に反してアデリーの使う魔法は豪快なようだ。
「さすがサスキアさんです」
レックスたちから賞賛の声が上がるが、称えられた本人はまるで気にした様子がない。
「そんなことはいいから、どんどん魔法を撃ちこんでいくわよ」
「は、はい!」
たとえ効果がなくとも、ひたすら魔法を撃ちこむしかない。それで進路が変わるならこっちの勝ちだ。
向こうの船ではリンフォードも動き出したようで、魔力が高まっていく。左手で右手首を掴み、右掌を目標に向けている。その手のひらから前方に伸びるように魔力が構築されているのがわかる。二メートルほどの細長い筒状のものが具現化されていく。
ある程度できあがると、右手を掴んでいた左手をフリーにすると、手のひらの上に土魔法で生成した塊ができあがっていく。拳大から徐々に大きくなっていき、最終的にはバスケットボール大くらいの大きさになった。
「銃身と弾みたいね」
ポツリと呟いた莉緒の言葉に納得だ。どこかで見たことあるようなないような、もやもやした気持ちが消えた。
「なるほどねー。アースニードルとか、魔法で生成した物体を飛ばす魔法って、魔法そのものに『物体を飛ばす』効果も含まれてるはずだけど、わざわざそれを別の魔法で構築してるってことだよな」
「そうね。その分速度が出るんじゃないかしら」
銃身を魔法で構築か……。爆発力を弾に集中させることができれば、弾速は確かに上がるな。それだけじゃなさそうだけど。
どうやら準備が整ったようで、手元に集中していたリンフォードが正面の亀を見据える。弾を筒にセットすると、激しい衝撃音とともに弾が発射された。かと思った瞬間にはすでに着弾していた。
「おお、すげぇ」
「銃身は加速装置みたいな役割かしら……。どうやってるのかしら……」
確かにあれが使えれば俺たちの魔法の威力も格段にアップしそうではある。魔力を込めるだけのゴリ押しだけじゃ、あの亀には効果があるか不明なところがあるからなぁ。
リンフォードの成果を見ると、亀の甲羅にヒビが入っているのが見て取れる。ただし撃ち込んだ弾は弾かれたのか見当たらない。
「ちょっと、あなたたちもボケっと見てないで仕事しなさい」
完全に観戦者と化していた俺たちに、サスキアからツッコミが入ってしまった。あんまり周りに興味なさそうにしていたので意外だったが、確かに俺たちもちゃんと仕事しないといけない。『そこで見てろ』と言われたからといって従っていたら評価が下がるのは目に見えている。
「あ、はい、すみません」
「せっかく推薦されたんだし、私たちも全力でやりましょう」
「だな」
気を引き締めると俺たちも亀へと向き直るのだった。