第8話 家庭教師
この世界の算学は日本と似ている。
数の定義も同じだ。
計算も同じような考え方の元で行われているが、かなり上級の勉学でも中学レベルだ。
しかし、国の成り立ちや伝承を教われる歴史の勉強や、
社会機構の成り立ちはとても勉強になる。
魔法という全く未知の分野も有るし、精霊や魔獣、魔物、神獣にこの世界にしか居ない動物、植物。
俺のワクワクを満たしてくれる学問はいくらでも存在する。
ベネス神父のもとで勉強するようになると、俺の生活は今までのものとは一変する。
朝からラジオ体操で体を動かして、軽いランニング。
夕方までは座学や授業以外でもベネス神父と色々なことを語り合う。
夜にも体を動かして、たっぷり食べてたっぷり寝る。
授業のない週に2日の休日は森の探索に当てている。
そして、森ではノアによる体技、魔法のレッスンという名の実践訓練になっている。
若い体と頭はスポンジが水を吸収するがごとく知識を蓄えて、疲れ知らずの体は日々成長していく。2年間と言う時間は充実してあっという間に経過していた。
「おはようカイト、今日も熱心だね」
「おはよう母さん」
今朝も日課のランニングをこなして家に帰った。
すでにリハビリも完璧に終えて日常生活を取り戻した父さんもテーブルに付いている。
「先程教会からの使者が来て、あとでベネス神父のところに来てほしいって。
良かったな、とうとう家庭教師が来てくれたみたいだぞ」
「本当に!?」
べネス神父はこの2年間の俺の成長を評価してくれて、熱心に教会中央に働きかけてくれていた。
この村の書物はほとんど読み切ってしまったし、森での鍛錬のおかげでこの村一番のダスおじさんとも互角以上に戦えるようになった。魔法を使える人は居ないので、いまだに師匠はノアだ。
「ニャニャニャ!」
「ぐわーとやってブワー! じゃわかんないよ……」
こんな感じの指導なので、以前よりは成長していると思うんだけど、効率が……
そんなわけで、家庭教師の話がでたわけだ。
週2日の森探索で村は随分と潤った。
商人も毎週来てくるようになったし、村人も増えて居る。
そうそう、揚水水車もベネス神父や村の大人たちと考えて作り上げた。
そのおかげで各家庭が水を利用しやすくなり、古典的なろ過装置+煮沸を徹底して『水あたり』と言われていた体調不良も殆どなくなった。
医療はひどい場合は俺が魔法で治療もできたり、薬草類もたっぷりストックされるようになって、ベネス神父や教会の人たちがやっていた薬師の仕事も、町から噂を聞きつけて村に移り住んできてくれた薬師が行ってくれている。
一つ不安なのは、あの狼、あれからパタリと噂を聞かなくなっていた。
一度痛い目を見ると賢い狼はもう寄り付かないと言われているから、どこか遠い地へと行ったのかも知れない……
「ごちそうさまでした。じゃあ教会に行ってくるね!」
「はい、いってらっしゃい。ノアちゃんもいってらっしゃい」
ノアはしっぽで母さんに応える。
相変わらずノアの定位置は俺の頭の上だ。
村を走っていると色んな人から声をかけられる。
村の人もすごく増えたけど、みんな俺やノアを大切にしてくれる。
もらったりんごを頬張りながら、教会の扉を開ける。
「待っていたよカイト」
べネス神父が俺を迎えてくれた。
そして、奥には20代半ばくらいだろうか?
見事に鍛え上げられた肉体が隠しきれない、鋭い目つきの黒髪の男性。
右腕に大きな爪痕が痛々しい。
もう一人は同じくらいの年齢だろうか?
知性を感じさせる優しげな瞳、栗色より少し明るめな髪色と肩まで伸びたスタイルが良くあっている。自分の身長ほどの杖を持つことから魔法を扱える女性なんだろう。
「こんにちは」
「聞いてはいたが、本当に子供なんだな……」
「その歳で魔法を……凄いですね」
二人が近づいてくる。
近くに立つと本当に大きい、ダスおじさんが小さく見える。
「俺はキゼル・セタス。今日からキース・カイト、君に剣術や戦い方、冒険者としての生き方を教える」
差し出された手は分厚く、そして硬い。俺の手を包み込む力の根っこは大樹を感じさせる。
「私はミーシディア・マルア。高等教育と魔法全般について教えるわ」
線が細く見えたマルアさんも、その腕は鍛え上げられている。
やはり冒険者はたとえ魔法を使う職でもある程度の体は作らないと生きていけないのだろう。
「よろしくおねがいします! カイトです。
こっちが相棒のノアです」
「ふーん、こいつが例の魔獣……
見た目に反してとんでもないとは聞いているが……か、かわいいな」
あ、同志だこの人。俺の中でセタスさんの評価が上がった。
「魔法を使う魔獣なのよね、しかも、複数の属性を……こんなに可愛いのに……」
ノアはマルアさんに撫でられてゴロゴロ言っている。
その様子にマルアさんのクールな表情が崩れている。
ふむふむ、いいね。高感度が爆上がりですよ。
「おっほん!」
べネス神父の咳払いでノアを撫で回していた二人がバッと身を正す。
「と、言うわけで、カイト、今日からは教会ではなく二人に指導を受ける形になる。
二人には村に滞在する家もそれぞれ用意してあるので、村の案内も兼ねてカイトが連れて行ってくれ。カイトの家の東に新しく建てた2軒の家、わかるよな?」
「はい! では、さっそく行きましょう!」
セタスさんが荷物と大きな剣を担ぐ。
剣を右の腰につけている。左利きなのかな?
マルアさんも荷物を背負い、俺が先導して家まで連れて行く。
ふたりとも、色んな意味で目立つので村の注目を浴びてしまうけど、俺の家庭教師だとわかると、すぐにお土産を次から次へと渡されて苦笑いしている。
家につく頃には二人の荷物は倍以上になっていた。
次は明日17時に投稿します。
ありがとうございました。