第144話 ギルドマスターからの指名依頼
「詳しく話を聞かせてくれんかの」
部屋に現れた人物は、このギルドのマスターでカーティスと名乗った。白髪白髭でかなりの歳に見えるが、がっちりとした体格と筋肉で威圧感がある。
隣には先ほどのギルド職員が座っていて、お茶を四人分出した後は筆記具を取り出してメモの準備は万全だ。
「……というわけです」
先ほどカウンターでギルド職員へと説明した内容をもう一度話す。
「ふむ……」
顎髭をさすりながらギルドマスターが考え込んでいる。
「見えた方角と距離はわかるかの」
「岬の先端真正面だったので真南ですかね。距離まではちょっとわかりません」
「なるほど。……調査の必要はありそうだが、少し遠いかもしれんのぅ」
特に注意してなかったから、視力強化や気配察知を伸ばしての探知はしていなかった。
「どうせならこの調査依頼を受けてみんか?」
「え? 俺たちがですか?」
Cランクとはいえ、俺たちはこの街に来たばっかりの冒険者だ。ギルドからの信頼を得ているとは思わないけど、このランクはそこまで価値のあるものということだろうか。
「そうじゃ。自分たちで見つけた異常事態は気になるじゃろ?」
「まぁそうですけど」
「もちろん他のパーティにも調査依頼は出す。うってつけのやつらがいるからの」
「どうする?」
莉緒へと顔を向けると、特に考えるそぶりもなく頷きが返ってくる。
「私は受けてもいいと思うよ」
「んじゃ受けるか」
「うん」
「では決まりじゃな。依頼は指名依頼として出しておく。船の手配が必要じゃから、また明日ギルドに顔を出してくれ」
おっと、そういえば海上にある未確認物体の調査だったか。
「船は不要です」
「だね。今からパッと行ってきますので」
「は? いや、海の上じゃぞ。まさか自前で船を持っているとでも」
なるほど、そっちになるのね。まさか空を飛べるとは思わないんだろうなぁ。
「あー、まぁ、移動手段はあるので気にしないでください」
「そ、そうか。今から向かうのであれば、依頼書をすぐ発行しよう」
「わかりました」
「ではよろしく頼む」
メモを取っていた職員へと指示を出すと、この場はお開きとなった。
お昼を摂ってギルドへ戻ってくると、指名依頼書はすでにできあがっていた。
「本当に船の用意はいらないんですね?」
「はい、大丈夫です。今日の夕方にでも戻りますので」
念を押す職員に苦笑いを浮かべると、カウンターで依頼を受けてそのまま調査に出るべく海の方向へ向かう。できるだけ人のいないところからと思いもう一度岬へと来たが、先客の冒険者が二人いた。
「なんだあれは……」
「確かに……、影が見えるな……」
ギルドでの会話を聞いていた人たちっぽいね。
「どうするの、柊?」
「どうしようか。……まぁ見られてもいいかな。船が不要な証拠を証言してくれる人たちと考えれば、むしろいてくれてよかったかもしれない」
「あはは。じゃあ堂々と行きましょうか」
遠くに見える影を観察する冒険者へと近づくと、そのまま追い抜いて崖の先端まで歩いて行く。
「あんたらも噂に聞いた島を見に来たのか」
「いえ、俺たちはあれを調査に来たんです」
「ほぅ、もう調査依頼でも出たのか」
「ええそうです」
「がんばれよ」
軽く手を振って見送ってくれる。もう一人も手を上げてくれたので軽く会釈を返しておく。
「じゃあ行ってきます」
岬の先端からふわりと浮き上がる。莉緒も隣で浮き上がるのを確認すると、顔を合わせて頷き合う。
「は?」
「へ?」
冒険者たちの間の抜けた声を背後に置き去りにして、島へと加速して向かった。ニルも空を蹴って後についてくる。
そこまで速度は出していないが、空を行くこと五分ほど。徐々に島が大きく見えてきたんだが。
「けっこう沖まできたと思うんだけど、水平線に見える距離ってどれくらいだったっけ……」
いったん空中で静止すると莉緒に聞いてみる。
「ちょっとわかんない。水平線までの距離って、惑星の大きさにもよるんじゃなかったっけ」
「そういやそうか……」
振り返れば陸地はぎりぎり見えなくなっており、岬だけが見えるといったところだ。俺たちは空間魔法で指定座標をマークしてあるから迷わないが、何もない海上で方向を見失ったら怖いな。
「にしても、アレって島なのか?」
「……違う気がするわね」
「グルルルル」
「ニルが警戒してるな」
「島じゃないとすれば……、魔物?」
「……いやいや、さすがにデカすぎね?」
鑑定してみるが、まだ遠すぎるのか反応しない。視力強化してみると、ゴツゴツとした岩肌らしきものが見えるのみで魔物という感じはしない。
気配察知の範囲を広げてみれば――
「――っ!?」
「どうしたの?」
「……島全体から魔物の気配がするな」
「えっ? ……島に沢山魔物がいるってこと?」
「いや……」
大量の魔物の気配はしなかった。いや、相応の数の魔物はいることはいる。あれがただの島だと仮定すると、陸上にまばらに魔物がいてもおかしくはない。その程度の魔物はいたのだ。
ただし、あの島全体からもひとつの魔物の気配がしやがった。
「気配の感じからすると、前にやりあった地竜を超えるかもしれない」
俺の言葉に息を呑む莉緒の気配がした。