第102話 めでたいことはすべてが終わった後で
「といっても、俺たち護衛の仕事の経験ないですよ?」
「Dランク冒険者になったばっかりですし」
俺たちで大丈夫なのかとフルールさんに告げるも、「問題ありません」と返ってきた。
「商都までの街道は整備されていて、魔物や盗賊などは滅多に出ませんので。それに――」
フルールさんはいたずらっぽい笑顔を浮かべると、一拍置いて話を続ける。
「護衛依頼の達成ができれば、お二人もCランクが近づくでしょう?」
「あはは! 確かにそうね!」
そういうことであればこちらとしても拒否する理由はない。むしろ大歓迎だ。
「あ、ちなみにオークションっていつでしょう?」
「えーっと……、次のオークションは十日後になりますね」
十日後なら大丈夫か。直近の予定は結婚式だけだし……、って明日か!
昨日いろいろありすぎて忘れてたけど、そういえば明日だったか。準備はできてるから問題ないといえば問題ないが……。
ちょっと延期を考えようか。憂いはすべて解決してからの方が、気分よく結婚式を挙げられるだろ。招待客もいないしな。
「十日後ですか」
「はい。オークションは十日後ですが、来週にでも商品の輸送をしようと思っていますのでよろしくお願いします」
「わかりました。こちらこそよろしくお願いします」
フルールさんにオークションの開催期間など詳細を確認した後、俺たちはラシアーユ商会を後にした。
「さて、莉緒さんや」
「……どうしたの?」
宿へと戻る道すがら、真面目な顔で話しかけると莉緒が首を傾げつつこちらを振り向く。
「いや、結婚式のことなんだけどな」
「あ、私もそのこと考えてたのよね」
「そうなんだ」
「うん。このまま明日結婚式挙げても、なんだかもやもやしたままだからどうしようかなって思って」
「あはは、同じこと考えてたな」
莉緒と意見が合うようで嬉しいね。俺の我儘かもしれないけど、微妙な状況でも式を決行しようと言われなくてよかった。
「じゃあ……」
「おう。延期できるか神殿に行ってみようか」
莉緒の言葉を引き継いで言葉を続けると、力強く頷きが返ってきた。
結論から言えば延期は簡単だった。
「なんじゃい、待たせるような男はモテんぞ?」
という言葉をもらってしまったが。
基本的には本人だけで済ませる結婚の儀だ。神殿側としても相手が変わるだけで準備自体は共通だし、前日までであれば日程変更はいつでも受け付けているとのこと。ただし払った喜捨は、たとえ結婚の儀をキャンセルしたとしても返って来ないみたいだが。
「よし、これで大丈夫かな」
十日後にオークションが三日間行われ、往路に二日かかるとして二週間ちょい。だけどこの世界何が起こるかわからないからな。数日の余裕は見ておかないと。
「うん。三週間あれば大丈夫だと思うわよ」
というわけで俺たちの結婚式は三週間後とした。
「あれ、今日はお二人とも神殿ではなかったですか?」
翌朝またラシアーユ商会に顔を出すと、フルールさんに怪訝な表情をされた。
「結婚の儀はちょっと延期しまして」
すべて綺麗に片付いてからにしようと話し合った結果をフルールさんに説明すると、納得がいったと満面の笑顔になる。
「そうですわね。トチリアーノ殿には表舞台から消えてもらわないと、心からお祝いなんてできないですものね」
黒い笑顔で物騒なことをのたまうフルールさんだけど、概ね同感である。
そんなこんなで今日は、オークションに出すほどでもない小物の売却にきたのだ。小物と言えども十メートルは超えるグレイトドラゴンは三億フロンを超えたりと、まったく少額ではなかったが。
「これらが我が商会の利益となるまでにはまだ少し時間がかかりますが、各工房などへの融資は早めに始めさせていただきますね」
「はい、お願いします」
加工して売りに出されるまでは利益として出てこないだろうが、早いうちから始めてもらえるのであればありがたい。
「あとひとつご相談があるのですが……」
倉庫の片隅にあるテーブルで向かい合った俺たちに、フルールさんがそう切り出した。
「なんでしょう?」
一息ついたところで出されたお茶を飲みながら話の続きを促す。
「実は教えていただいた魔法瓶の製造なのですが、どうやら職人たちには作るのが難しいようでして」
「あ、そうなんですね」
思ったより簡単に作れるけど、やっぱりマシマシスキルのおかげだったか。
「ええ。空気の層を作ることはできるようなのですが、真空となるとなかなか。空気の層を使った魔法瓶でも、ひとつ作るのに時間がかかる上に不格好になってしまって」
それでもミミナ商会で販売している保温カップよりは効果が高いそうだ。その分値段を安く売りだすつもりらしいが、真空容器の魔法瓶のほうがなんとかならないかという話だった。
「であれば最初の内は俺たちがいくつか作って納品しますよ。職人たちに直接レクチャーしてもいいですし」
作るのにそれほど労力はかからないし。
「そうしていただけると助かります」
「気にしないでください」
そうしてあれこれと小物を売却したのちに、今度は護衛依頼の話となる。俺たちが運ぶなら馬車は一台で済むそうだ。確かに、でかい地竜をほぼまるまる運ぶとなると、馬車もいっぱい必要だよな。
お昼過ぎには依頼を出しに冒険者ギルドへと向かうとのことで、俺たちも一緒に向かうことになった。