異世界に来て初めてしたことがお○っこってあんまりです!
部屋を飛び出して最初に俺の目に入った光景は、左右に伸びる石造りの廊下と、日が差し込むアーチ状の窓枠だった。
廊下は古いが伝統を思わせる作りで、何がしかの歴史ある建物であることがわかる。
ーーーって、そんな場合じゃないんです!
迫り来る尿意に、左右の足をジタバタさせながら、トイレらしきものを探す、が。
この建物広い!
左右に伸びる廊下だけでも10部屋以上の扉が見える。
両方の突き当たりからはさらに左右に廊下が伸びている。
とりあえず当てずっぽうに、俺は廊下の左の方に駆けてゆく。
突き当たりをさらに左に進む。
その間もトイレらしきものは見えず、ついに廊下の突き当たりにでる。
そこは庭のようになっていて、中央にガラス張りの植物園のようなものが建っていた。
完全に勘が外れた。
俺は再び引き返してトイレを探そうとするが、あまりの尿意に、その場でへたり込んでしまう。
女性はトイレが近いと言うが、まさにその通りで、男の感覚で我慢していると、限界に到達するのが思った以上に早い。
「もう・・・だめ・・・!」
でも漏らしたくない。
異世界に転生して最初にしたことが、盛大なお漏らしなんて。
俺の理想のガールズライフが、音を立てて崩れてゆく。
ふと、ガラス張りの大きな植物園が目に留まる。
中には大小様々な背丈の植物が生え散らかっている。
奥の方には建物の2階くらいの背丈の樹木まであり、そこから伸びた枝葉がガラスの大部分を覆っている。
つまり、外からはほとんど見えない。
ーーーゴクリ。
喉が鳴る。
外からほとんど見えないから、何だというのか。
いや、もうそんな綺麗事をのたまうほどの余裕はなかった。
ズリズリと。
四つん這いになりながら、下半身に溜まったそれが漏れてしまわないように、最小限の動きで植物園のドアに近づいてゆく。
まるで永劫とも思える時間(実際には1分足らずだった)の後、植物園の入り口に辿り着く。
なぜか入り口は半開きになっていた。
「もう少し・・・もう・・・すこし・・・」
泣きそうにか細い声を発しながら、植物園の扉を頭で押し開ける。
タプンタプンと、下半身から音が聞こえるような錯覚を覚える。
長い時間をかけて、植物園の一番奥、ピンクと紫の不思議な果実を実らせる樹木の下に辿り着く。
「はぁっ・・・はぁっ・・・」
荒い呼吸の少女はプルプルと震えながら、樹木に背中を預けてしゃがみこむ。
くりっとした瞳の愛らしい顔つきは、今は熱に浮かされたように虚ろになっている。
後ろは木、左右をトウモロコシ畑のような背の高い植物に囲まれているこの場所なら、外から見えることはないだろう
「いいよね・・・ここなら・・・いいよね」
年頃の女の子にこんな行為をさせるなんて、という罪悪感は、膀胱からくるSOS信号に脆くもかき消される。
心の中でリルルという少女に何度も謝りながら、スカートの、その奥に手を忍ばせる。
人肌に温まった、柔らかな布地に指先が触れる。
それに指を引っ掛けると、ゆっくりと足先の方にずらしてゆく。
スカートという地平線の先から現れたのは、白い生地にピンクの水玉柄、2段のリボンとレースがあしらわれたーーーパンツ。
生まれて初めて見たそれを、しかしゆっくり眺める間もなく、下半身が急激に緩んでいく。
せめて汚れないようにスカートの裾をたくし上げ、女の子としてあるまじきポーズをとったところで
「ふあああぁっ!?」
その時は訪れた。
陽の光を反射して宝石のように煌めく液体。
虹のような放物線を描いて母なる大地へと落ちてゆく。
静寂の中に響く水音は天が奏でる音楽のようで。
「はあああぁぁぁっ・・・」
全てが終わった時、素晴らしい開放感に満たされていた。
こんな開放感は、20連勤が終わって15時間爆睡した後にも感じたことがない。
なんて、なんて素晴らしいのだろう。
虚ろだった意識が、徐々に焦点が定まっていく。
世界の音が戻ってくる。
ふと、周囲から変な音がするのに気がつく。
ミシッ、メキメキッ、という異音。
小学校のキャンプファイヤーで聞いた、薪が爆ぜるような耳障りな音が、あたり一面から聞こえてくる。
「な、なに!?」
俺は慌ててパンツをはくと、その場に立ち上がる。
そして背中に違和感を感じる。
「ーーーひうっ!?」
まだ背中を預けていた樹木が今、動いた!?
恐る恐る背後を振り返る。
まるでビデオの早送りを見ているように、木の幹がミシミシと音を立てて伸び始めていた。
背後の木だけじゃない、左右のトウモロコシ畑はキメキと音を立てながら伸び、黄金の苺はグングン巨大化してゆく。
「ひあああぁっ!?」
あまりの異様な光景に腰を抜かし、俺は再びその場に尻餅をついてしまう。
黄金の苺は今やスイカ並の大きさになり。
植物の根っこが地面から突き出し、ウネウネと踊り狂う。
背後の木は成長を続け、ついに植物園のガラスを突き破った。
ピンクと紫の果実が次々と上空から降ってくる。
色とりどりの花びらが植物園中に吹き荒れる。
この世の終わりのような光景の後、俺が目にしたのは。
かつての植物園の名残は跡形もない、直径100m、高さも数十メートルに及ぶ、それはーーー巨大な植物達の塊だった。
俺を中心に成長する植物の塊は、今なお成長を続けている。
(こ、このままじゃ・・・飲み込まれる!?)
恐怖が背中を駆け上がる。
メキメキと蠢く木の根っこに足を取られないようにして、俺は駆け出した。
黄金苺のツタをくぐり、七色の花びらの上をつたい、ようやく密集した植物の塊を抜けた。
背後を振り向くと、地面から次々と這い出した植物の根っこが、まるで俺を絡め取ろうとするかのようにこっちに迫ってくる。
「ひいいいぃぃぃ!?」
それから逃げるように、俺は脇目も振らず元いた建物に飛び込む。
廊下を走り抜け、右に曲がりまた走り続ける。
どうして自室の位置がわかったのかは不思議だが、気がつくとリルルの部屋だった。
ベッドに駆け込み布団を被り、ガタガタと震える。
(なに?なんで?なにが起こったの・・・!?)
(植物園でおしっこをして、そしたら植物が突然成長し出して・・・!)
混乱した思考は、ひたすら無意味な問いかけを繰り返す。
数分経つと、外から大勢の人がざわめく声が聞こえてくる。
けれどもあまりの突然の出来事の連発に、俺の脳はついていくことができず。
その日は一日中、布団を被ってガタガタと震えているのだった。