第126話 グローセンハング帝国
お待たせいたしました。
第三部開始です。
海を目指すべく街道を南下する。
歩くのに飽きた俺たちは、人気のなくなった街道を元のサイズに戻ったニルに乗って移動したり、空を飛んで行ったりして移動していた。途中にあった街を一日観光に使い、四日目には国境を越えて帝国側の国境の街ライレイへと入っていた。
さすがに国境を超えるとがらりと風景も変わった。第一印象としては、狭い道が多く猥雑な街並みだ。
「やっぱりベルドラン工房のベッドにはそうそう勝てないよなぁ」
のんびりとここまで来たが、道中の野営用ハウスと街の宿を比べて思わずため息が漏れる。
「それはしょうがないかもね。大きい街でもなければ居心地のいい宿なんてなさそうだし」
それはこの国境の街ライレイも同様だ。高級店が集う大通りも探してみたけど、当たりの宿はなかった。
「というか商都で泊まった宿が高級すぎたな……」
「……そうね」
今のところ野営用ハウスのベッドに勝るものには、商都の宿しか出会えていない。ってかあそこのスイートルームはすごかった。そのすごさは、気の利きすぎるメイドさんにあったとも言えるが。
とはいえそれは街の宿を選ばない理由にはならない。宿に泊まることも観光に含まれるからだ。
「それにしても……、帝国って奴隷が多いのかしら?」
大通りをぶらぶらと歩いていると、莉緒がふと言葉を漏らす。
道中ずっと鑑定を使いまくりながらきたけども、もちろん人を鑑定することもある。帝国に入ってから、ちらほらと『状態:隷属』という人を見かけるようになったのだ。もちろん見た目からでも首に隷属の首輪をつけているのがわかる。
「そうかもしれないなぁ」
どうにも奴隷と聞くと、クラスメイトを思い出してしまってあんまりいい扱いをされていないんじゃないかと思ってしまう。
「でもそんなに表情の暗い人たちはいないわね」
そうなのだ。
いろんな奴隷の人たちを観察してみたが、他の一般市民と変わりないように見えるのだ。そこに悲観した様子はまったく感じられない。
「人権のあるちゃんとした制度なのかもしれないな」
俺の言葉に莉緒もゆっくりと頷く。イメージだけでなんとなく忌避感を覚えるが、そう悪いものでもないのかもしれない。
この世界の奴隷の扱いについてよく知らないんだよな。フルールさんに聞いておけばよかったかも。
「とりあえずギルドで情報収集しようか」
気を取り直して冒険者ギルドへ向かうことにする。いつでもどんな街でも情報収集するには便利な場所だ。最近商業ギルドにも所属するようになったが、冒険者ギルドほどどこにでもあるというわけでもない。ちょっと小さい街や村だと商業ギルドはない場合が多いこともあり、慣れている冒険者ギルドに足を運ぶことがほとんどだ。
ほどなく見つけた冒険者ギルドへと入っていく。しかし今日は珍しく視線が集まることもなかったのではあるが。
「おうおう、今日もガキが冒険者ギルドに何の用だぁ?」
がははと笑うチンピラ風冒険者が、俺と莉緒の間くらいの背丈をした少年に絡んでいる場面に遭遇してしまった。
「ガキじゃねえし! もう十二歳でちゃんとFランクの冒険者になったんだからな!」
怯むことなく叫ぶ少年に、チンピラも揶揄いの言葉を止めようともしない。
「はっ、昨日までママのおっぱいでも吸ってたことには変わんねぇだろうがよ」
「んだと……!」
こぶしを握り締める少年だったが、何かを言い返そうとする前に俺と目が合ってしまった。
「だったらアイツはどうなんだよ! どう見てもおれよりガキじゃねぇか!」
「あん?」
俺を指さして叫ぶ少年に、チンピラ風冒険者もこちらに顔を向けてきた。次に莉緒へと視線を移し、最後にニルへ移ったところで感心したような表情となる。
「バカじゃねぇの。よく知りもしない相手に見た目だけで判断して絡むわけねえだろうが。だからガキだっつってんだよ」
視線を少年へと戻すとため息をつく。
「はぁ!?」
チンピラ風冒険者の言葉に勢いよく反応しているが、そういうところがダメだと言われているのに気が付いていない。
「まったく……、ほれ、今日もちったぁ揉んでやるから来いよ」
「なんでだよ! 離せよ!」
という言葉を残すと、暴れる少年の襟首をつかんでそのまま去っていった。
少年を見守る他の人の視線もなんだか生温かい。
「……」
てっきりテンプレ展開でも始まるのかと思ったけど、思ってたのと違ったな……。
「すごく面倒見のいい人みたいね」
まったくもって同感だ。というか心の中でチンピラとか言ってしまったけどごめんなさい。面倒見のいい常識人でした。むしろ少年のほうに食って掛かられそうでちょっと萎える。
「そうみたいだな。とりあえず、情報収集しておこうか」
いつものように鑑定を周囲に飛ばしつつ、空いているカウンターへと向かう。いろんな職業の人間がいるが、帝国に入ったからといって傾向が変わるわけでもないようだ。
「ライレイの冒険者ギルドへようこそ。本日はどういったご用件でしょうか」
真面目そうな職員から声を掛けられたので、反射のように鑑定を使う。と、そこにはいつもと違った結果が現れていた。
「あ――、ごほん」
思わず声が出たので咳払いで誤魔化す。
うん、まさかここで鑑定スキルがレベルアップするとは思わなかった。