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 少女は父親をある宿屋に寝かせると、外へ出た。其処には魔法使いの姿が在り、笑っていた。


「落ち着いた?」

「はい、ありがとうございます。お粥を食べさせ、お薬を飲ませました。その後直ぐに眠ってしまったので、一安心です」

「そう、良かったわね。さて、じゃあ次に行きましょう、時間が勿体ないわ」

「あ…」

「ん?何かあるの?」

「あ、い、いえ…その…」

「何よ、早く言いなさいな」

「はい!あの、さっきはすみませんでした!少し疑ってしまって…」

「ああ、そんな事。別にいいわよ、もう疑ってないんでしょう?」

「勿論です!」

「なら良かった。さ、次に行くわよ!」


 魔法使いは少女の腕を掴むと、指を振った。次の瞬間、目の前に一台の馬車が現れた。その馬車に、少女は目を見張る。何故ならその馬車には、この国の王家の紋章が描かれていたからだ。


「さあ、乗って行くわよ」

「コレ、王家の!?」

「そうよ、乗ったら着替えもして頂戴ね」

「ええ!?」

「この国で一番偉いのは国王よね?その力を使わずしてどうするの」

「え?え?」

「良いから乗りなさい。話はそれからよ」


 これから何が起きるのか分かっていない少女は、ただ促されるまま馬車に乗り込む。そして魔法使いも乗り込むと、魔法使いはまた指を振るった。その瞬間、少女の姿は美しい姫に成った。


「えええ!?」

「煩いわよ。せっかく綺麗になったのだから、子爵令嬢だった時を思い出してお淑やかになさいな」

「え、だ、だって、このドレス…」

「この国の未来の国母に成る人間の物よ。明日、着る予定だったらしいけれどね。多少身体に合わないのは我慢して頂戴」

「え?」

「…座って。話をするわ」


 促されるまま、未だ立ったままだった少女が座ると、馬車が動き出す。そして、魔法使いは小さく息を吐くと、ゆっくり話し始めた。少女が知りたかった真実を。


「順を追って話すわね。先ず、そもそも貴女と伯爵息子が婚約関係になった切っ掛けは、彼の父である伯爵が貴女達子爵家の土地に目を付けたから。貴女達子爵家の領地に在る、林。あそこの下に、膨大な資源が眠っていると調査チームが発表したの。議会でね。その議会は伯爵位以上の人間、又は一部莫大な富を持つ資産家で成り立っている。そんな議会で発表されて御覧なさい、余程の無頓着でない限り、得ようとするに決まっているでしょう?まして、自身にはその子爵家の一人娘と年齢の近い息子が居るとなれば」


 淡々と、魔法使いは少女を見ながら事実を告げる。


「勿論その事実は、領主である子爵の元へも行ったわ。恐らく、その時期から貴女への求婚者の数がどっと増えた筈よ。でも、子爵は貴女を愛し、守れる人でなければと制限を付けて、下心だけの人間を認めなかった。そんな時現れたのが、貴女の元婚約者よ。彼はとても誠実で真面目と評判だった。曲がった事が嫌いで、資源だ何だと騒がれている貴女の家も、そして貴女自身の事も気にしていた。気の毒に、と。だから自ら貴女の婚約者に成ろうと手を挙げたのよ」

「…憐み、から…」

「そうね。でもそれは貴女だって人の事は言えないでしょう?貴女だって愛していなかったんだから」


 そう、少女は決して愛していたわけではない。親愛は有ったが。


「彼が貴女に対して愛情ではなく同情で婚約者に手を挙げた事実はさて置き、それでも、伯爵は諸手を上げて喜んだ。喉から手が出るほど欲しい土地の事は、この際後回しにしても良い。息子の幸せを考えてやらねば、と親心を見せたの。実際は土地が最優先だったわけだけど、彼も父親だからね、どうせなら幸せになって欲しいと、本気で応援したのよ、貴女達の事を」


 だから優しかったのか、と今思えば納得する。事実、ただの子爵家と婚約する事に、伯爵家はメリットも持たない。土地があったからこそ、縁が生まれ、良くもしてくれたのだろう、と。そう考えれば、伯爵の欲も子爵家にしたらありがたい事だったのかもしれない。だから父は、その下心を持つ親でも、子が誠実であるのならばと婚約関係を結んだのだろう。


「けれど、事情が変わったの。貴女の元婚約者が公爵令嬢に惚れられたのよ」


 彼の、今の婚約者は公爵家の姫だ。結果彼は、少女を捨て、彼女を取った。


「公爵令嬢だって、初めは婚約者が居る人を奪う気は無かったのよ。でもね、彼女の両親はどうかしら。自分の娘が愛する男の婚約者は、例の資源が眠る領地を持つ子爵令嬢。色々屈辱的であり、魅力的だったのね、そこから王家を巻き込んで今回の計画が始まったわけ」


 公爵家はこの国でかなり地位が高い。少女の家である子爵家が容易に話す事すら難しい程に。そんな家の娘が、自身より低い地位の家の息子に心を奪われた。先ずそれが屈辱の一つ目。そしてその相手が更に下の地位の子爵家令嬢で、そんな下位の娘に自身の自慢の娘が負ける事になる事が許せない。それが屈辱の二つ目。何より、その子爵家の領地には、莫大な資源が眠る。屈辱三つ目である。その屈辱を全て覆すには、それらを全て手に入れれば良い。何より決定打となる魅力だった。その話に、誰が異を唱えようか。

 公爵家は勿論、その娘も、伯爵家も、王家も、自分達の方が欲する相手より勝っている以上、誰も失敗するなど思っていない。失敗などする筈もない。だから、子爵家はなるべくして四面楚歌になったのである。


「いくら貴女の元婚約者が貴女に誠実でありたいと思った所で、周りがそうではなかったら?たった一人、真面目で誠実な人間が足掻いたところで何に成るの?いつの時代も、そういう者程馬鹿を見る。彼は今、どうなっていると思う?」

「それは…」

「彼はね、王家直属の騎士に成ったそうよ。貴女を捕らえた次の日に」


 少女はぐっと手を握り締めた。


「よ、良かったでは、ありませんか…」

「本当にそう思う?」

「何が仰りたいのですか…?」

「確かに一般的に言えば、昇進ね。でも言ったでしょう、いつの時代もそういう者程馬鹿を見ると」

「え?」

「彼は謂わば監視下に置かれているのよ。良く考えて御覧なさいな。今回の件で、何より、一番、真実を知っているのは誰?」

「っ!!」

「そうよ、彼ね。何より当事者であり、被害者でもある。彼は貴女に誠実でありたいが為に、敢えて今回の道を選んだ。それが過ちだと気付いたのは、自身の家が積極的に今回の件に関わっていると知った時。上に言われ仕方なくだと思っていた彼にとって、それが何よりの裏切りだった。彼は確かに貴女を愛していた訳ではなかったし、家の為多少なりとも資源の件も頭には有ったでしょう。それでも、それを知った時にはもう、子爵家は取り潰しに遭っていたし、自身にも監視下に置かれていた。彼が下手な事をすれば、今度は伯爵家やその周りに被害が及ぶ。身動きが取れない彼は、選んだの。死に行く貴女達ではなく、未来ある多数を」


 当然の選択を。

 少女は理解した。もし、自分が同じ立場であったなら。この時代、この国において、当然の選択であり、納得できる。けれど、どうしようもなく悔しい気持ちが溢れる。泣きたくない、泣けば余計に惨めであると自身に言い聞かせても、視界が徐々に歪んでいく事を止められない。


「…ね?馬鹿を見ているでしょう?もし彼がどうしようもないクズか、はたまた無関心であれば、今回の件は起きなかったかもしれないのに。貴女にも素直に恨まれたりしなかったでしょうにね」


 もし資源さえ見つからなければ。そもそも少女と彼が婚約関係に成る事は無かった。公爵家の姫が彼に恋慕し、奪う様な惨めで愚かな行為をせずに済んだ。子爵家は滅ばずに済んだ。今回の件が起こらずに済んだ。もし…と、起こってしまった事が無ければと考える少女は、誰にこのやるせない気持ちをぶつけて良いのか分からなかった。

 今回の件で、彼を恨んでいないかと言えば、魔法使いの言う通りで嘘になる。少女は真実を少しずつ知って、今は彼に対して怒りも恨みも持っている。それと同時に、露わになってきた他の人間達にも。


「…さて、ここからが本番よ」


 パン、と手を叩いた魔法使い。それとほぼ同時に、馬車は動きを止めた。目的の場所に着いたのだ。

 少女は泣き顔を上げて、魔法使いを見た。


「私が話した真実のあらましは、貴女が願ったものの半分。残りは集めなければ」


 魔法使いはにっこりと笑う。そんな彼女に促され、少女は馬車の外を見た。


「…え、あ、此処…」

「そうよ、貴女が恨んで止まないであろう場所ね」


 馬車が到着した場所は、少女の元屋敷だった。魔法使いはさっさと一人で馬車を降りると、少女を振り返る。その視線に、少女は涙を拭い、意を決して降り立った。少女にとって懐かしい場所であり、憎いとも思える場所。始まりの地である。

 魔法使いは隣に立つ凛とした少女に満足そうに笑うと、指を振るった。すると、屋敷の見える全ての門、ドア、窓が一斉に勢いよく開かれた。


「え!?」

「何を今更驚いているのよ」

「え、だ、だって…」

「言ったでしょう、これからが本番だって。しっかりして頂戴よ、まったく」


 魔法使いは、屋敷中の全ての門、ドア、窓を開けていた。それに驚いたらしい屋敷に、ぽつぽつと灯りが点り始める。その様子を見ながら、少女は改めて驚いてしまった。魔法には見慣れたつもりだったのに、と。しかし落ち着かせる間も無く、歩みを進める魔法使いに慌てて着いて行く。そして騒がしくなってきた屋敷に、意識を戻して事に構える。計画は聞いていないが、魔法使いは全て見据えている。だったら自分もしっかりしなければ、と。


「さぁて、今から会う人間に驚かないでね?」

「え?」


 歩みを止めた魔法使いに、少女が一瞬気を取られた瞬間、彼女の側でキンッという金属音が鳴った。慌てて其方を見るが、何も無い。首を傾げる少女に、楽しそうに笑う魔法使いは、下を指した。


「…え、矢?」


 地面には、一本の矢が落ちていた。状況を理解した少女の顔がさっと青くなる。


「ご挨拶よね、王家の馬車で、未来の国母のドレスを着た人間に矢を射るなんて」

「あ…あ…」

「大丈夫よ、私が側に居る限り、当たる事なんてあり得ないから」


 恐怖に震える少女の肩に手を乗せ、安心させる笑顔を向ける。魔法使いは今日、良く笑う。無意識の内に心が躍っているのを隠せないでいるのだ。しかし、それに少女は気付く余裕すら無い。自身に向けられた何かに、鈍感ではいられないからだ。いくら側に魔法使いが居ようとも、矢が自身に当たらずとも、先程まで怒りや恨みや憤りが心を占めていても。


「何ならこの矢を、撃った人間に返しましょうか?」

「……え?」

「怖いのでしょう?自身に向けられた殺意に怯えているじゃないの」

「殺意…」

「そうよ、貴女に対する明確な殺意。あぁ、正確に言えば、未来の国母に対する殺意ね」

「な!?」

「そうでしょう?子爵夫人!!」

「…………え?」


 少女は耳を疑った。大きな声で魔法使いが叫んだ名は、子爵夫人。そして魔法使いの視線を追えば、目も疑いたくなった。其処に居たのは、紛れもなく自分自身の母親だったからだ。見間違う筈もない姿だが、それと同時に其処に居る事に違和感を感じてしまう。


「な、ん…で……?」

「結論なんて簡単でしょう?今は修道院に居ないから、よ」


 二階のテラスに立つ、久しぶりに見た母親は、見るからに修道女ではない。その名の通り、寝間着ではあるものの、貴族の婦人として羽織をしっかりと羽織って立って居る。横に侍女を控えさせて。


「あ、失礼。今は子爵夫人では無かったわね、離縁なされて伯爵家に嫁がれたのだから伯爵夫人だったわね、ごめんなさい。ついうっかり間違えてしまったわ。でも許して下さる?全くそう見えない貴女が悪いんだもの」


 屋敷中から殺気、と感じ取れる感情が一斉に魔法使いに向けられた。しかしクスクスと楽しそうに笑う魔法使いは意に介さない。当たり前である、この場で、この世界で、今一番強い立場に居るのは魔法使いなのだから。


「ねえ、夜会の準備をして頂戴?素敵な満月が沈み、朝日が昇るその時迄未だ時間は有るでしょう?」


 その言葉に、少女を含めたその場の人間全てが、魔法使いを恐ろしいと思う気持ちで支配されてた。






 ()()使()()の突然の襲撃とも言える登場に、屋敷は緊張感に包まれていた。ただ一人上機嫌の魔法使いは、用意された夜会の席に着いた。隣りに少女に座る様促し、そのテーブルの端に彼女の母親を座らせた。


「…この臭い、貴女に分かる?」

「…え?……っ!コレ!」


 魔法使いが差し出したティーカップに、緊張していた筈の少女が顔を途端に顰める。


「ふふ、宜しい。流石時間を掛けただけあるわね」

「え?」

「私と過ごした時間が、ちゃんと貴女に身に着いていて嬉しいのよ」

「あ…」


 優しい表情の魔法使いに、少女は嬉しく、少し誇らしく思った。しかし、彼女には今の状況に心を休める余裕は無い。直ぐに顔を引き締める。


「毒を、入れましたね」

「っ!?」


 呟くように発せられた実の娘に指摘に、母親はビクリと肩を震わせた。魔法使いは満足そうに頷く。


「沢山の疑問がお互いにあるでしょうが、一つ私から先に言わせてもらうわね。私はこの国が魔法使いの森と呼び恐れる森に住む者。それがこの場に居る事が、何を意味するのか考えて行動なさいな?」

「!?」


 その場の少女以外の誰もが、息を飲んだ。戸が開いた事や矢が届かぬ事が()()()()()として、それがもし偶然なんかじゃなかったら。未知の存在である魔法使いが目の前に居る、その事実を突き付けられたのなら。自分達に勝ち目は無いではないか。

 絶望すら映すその状況に、魔法使いはうっそりと微笑んだ。


「…理解した様で何よりだわ。ところで、この屋敷のメイドはろくに飲めるお茶も淹れられないの?」

「も、申し訳ございません!!何卒!何卒ご容赦を!!」

「ねえ、どうなの?」

「え?ええっと、私が居た頃はちゃんと美味しかったですけど…」

「あの…」

「人が替わったって事?あ、でもそうよね。子爵家は取り潰しに遭ったのだし使用人が替わるのも当然よね。()()()()()()()()()()、ごめんなさいね?私ったら、お茶会に浮かれているのかしら」


 魔法使いは隣で必死に謝るメイドではなく、少女と会話をする。初めから少女に聞いていたのだから、メイドの言葉に返事をする義理など、持ち合わせていないのだ。そしてゆっくりと視線を夫人の方へ向ける。夫人は先程から下を向いたまま、分かり易く怯えていた。ガタガタと震えているのだ。


「貴女の娘はそう言っているけれど、貴女は毎日こんな生死を彷徨う様なスリルを味わいながら生きているのよね。かなりの被虐性欲をお持ちなのね。でも、私も貴女の娘もそんな貴女のそんな性癖に付き合うなんて一言も言っていないし、付き合う気すら無いのよ。目の前で繰り広げられても困るの。だから、お呼ばれしている以上味に文句は言わないから、飲めるお茶を頂けない?」

「は、はぃ…た、だ今っ!直ぐに!!直ぐにぃぃ!!!」


 声が裏返り、半ば叫ぶように、夫人はメイドに告げる。本当は逃げてしまいたい。命じられて飛ぶように消えたメイド達を羨ましく思う程、この場に居る魔法使いが恐ろしくて堪らないのだ。二度、否、一度は自身の娘であるが、を殺そうとした。その事実は、自身の首を絞める以外に成り得ない。いつ魔法使いが、自身の娘が自分に牙を立てるのか。夫人は、自身がそうなるかもしれない恐ろしい事をしておきながら、ただただそれが自分へ返る事だけが恐ろしいのだった。


「ふう、お茶が来るまで時間も多少掛かるでしょうし、その間に聞きたい事を聞いたらどう?」


 魔法使いは脚を組み、少女を見た。少女は一連の流れに若干追いついていなかった自身の頭を切り替え、軽く頷き、自身の母親へ向く。そして意を決して口を開いた。


「お母様…いえ、伯爵夫人とお呼びした方が宜しいですよね。血は繋がっているとは言え、私はもう貴族では無いのですから」


 彼女の決意を表すかの様に、しっかりと口にする。貴女とは違うのだ、と。


「下の人間が先に話し掛けるのも烏滸がましいとは存じておりますが、失礼を承知でお願い申し上げます。お互い包み隠さず、真実をお話しませんか?」

「……」

「私は聞きたい真実があります。夫人も私に聞きたい事が有れば仰って下されば、お答え致します」

「……」

「…私の様な下賤な者と話したくないのであれば、他に話して下さる方を探します」


 黙った夫人相手に、少女は言葉を切り、魔法使いを見た。


「ご協力願えますでしょうか」

「勿論よ。その人には伯爵夫人が答えないから来ましたって言えば良いのだし…」

「答えます!!お話しますからぁ!!!」


 夫人の、母親の優しかった顔は、最早見る影も無いな、と少女は思った。

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