第141話 逃亡奴隷
「美味しい!」
「……美味い」
目をキラキラさせて喜ぶ狐耳っ子――フォニアと、仏頂面で感想を述べる熊耳男――イヴァンと少し話をすることにした。
なんだか面倒ごとに首を突っ込んでる気がしないでもないが、狐耳っ子の可愛さにやられたのでしょうがない。さっきから莉緒が耳をもふもふして離さないし、フォニアも嫌がらずに黙々と焼き魚を貪っている。
食料を手に入れた今、こんなところで話し込んでたら見つかってしまうということだったので、認識阻害の結界を張ってある。半信半疑だったが目の前で使ってやったら納得したのでよしとしよう。
「それで、なんで逃げてきたんだ?」
「確か奴隷といえど、きちんと衣食住を提供しないと犯罪となるって聞いたわよ」
莉緒の捕捉に頷いていると、イヴァンが苦虫を噛み潰したような表情になる。
「だけど、それは生きているってだけだ。人間らしい生活はさせてもらえていない……」
「……どういうこと?」
一言だとわからなかったので詳細を聞けば、いわゆるペットのような扱いをされていたらしい。出されるご飯はほとんどが生で調理がされておらず、服はぼろ布一枚だけ。今は何枚か拾った布を重ね着しているが、屋敷で生活していたときはほぼ裸に近かったらしい。
「何より虐待がひどすぎるんだ」
そう言ってまくった服の下には、傷跡がたくさんついていた。切り傷や打撲痕などたくさんあったが、特に背中がひどい。どうやら主人は相当なドSらしい。
「フォニアも一時期はまったく笑わなくなってね」
痛ましい表情でフォニアを見つめる。
今は美味しい物を食べて笑顔を見せているが、こんなに可愛い子を虐待するなんてけしからん。
「それにしてもよく逃げ出せたわね」
「そうだな。奴隷は主人の命令には逆らえないんだろ?」
「まぁそうだが……。『逃げるな』とは命令されてなかったみたいでな……」
「なんだそりゃ」
下手にペット扱いされていたことがよかったのか、普段は誰もいない庭で放置されていたらしい。そこで住人の隙をついて逃げ出してきたということだ。
「放し飼いとも言うけどな」
自嘲気味に笑うイヴァンだったが、さっぱり笑えない。
聞けば二人の主人は帝都に住んでいる貴族だという話だ。俺たちなら首輪は外すことができるが、その先まで面倒は見切れない。ましてや主人が貴族ともなれば尚更だ。
むしろ逃亡奴隷は通報すると報奨金がもらえたりするんじゃなかろうか。何せ所有している奴隷が他人を傷つけたり犯罪を起こすと、主人が罰せられるんだから。
いやしかし、首輪さえ外せばあとはなんとかなったりして? いや、俺たちならどうとでもなるが、フォニアを守りながらイヴァンがそこまで立ち回れるかわからないな。というか逃亡奴隷と元逃亡奴隷ってどっちがマシなんだ。ある意味法律で奴隷のほうが命を守られている感もあるし……。さっぱりわからん。
「お腹いっぱいになっちゃった。お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとね!」
気が付けばフォニアが食べていたお皿も空になっている。
「あ、ああ。そりゃよかった」
「こんな俺たちによくしてくれてありがとう。恩に着る」
深く頭を下げると立ち上がり。
「これ以上は迷惑かけられないし、そろそろ行こう。フォニア」
「う、うん」
もう一度頭を下げると、考えがまとまらないうちに二人は路地の奥へと消えて行く。考えがまとまらないうちだったので、声を掛ける暇もなかった。
「うーん……」
なんとももやもやした気持ちが残るが、どうしていいかわからない。
「このままでよかったの?」
莉緒が首を傾げているけど、奴隷でいるほうが殺される心配はないんじゃないかという俺の考えを話せば納得してくれた。
「難しいわね……」
「だろ? ……まぁ、ここでこうしても仕方がない。とりあえず宿に帰るか」
相手の貴族がどういう人間かもわからないのだ。現時点ではどうしようもないと結論付けて、晴れない気持ちのままではあるが宿へと帰還した。
翌日、船の護衛依頼達成の報告へとギルドにやってきた。二階の受付で報告を済ませて報酬を受け取ると、気になっていた逃亡奴隷について聞いてみた。
「逃亡奴隷ですか? そうですね……。基本的に奴隷は個人の所有物ですので、逃亡したからといって、奴隷本人に特に罰則はございません。ただし、所有者の要望次第ですので、通常だと借金や刑期が加算されるというところでしょうか」
「あ、そうなんですね」
それを聞いてちょっと安心だ。
「はい。また、奴隷が犯罪を犯せば主人が罰せられますので、報奨金をかけて探されるのがよくあるケースでしょうか。……そういえば当ギルドにもDランクの逃亡奴隷捜索依頼がありましたね」
「えっ……」
思わず莉緒と顔を見合わせる。
まさかフォニアとイヴァンじゃ……。
「さすがに捕まればどうなるかわからないので、逃亡してまで派手な犯罪を犯す奴隷はいませんが、食べるのに困って窃盗などに走る者もいますので」
ああ、そりゃそうだよな。逃亡生活でまともな仕事につけるわけもない。どっちにしろ街の住人にもできれば見つからないほうがいいのは確かだな。
「逃亡奴隷ともなれば抵抗もされるでしょうから、捕らえる際に多少は傷つけても損壊罪などに問われることもありません。ただし、逃亡した奴隷の素行が悪すぎれば、生死問わずの捕獲依頼になる可能性もあります」
「マジですか」
しかし、今のところ捜索依頼でよかったと思うべきか。……いやまだそれがフォニアとイヴァンと決まったわけじゃないが。
「また、奴隷を勝手に解放することは重犯罪ですのでお気を付けください。普通はできませんけどね……」
「……仮にですけど、解放されちゃった場合にその奴隷ってどうなるんでしょう?」
「えっ? ……あー、そうですね。……直接所有者から命令を受け付けなくなるだけで、世間での扱いは逃亡奴隷のまま変わらないんじゃないでしょうか。むしろ誰かの所有物という証明がなくなるので、力のない奴隷の場合はより危険な目にあう可能性もあるかもしれないですね」
「そ、そうですか……」
肩をすくめるギルド職員に感謝しつつ、聞きたいことは聞けたのでギルドを後にする。やっぱりもやもやした感情が残るだけだった。