第149話 二人を保護してみよう
「というわけなんだけど、俺たちに捕縛という名の保護をされる気はない?」
イヴァンとフォニアの二人を前にして、さっそく提案をしてみる。
「何がというわけなんだ……」
額に手を当てながら説明を求めるイヴァンに、俺は改めて説明することにする。
依頼を受けてすぐ、気配察知を街中へと広げてイヴァンたちの居場所を突き止めてここまできたばかりだったりする。
場所は港の隅にある廃棄された倉庫の中だ。壁と天井に穴が空いていて、隠れるには向いていない気もするが、それが逆に見つからない要因になっているのだろうか。
「冒険者ギルドに、逃亡奴隷捕縛の依頼が出たのよ」
「えっ? ……もしかして」
「そう。あなたたち二人の捕縛よ」
莉緒の言葉にフォニアの顔が真っ青になっている。
「や……、やだ! 戻りたくないよ!」
いやいやをするように頭を左右に振って瞳に涙をためる。フォニアを宥めるようにそっと抱きしめるイヴァンが、俺たちを睨みつけてきた。
「俺たちを捕まえに来たってわけか……」
「いやいや、最後まで話を聞いてくれ。俺たちは別にイヴァンたちを依頼主の侯爵家に引き渡す気はない」
「どういうことだ……?」
表情から険しさが若干だが鳴りを潜め、代わりに困惑が占めるようになる。
「私たちも侯爵家についていろいろ聞いたんだけど、あんまり評判のよくない家みたいよね。そんなひどい家に、フォニアちゃんを返すなんて可哀そうじゃない」
「それにだ……。捕縛依頼を受けた俺たちが保護したとなれば、他の人間からちょっかいは出されにくくなるだろ」
さすがに依頼を受けて保護した奴隷を横からかっさらって、侯爵家に返そうとする人間はいないはずだ。たぶん。
「それは……、そうかもしれないけど……」
なんとも納得いかない表情をしているが、これ以上逃げ続けるのは難しいとあきらめも入っているのかもしれない。
「今は海皇亀が迫ってる問題もある」
「ああ……、ちょっとした騒ぎになってるな」
「もしこのまま海皇亀が街まで襲い掛かってくることがあれば、どさくさに紛れてお前たちが巻き込まれて死んだことにしてもいい。俺たちなら首輪を外せるからな」
「……へ?」
「……そんなことできるの?」
イヴァンは呆けた顔になり、フォニアは落ち着いたのかきょとんとしている。
「いやいや、隷属の首輪だぞ! そう簡単に外せるわけないだろう!」
立ち上がって詰め寄ってくるイヴァンだったが、嘘を言っているわけでもない。異空間ボックスからカチリと丸く繋がれた隷属の首輪をいくつも出してやる。前にクラスメイトから外したやつだ。
「それが簡単に外せるんだよな」
普通首輪というものは、装着するまでは円形になっていないものだ。そうでないと頭を通過しないからだが。
「それは……」
「前に外したことのある隷属の首輪だな」
「これで信じてくれるかしら?」
ゴクリと喉を鳴らし、自分の首に巻かれている首輪に触れるイヴァン。
「ただまぁ、そのあとのことを考えてないというのが正直なところなんだよな」
「奴隷から解放することは簡単なんだけどね……」
莉緒と二人で苦笑するが、これ以上はどうしようもないというのが結論だ。
「帝国を出て新天地で一から始めるとか言うんであれば、そこまでの護衛はするぞ」
「そうね。私たちもいろんな国を旅するのが目的だから、たまたま行き先が同じになる分には問題ないわね」
「いや、そこまで面倒見てもらうわけには……」
「と言っても、こっちとしても乗り掛かった舟なんだよなぁ」
捕縛依頼まで出てしまったし、なんとか後腐れないように決着を付けておきたい。
「言ってしまえば俺たちの我儘かもしれないな」
「なんだよそれ」
「イヴァンはともかく、フォニアちゃんに辛い思いはさせたくない!」
断言するように拳を握り締めると、フォニアがイヴァンへとヒシっと抱き着く。
「イヴァン兄も助けてあげて」
と、すがるような視線を向けられてしまった。
いかん。これは破壊力が大きい。
「うっ、ごめんよ……。イヴァンもついでに助けるさ」
「ついでかよ……」
「あはは!」
口をとがらせるイヴァンだったが、そこまで文句があるわけでもなさそうだ。
「というわけで、二人ともどうかな?」
「どうって言われても……、匿ってくれるような隠れ家とかあんのかよ?」
「宿に引きこもるってわけにもいかないよな」
「そりゃそうだな。貴族の息がかかってる可能性もあるし、無関係だとしても権力に逆らえるとも思えない」
腕を組んで考え込みつつ呟くが、あっさりとイヴァンに反論されてしまう。となればもうこれしかない。
「ないなら作ればいいんだよ」
「は?」
「あ、そういうことね」
俺の言葉に呆けた顔をするイヴァンと、何か得心がいったのか莉緒は手のひらをポンと叩いている。
「街の外のほうがいいかな」
「そうね。帝都とつなぐ街道からちょっと外れたところに森があったし、そこにしましょうか」
「おい、ちょっと待て。何の話だ」
最近は異空間ボックスから取り出して使っては増築くらいしかしてなかったが、久々に一から作るとなると腕が鳴るな。
「安心してくれ。快適な居住空間を約束しよう」
満面の笑みでサムズアップをするとイヴァンの額にますます皺が寄るのだが、この状況から脱出できるのならと頷くのだった。




