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第4話




 城塞の探索を進めて、半日ほどが経過している。

 コボルドとの戦闘は何度かあったが、さほど苦戦することなく全戦全勝している。警戒していた罠も、俺のような大型種族を対象にしたものではなく、ほとんどが人間相手の小さな罠ばかりだった。


 唯一危なかったのは、天井が迫ってくる罠だった。だが俺は両腕で天井を押さえつけて、出口まで前進することで事なきを得ている。やはりいざという時に頼りになるのは、鍛え上げた肉体だな。

 とはいえ、少し疲れた。


 今いる場所は、家具や調度品の置かれていない殺風景な四角い部屋。出入り口は2つ、どちらも頑丈そうな扉があり、内側から鍵がかけられる。

 部屋の広さは十分で、戦いになったとしても十分に暴れまわることが可能だ。妙な罠も仕掛けられていない……たぶん。


「ここで休む」


 休むべき時に休むのも、優秀な戦士の条件だ。

 いや戦士に限らず、どんな生き物でも休息は必要だろう。

 常に戦いを挑めるように、自己管理を怠ってはならない。


 コボルドの食料庫から失敬した干し肉を噛みちぎりながら、俺は近くを浮遊するイリスに問う。


「お前は飯を食わんのか?」

「おっと、グロムさん。サキュバスの食事が何かを知らずに尋ねているのですか? それとも、ごちそうしていただけるので?」


 黄金の瞳に妖しい輝きが宿り、ぺろりと舌を出す。

 なるほど淫魔の食事など、最初から1つしかないのか。


「くだらんことを聞いたな」

「いえいえ、まあこちらの世界の生き物が食べるような肉とか、野菜とか、お酒なんかは必要ありません。人間を騙すときには食べることもありますし、味わう真似事もできなくはないです。でも私たち悪魔って生き物は、こちらの世界とは違う法則で存在しておりまして、基本的には生き物の精神エネルギーを主食にしているわけです」

「ほぉ」

「そういう意味じゃあ、グロムさんみたいな欲望に忠実な種族は中々に濃い味で、わたしは結構好みですよぉ」


 そのように語るイリスの瞳は、獲物を前にした肉食獣のようだ。

 とはいえ、食事を楽しむ嗜好自体は変わらぬようで安心した。精神エネルギーというものがどういうものか、俺にはよくわからんが。


「しかしだいぶ長い間、あの小瓶に閉じ込められていたんだろ? 腹は空かないのか?」

「皆さんみたいに、一日に何度もエネルギーを補給する必要はありませんよ。小瓶に閉じ込められている間は、魔力を消費することもありませんでしたからねぇ」

「そいつは便利だが、いささか味気ないな」


 獲物の血をすすり、肉を味わう食事は、激しい戦いと良い女を抱く次くらいに楽しいものだ。そういう意味では、今食べている干し肉は今一つだ。塩辛く肉本来の旨味が殺されている。保存用には良いのかもしれないが、旨くはない。

 もちろん旨くないからといって、残したりはしない。噛みちぎり、腹に納める。


 胃袋を満たした後、部屋の戸締まりをする。

 そして、壁を背にして目を閉じる。

 浅い眠りだが、敵が迫ってくれば目が覚めるだろう。



  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 何かが迫りくる気配を感じて、俺は目を開ける。

 休息したのが良かったのか、疲労は完全に消え失せており、いつでも戦闘可能だ。


「グロムさん、おはようございます。起こすか、寝たままにするべきか、少し迷っていたところでしたけど、さすがは戦闘種族ですね。僅かな違和感で眠りから目覚めるとは」

「敵か?」


 気配だけなら、近くを飛び回るイリスがいたが、こちらに敵意を抱かない限り無視していた。それ以外にも、床を這い回る地虫、飛び回る羽虫などの存在は感じている。だが、害にならない奴らに反応するほど、神経過敏というわけではない。


 しかし、こちらに向かってくる奴からは明確な敵意を感じる。


 コボルドとは思えないほど、力強い殺意に対して、俺は両手斧を手にして、部屋の中で迎撃の態勢を取る。

 敵もこちらの気配に勘付いたのか、しばしの沈黙が流れる。

 おそらく扉を開けた先に、そいつが待っていることだろう。こちらから扉を開けて攻め込むべきか、あるいは相手が来るのを待つべきか?

 すでに戦いの駆け引きが始まっている。


 おそらく相手も同じようなことを考えているのだろう。

 心地よい緊張感に、思わず笑みが浮かぶ。


 相手の気配が、部屋から遠ざかる。

 まさか逃げるのか?

 そんなことを思った瞬間、まるで攻城兵器(カタパルト)の弾丸のように、敵が突撃してきた!


 鍵をかけた扉が粉砕されて、3つ首の猛犬が襲いかかってくる。


「「「グルルゥうううううう!!!」」」

「ケルベロス!」


 イリスが叫ぶ。

 おそらくこの魔獣の種族名なのだろうが、見たことも聞いたことのない。だが、手応えある敵だというのはわかる。


「うぉおおおお!!!」


 俺は雄叫びを上げながら両手斧を思いっきり振るう。刃がケルベロスの身体に突き刺さったが、奴の牙も、俺の肉に突き刺さった。

 胸、左右の腕に痛みを感じるが、それ以上の喜びが俺の心を満たす!


 これこそが闘争!

 生命のやり取りだ!


 両手斧を手放して、3つある首の左右2つを握りしめる。ミシミシと魔獣の頭蓋骨が悲鳴を上げる。胸を噛み付いていた真ん中の首が口を離して、今度は俺の喉元に喰らいつこうとする。


 そいつは読んでいた!


 カウンターで強烈な頭突きをお見舞いしてやる。

 真ん中の頭が仰け反った瞬間、左右の頭を握りつぶす。

 果実を潰したように、ケルベロスの頭が粉砕された。俺は両手を離すと、魔獣の身体に突き刺さったままの両手斧を引き抜いて、トドメの一撃を与える。


 強かった。


 両手斧による最初の迎撃が間に合わねば、真ん中の首は俺の首か、顔に食らいついていただろう。あるいは、俺が敵の狙いを読みそこねていたら……。戦いで「もしも」のことを考えても仕方がないかもしれないが、そう思わずにはいられない強敵であった。


「暗褐色の毛皮に、この獰猛そうな顔、炎を吐いたり、魔法を唱えなかったところから、おそらくはバロバロティタ・ケルベロスですね。ケルベロス種では、中の上程度の強さですよ。グロムさんが脳筋(せんし)で良かったです。こいつの毛皮は魔法を吸収する力がありますから……」


 そこまで言って、イリスは悪戯を思いついた子供のような顔になる。


「グロムさんは革加工の技能とかありますかぁ?」

「ない」

「ですよねぇ。どうです、こいつの毛皮を使って簡単な革鎧を製作しましょうか? そうすれば、魔法に対して高い耐性を得ることができますよぉ。もちろん、お代はいただきません。今のところ、あんまり役に立っていないので、ささやかながら有能さをアピールしたいだけですから」


 なるほど、たしかに魔法を吸収する革鎧というのは便利だろう。俺たちトロールは基本的に、魔法全般に対する耐性は低い。魔法を受けた場合、気合でなんとかするというのが、基本的な対処法だ。

 そういう意味で、こいつの毛皮を使った魔法の守りはありがたいかもしれない。

 イリスが嘘をついて俺を騙そうとしている可能性はゼロじゃないが、そんなことをして、こいつにメリットがあるとも思えない。

 俺にとっては悪い話じゃなさそうだ。


 女悪魔の提案を少しだけ考えると、俺はどれくらいの時間が必要なのか問う。


「装飾とかこだわらなければ、半日あれば十分ですよ」

「わかった。だがその前に……」


 俺は自分の殺したケルベロスの胸を切り裂いて、手を体内に入れる。

 つい先程まで生きていた動物の体内は生暖かいが、その熱もすぐに冷めることだろう。そして目当てである部位――心臓と思われるものを取り出す。


「勇敢な戦士よ。お前の命は終わったが、俺の血肉となり、新たなる闘争を生きよう!」


 そして心臓をかぶりつく。

 生死をかけて争った相手の命を喰らう――これこそ最高の食事だ。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――




 ケルベロス。

 討伐難易度:☆☆☆☆☆

 3つ首の巨大な猛犬。

 魔界や冥界と呼ばれる次元界の生き物で、古代の召喚術師たちがこちらの世界に呼び出した魔獣のことである。大きさや頭部、毛皮、尻尾などで、種類が変化するが、基本的には熟練冒険者でも1人で立ち向かうのは難しい相手である。

 この魔獣の大半は獰猛で、恐るべき戦闘欲に突き動かされている。まともに戦うのならば、どのケルベロス種であるかを特定して、素早く対処する知識と判断力が求められる。極々稀にではあるが、人間種に友好的なケルベロスなども存在するので、下手な先制攻撃は無益な戦闘を引き起こす可能性もある。

 各種ケルベロスの詳細が知りたい場合、魔女ドロシーが書いた「ケルベロス大全(改訂版)」が賢者学院の購買部で販売されています。

 基本価格は白百合金貨60枚ですが、新型ポーションの実験体になってくれる場合、半額になるキャンペーンを実施中です。詳しくは、賢者学院の総務部まで。


                   ―― 冒険者ギルドの掲示板 ――




―――――――――――――――――――――――――――――――――――




 バロバロティタ・ケルベロス。

 暗褐色の毛皮を持つケルベロス。古代語で野蛮を意味する「バロバロティタ」の名前を冠することからわかるように、その性質は極めて獰猛である。一度敵と認識した相手はどこまでも追いかけて、それこそ都市や砦の中にまで追いかけてくる。

 幸いなことに、このケルベロスは口から炎や毒ガス、雷撃などを吐いたり、魔法を唱えたりするようなことはない。

 だが単純な攻撃力の高さはケルベロス種の中では十指に入るほどであり、耐久力、俊敏性も、平均的なケルベロスよりも高い。そしてなによりも厄介なのは、全身を覆う毛皮が魔法的な力を吸収する特性を持っていることである。これは強化系魔法も吸収してしまうのだが、元々魔法を使わないバロバロティタ・ケルベロスには欠点とはならないだろう。

 戦闘魔術師ジャスティン・ドレイクは「毛皮は魔法を吸収するって聞いたからな、それなら口の中に手を突っ込んで、ファイヤーボールをぶちかましてやろうと思ったんだ」と発言していたが、見事に腕を食いちぎられている。賢明な魔術師諸君はこの愚か者のマネをしないように。

 弱点らしい弱点は今のところ発見されていない。だが、バロバロティタ・ケルベロスも無敵の怪物というわけではない。何人かの優秀な戦士たちを神官や魔法使いが支援すれば、勝利を手に入れることは不可能ではない。

 だが実力に自信がないのであれば、見つかる前に逃げることをおすすめする。

 そして十分な実力が身についたら、是非この怪物を始末してほしい。我々人間にとっては、バロバロティタ・ケルベロスは間違いなく凶悪な敵対種族なのだから。


                   ―― 「ケルベロス大全(改訂版)」 ――




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