閑話2 根黒の悪夢
「くっそ……! ちょっと早すぎだろ!」
莉緒ちゃんを追って王国を出て南下を続けているけれど、まったく追いつける気がしない。黒髪の男女二人組はそれなりに目立つし、何より冒険者ランクにそぐわない獲物をギルドで売りさばいているとなればもうあの二人しかいない。
なので追跡はそれなりに容易ではあるんだけども……。
「あぁ、その二人なら三週間くらい前に見たよ」
ぐああぁぁぁぁ! なんでだよ! 次の街に行って二人のことを聞くたびに間隔が開いていくんだけど! 王都の隣の街で聞いたときは十日前だっただろ! 寄ってない街もあるらしくて痕跡すらなかったりすることもあるけど、なんなんだよこのペースはあああぁぁぁ!
でもよく考えろ……。このペースに莉緒ちゃんも付き合わされてるってことだよな。くっそあの野郎、ぼくの莉緒ちゃんに無茶させやがって……。絶対に許さないからな!
「おいおい兄ちゃん、大丈夫か。さっきから百面相させてっけどなんかあったか?」
「あ、いや、なんでもない」
乗合馬車に乗っている他の乗客にまで心配されてしまった。
他に早い移動方法となれば、早馬しか思いつかない。だけど一個人が使えるような移動方法ではない。お金を積めばできるかもしれないが、馬を扱う商店などで調べても、黒髪の男女が使った形跡はなかった。
「仕方がない。地道に追いかけ続けるしかないのか……」
だがしかし、商業国家に入りフェンリルの村に着いたときに少し風向きが変わった。いつものように二人のことを聞いて回っても、引き離されていなかったのだ。
「でも天狼の森に向かったのを最後に見かけてないね」
「えっ?」
マジかよ。あの森にはシルバーウルフが群れで出るんだろ? 一攫千金の茸が採れるからって、さすがに突っ込んでいくのは命知らずとしか思えない。
いやでも、水本の野郎はそこそこ強かったよな……。不本意だけどぼくもまったく手も足も出なかったし。
「年に数人、森から帰って来ない冒険者は出るからね。気の毒だけど珍しいことじゃないよ」
「そうですか」
村人何人かに聞きまわった結果、ほぼほぼ間違いないようだ。
森の向こう側にあるのはレイヴンという職人の街らしい。地理を教えてもらったけど、森を迂回するのはさすがに時間がかかる。ただでさえ移動速度がまったく追いつけていないのだ。
早くしないと莉緒ちゃんが水本の毒牙にかかってしまう……。はやくなんとかしないと……!
「くそっ、行くしかないじゃないか」
そうして僕は天狼の森を突っ切ることに決めた。
「ぎぃやあぁぁぁぁぁ!!!」
僕は今、悲鳴を上げながら必死で森の中を走っている。
後ろがどうなっているのか気になるけど、振り返っている余裕なんてまったくない。というか逆に怖くて振り返りたくないとも言える。
はっきり言ってシルバーウルフを舐めてました! 単体でCランクだからってバカにしてごめんなさい!
マジでこのままだとヤバい。何か霧も出てきた気がするし、足元が見えづらくなってつまずいたりしたら死ねる。
「でも、この道を莉緒ちゃんは通ったんだろおおおぉぉぉぉ!!」
半ばやけくそになって叫びながら必死に足を動かす。
必死に走り続けていたけれど、だんだんと追い付かれてきている気配がしてきた。シルバーウルフの息遣いが耳に入るようになってきたのだ。
「くそおおぉぉぉっ!!」
最後の力を振り絞って足を動かしていると、唐突に目の前に建物が現れる。
「なにっ!?」
霧深くなりすぎていてほとんど視界が効かなかったけれど、これはちょっとだけ運が向いてきたのかもしれない。よく見れば入り口が開いているのが見える。根拠などまったくないが、追いかけられているシルバーウルフが入ってこないことを祈って建物の中へと飛び込んだ。
「はぁっ、はぁっ、……くっ」
荒い息をつきながら建物の中を見回す。明かりもなく薄暗いが、ざっと見て丸い部屋になっているようだ。だいたい直径三十メートルくらいだろうか。仕切りも部屋もなく、登り階段もなさそうな建物の内部に血の気が引いていく。
思わず振り返るが……、幸いなことにシルバーウルフは入ってきていなかった。
「はは……、一応、危機は去った……のかな」
安心しきってしまった僕は、この建物の中で不覚にも意識を失った。