おっさん、少女に転生する
私の名前はリルル=メーリエ。
帝国魔法学院の5回生です。
でも本当は30歳の社畜おじさん!
何を言ってるのかわからねーと思うが、俺にもわからない。
だって、ついさっきまで俺はワンルームの木造アパートにいた。
俺の部屋だ。
それが今、真っ白の壁紙にピンク色の絨毯、木彫りの意匠が施された、フカフカのベッドの上にいる。
誰の部屋だ。
まてまて、落ち着け。
冷静になって記憶を整理してみよう。
社畜生活8年。クライアントの無茶な仕様変更も華麗にかわしてきた俺の脳が、フル稼働で唸りをあげる。
一番新しい記憶は・・・昨日(?)会社から帰った時のものだ。
いつも通り、残業からの終電コースの後、コンビニでレトルトカレーと唐揚げ棒を買って帰ってきた。
薄暗いアパートの廊下。俺の部屋の前だけ、電球が切れてる。
「ただいまー・・・」
ギィとドアを開けると、誰に聞こえるわけでもない挨拶をなんとなく習慣で言ってしまう。
当然、返事はない。
「はー・・・」
我ながら虚しくなってため息をつく。
部屋に入ると、今日も出せなかった燃えるゴミの袋が異臭を放っているが、換気する気力すらなく、布団に突っ伏す。
「まじつらい、仕事辞めたい・・・」
残業は当たり前。時間外労働手当は無し。人を道具としか思ってない上司を、殴って辞めるような勇気もない。
「あの会社燃えないかな・・・」
いっそ会社が燃えてくれれば、明日からは出勤せずに済む。
好きなニチアサアニメを見て二度寝、昼に起きたらコンビニでお菓子を買って、夜までネトゲ三昧。
ああ、夢のような日々。
現実はそんなにうまくいかないだろうから、せめて妄想の中で会社を燃やしてみる。
パチパチパチ
バチンッ
何かが爆ぜる音、割れる窓ガラス、急速に燃え広がる炎。
そうそう、そんな感じで。
ゴムが焼けごけるような匂い。広がる煙によって急激に視界が奪われてゆく。
いや待って。
ちょっとリアルすぎやしないーーー
そう思った時はもう遅かった。
これ本物の火事だ!
部屋の中を渦巻く熱風。
バチンッバチンッと定期的に爆ぜる音。
やばいやばいやばい。逃げないと。
でも、体はピクリとも動かない。
呼吸をするたびに意識が朦朧としていく。
これは、一酸化炭素中毒ってやつじゃ。
火災による死因のほとんどは、煙を吸って一酸化炭素中毒になり、体が動けなくなって焼死するらしい。
視界が霞みがかって、体の感覚がなくなってゆく。
あー俺死ぬのか。
大したことのない人生。
主役になれるわけでもなく、誰かに愛し愛されるわけでもなく。
せめて童貞は卒業したかったけど。
ってか、何も良いことない上に焼死とか、何の罰ゲームだ。
神はいないな。
仮に神がいたとしたら、人生のバランス調整がクソすぎてクレーム案件だ。
まず、男に生まれたのがそもそもの調整ミスだ。
どうせなら女の子、できれば美少女がいい。
才能が無いのも不公平だ。周りの人間をあっと言わせられるような、特別な才能もほしい。
ってか、この世界はそもそも退屈すぎる。
冒険あり魔法ありの、ファンタジーな世界に生まれたかった。
頼むぜ神さま。
次の人生は、もうちょっといい感じでーーー
最後にそう思うと意識が途切れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「やっぱ死んだ・・・んだよな」
思い出した記憶が確かならば、かなりの確率で俺は死んだはずだ。
焼死とかエグい死に方に、正直ちょっとへこむ。
でも、死んだはずなら、何で俺は意識があるんだ?
改めて意識を覚醒させてみると、俺はどうやらベッドのようなものの上に寝転んでいるらしい。
四肢に神経が接続されるように、体全体に感覚が戻ってくる。
俺はゆっくりと体を起こした。
自分の足先が見えたので、バタバタと足を動かしてみる。
次に両手を目の前に持ってきて、握ったり開いたりしてみた。
そこでわずかな違和感を覚える。
「・・・手、ちっちゃくない?」
自分で口に出した声を聞いて、違和感はさらに強まる。
「あれ、俺こんなに声高かったっけ?」
これではまるで声変わりしてないような、というか、女の子みたいな高い声。
「いやちょっと待って、ちょっと待って、女声だし、手足細いし、何が起きてんのこれ」
そうだ、鏡。
部屋を見渡すと、ベッドの脇に姿見がある。
焦燥にかられた俺はベッドから立ち上がると、おぼつかない足取りで姿見の前に立つ。
そこに写っていたのはーーー
「うそ・・・だろ」
ジャンパースカートとブラウス、ボレロのような短いマントに身を包んだ細っそりとした体つき。
わずかに膨らんだ胸元には可愛らしいリボンがのっている。
腰のあたりまであるピンク色の髪は、先端でゆるやかにウェーブを描いてる。
そして鏡越しにこっちを見る顔は、まごう事なき美少女。
「お・・・女の子になってる!!!」
衝撃で軽いめまいを覚える。
ヨロヨロとよろけると、鏡の中の女の子も同じようによろけた。
背後にあった机にドンとぶつかり、1冊の手帳が床に落ちる。
開いたページにはこう書いてあった。
「リルル=メーリエ
エル=ババール帝国魔術学院5回生
専攻 錬金魔術
才能 なし」
ここから俺(私?)の異世界生活が始まった。
趣味で書いたやつです。
次は17時くらいに投稿します。