第145話 小島の調査依頼
「それって……」
超嫌な顔をする莉緒だったが、まだそうと決まったわけでもない。
「っていうかこいつ、陸地に近づいてってんのかね」
「ちょっとまだ遠いからわからないわね。あとサイズ感……」
だよなぁ。前までは見えなかったことから近づいているんだろうけど、帝都に向かってるかどうかまではわからない。スルーできるならスルーしておきたいけど、近くを通り過ぎるだけだとしても対策は必要だろうなぁ。
「とりあえず鑑定できるところまで近づいてみるか」
「そうね。あと頭の位置とかわかればいいかも……」
言われてみればそうだ。こっちに来てるからこちら側に頭がありそうだけど……。なんにしろ、敵認定されないように気を付けよう。
「ニルも今は気配を消して静かにな」
気配をできるだけ殺し、鑑定を飛ばしながらさっきよりゆっくりと近づいていく。
どんどんと大きくなる島――のように見える魔物。一体何メートルあるんだ。数百メートルはありそうな気がするぞ。
――きた!
巨大な島全体を一体の魔物と認識しながら鑑定していると、ようやく反応があったところで一時停止する。
「もしかして鑑定できた?」
莉緒の言葉に頷きを返すと、ひとつひとつ鑑定結果を共有していく。
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名前 :なし
種族名:海皇亀
説明 :海に棲息する生物の中で最大級の亀
気性は大人しいが、その歩みを止めることは不可能とされる
普段は寝ていることが多く深い眠りに入ると数年は起きない
稀に陸上へ上がってくることもあるが、海皇亀が通った跡は
更地にしかならない
何を目指して前に進んでいるかは謎とされている
状態 :通常
ステータス:HP 136546
MP 16456
筋力 105421
体力 216509
俊敏 743
器用 578
精神力 7322
魔力 16345
運 25
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「……亀?」
「みたいだなぁ……」
「にしてもヤバいね」
「ああ。ヤバいな」
語彙がヤバいしか出てこない。なんだこの体力お化け。ニルもけっこう体力あるなと思ったけど、こいつはそれ以上だ。なんだよ二十万て。しかも所持スキルによっちゃ数倍になるんだろ。
「とりあえず背中に着陸してみようか」
「大丈夫かな?」
「他にも魔物が背中にいるみたいし、普通に上陸はできそうな気がするんだよな」
「そういえばそうね……。あ、それにこの俊敏なら逃げるのは簡単そうよね」
「だなぁ。スキルで補正が入って数倍になったとしても、逃げるだけならできそうだ」
「じゃあ行きましょう」
改めて海皇亀へと接近すると、恐る恐る背中へと着陸する。海皇亀は気づいた様子もない。背中の甲羅には土が盛られ、ところどころで普通に植物が生えている。さすがに大きな木は生えていないが、広がる草原や岩場は陸地と言われても疑いようがない。
「広いわね……」
「でかすぎだな……。端から端まで五百メートルくらいあるんじゃないかな」
「それくらいありそうよね」
海皇亀の背中から陸地方面を眺めるが、かろうじて岬の先端が見えるといったところだ。
「……やっぱり進行方向に頭があるんだよな」
「だと思うけど、それらしいものはなかったよね」
「海中に頭引っ込めたまま進んでるのかこの亀は」
「一応外周を回ってみましょう」
外周と言ってもそこは亀の甲羅である。リクガメのように丸みを帯びているので、砂浜のようなものは存在しない。そのため亀の外周を飛行しつつの調査となったが、頭どころか尻尾も見当たらなかった。
透明度の高い海ではあるが、頭や尻尾が見える深水までは見通すことができなかった。
「全部海中なのか……」
「潜って確認するしかないかな?」
「うーん。そうかもしれないけど、さすがに今はそこまでやらなくていいんじゃないかな。早く情報を持って帰ったほうがいい気もする」
「あ、そういえばそうよね」
「にしてもこれは……、どうやったら止まるんだ……」
頭を破壊すればさすがに死ぬとは思うんだけど、なかなか難易度は高そうだ。というかあの体力値を見ただけで殺せる気もしないけど。
「動きは遅いけど、確実に港街に向かってるよなぁ」
「うん。帝都からはずれてるみたいだけど、港街にはまともにぶつかると思う」
「某王城を破壊した時の魔法でも、背中の甲羅だと効果があるようには思えないな」
「空から巨大隕石でもぶつければもしかするかもしれないわね」
「いやそれはそれで大津波が発生しそうじゃね?」
メテオストライクみたいな魔法は一度使ったことはあるが、それほど大きい隕石を降らせることはできなかった。魔力がバカみたいに持っていかれたからなぁ。それに降ってくる隕石の質もある。
「あはは……」
パッと考えても街に被害を出さずに亀を仕留める方法は思いつかない。
「とりあえず戻ってギルドに報告しようか」
「そうしましょ」
そういうときは丸投げに限るよね。
こうして俺たちはギルドへと帰還することとなった。
ギルドの二階へと足を踏み入れると、場は騒然としていた。岬から島のような影が見えることが、他の冒険者たちからもちらほら報告されていたからだ。
「あ、帰ってきやがった!」
「早かったじゃねぇか!」
よくみれば岬ですれ違った冒険者である。
「まずは一報と思って戻ってきましたけど、個室に行った方がいいですかね」
「は、はい! ぜひ奥の部屋へお願いします!」
カウンターから職員が勢いよく飛び出してくると、事情を聞こうとする冒険者を押しのけて俺たちを三階へと引っ張っていく。
制止の声が後ろからするが、これもギルドの意向なのでしょうがない。
こうして本日二度目となるギルドマスターとの対面が行われることとなった。