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第2話


 イリスと名乗った女悪魔は小さかった。

 手乗りサイズ。

 人間の子供が遊ぶ人形と変わらぬ大きさだ。


 だが、全体的な大きさ以外、女としての美しさは完璧である。

 色鮮やかなピンク色の長い髪、羊のような捻れた2本の角、エルフのような尖った耳に、刹那的な快楽を約束するかのような黄金色の瞳、背には4枚の蝙蝠羽、先が尖っている黒い尻尾を生やしている。

 挑発的な衣装を身にまとい、洗練された動作で大仰に一礼する。


 でも小さいなぁ。


 理想的なプロポーションや種族問わずに魅了する笑顔も、これだけ小さいと手を出そうという気になれない。


「封印を解いてくれたのはトロール族とは、驚きましたねぇ。見た目からは想像もできないほどの魔法の使い手なのでしょうかぁ?」

「いいや、力いっぱい引っ張っただけだ」

「……へ?」


 トロール族の多くは戦士だ。

 長老のような頭の良いトロールは呪術や魔術を学んで魔法を使うこともあるが、俺にはそういった素質はない。一応は文字が読める程度で、魔法など、初歩の初歩も使えない。


「ああ、名乗り遅れたな。俺はグロム。コボルドを絞めに来ただけで、景気づけに瓶の蓋を開けただけだ。封印とやらが解けたのなら良かったな。それじゃあ、今後の幸運を祈る」


 このイリスとかいう悪魔は、どう見てもコボルドに奪われた女ではない。

 かといって、連れて帰っても子を孕ませるのは不可能だ。サイズ的に。

 となれば、特に用事はない。

 あれだけ瓶の蓋が固かったのも、魔法の力ならば納得だ。そしてそれに勝利したのなら、何の憂いもなく当初の目的を遂行するのみだ。


「――魔力感知」


 何やらイリスが魔法を唱えているようだが、おそらく故郷である魔界に帰還するつもりなのだろう。


「うそ、本当に魔法使いじゃないんですか? え、何がどうなっているんでしょう……。って、グロムさん? ちょ、チョット待って、恩返し、恩返しをさせてください~」


 イリスは蝙蝠翼をパタパタ羽ばたかせながら、近くまで飛んできた。


「必要ない」


 1人でコボルドの城塞に来たのは、同胞を巻き込まないのと動きやすいという理由の他に、武勲を立てるという事も考えている。自分が優秀な戦士であるということを示せば、仲間たちは俺を信頼して、尊敬してくれる。集会でも意見が通りやすくなるし、何かを融通してくれることもある。もちろん、頼られることも多くなるが、それは心地よい感情なので何の問題もない。

 腹立たしいのは、弱者とみなされて、侮られることだ。

 そうならないために、俺は率先して危険な戦いに挑み、武勲を立てる必要がある。今回も、そのように考えている。

 悪魔の手助けなど受ければ、俺の手柄にならないではないか!

 そういえば願い事を何でも叶えるとか言っていたが、笑止千万である。

 願いというのは叶えてもらうものではなく、自らの意志と力で勝ち取るものだ。誰かに叶えてもらうものでは断じてない。


「……なるほどなるほど、つまり戦闘を邪魔しなければいいんですねぇ」

「心を読んだのか?」

「はい。表面的な心の動きを読むくらいは余裕ですよぉ。グロムさん、精神防御の対策とか欠片もしていないので~」

「なら話は速い。俺は1人で戦う。手助けは不要だ」


 イリスは「わかりましたぁ」と首を縦に振る。


「戦闘には参加しません。戦いはグロムさんの領分、そこは侵しません。ですが、グロムさん、女たちを捕まえたら、片手に掴んだまま戦うのですかぁ~?」

「む」

「あっ、奪還した後のことまで、考えていなかったという顔ですねぇ。まあ、女性を武器にしたり、防具にしたりするというのは、なかなかに心が震えるものがありますけどぉ」


 小悪魔的な笑みを浮かべながら、イリスは話を続ける。

 それにしても、女を武器や防具の代りにするとか、なんだその頭悪い感じの戦い方は……、そういえばゴブリンたちが肉盾とかいって、捕虜の女を木の盾にくくりつけていたのがあったな。人間相手にはそこそこ有効だったみたいだが、結局の所、突破されている。いずれにしても、ゴブリンの真似事をするつもりはない。

 女は抱くもので、道具にするものじゃない。


「今回は捕虜にするのが目的のようですのでぇ。せっかくですから荷物持ちの役割をさせていただきますよぉ」

「荷物持ち? お前が?」

「まあ正確には、女たちを荷物持ちとして操る魔法を使います。ギアス系統の魔法ですが……、あー説明は必要なさそうですねぇ」

「聞いてもわからんからな」


 だがまあ、確かに役に立つのは認めなくてはならない。

 戦士の領分を侵さないのなら、一緒にいても問題ないだろう。


「わかった。よろしく頼む。イリス」

「はい、契約成立ということで。改めてよろしくお願いしますねぇ。グロムさん」


 女悪魔はニコリと笑う。

 いやニタリと言ったほうが良いだろうか? 魅力的というよりはゲスな笑顔だ。ひょっとしたら何か企んでいるかもしれない。だが、今のところはこれといって害があるわけでもない。ならば放置しておいて問題ないだろう。

 いくら俺でも、笑顔が気に入らないとかいう馬鹿みたいな理由で殺すようなことはしない。

 だがイリスが、俺たち――トロールの害になる時は叩き潰すとしよう。


「ええ、それで構いませんよぉ。でも安心してください。悪魔は契約には忠実ですから、ただの荷物持ちとして、こき使ってください」

「裏をかくのも得意だと聞く。だがその時は代償を支払わせる。必ずだ」

「ご安心ください。っと、言葉よりも実行ですかねぇ。荷物持ち以外にも助言が必要ならいつでもしますよぉ。この遺跡、中々に興味深そうですからぁ」


 イリスはパタパタと蝙蝠羽を動かしながら、周囲をキョロキョロと見回す。

 ひょっとしたら魔法的な何かを感じ取っているのかもしれない。


 奇妙な道連れができたが、やることは変わらない。

 前進、見敵必殺。

 目的を確認したことで、俺は排水路の待機所から出ていく。

 俺の後ろを小悪魔がついてくるが、妙なことをしない限りは放置することにしよう。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――




 サキュバス。

 討伐難易度:☆☆☆

 男性を堕落させる女悪魔。淫魔とも呼ばれている。

 魔界と呼ばれる別世界の住民であるが、召喚術師などに呼び出されるか、不安定な力場や人々の負の感情を通じて、この世界に現れることがある。サキュバスは、悪魔の中では下級の存在なので、直接的な戦闘能力は高くはない。精神系統の暗黒魔法に気をつければ、それほど手強いとは感じないはずである。

 だが直接的な戦闘以外では厄介な相手である。特に男性の場合は注意が必要だ。

 サキュバスの魅了は、熟練の冒険者でも操られる可能性がある。魔法以外の手段を使うことも多く、彼女たちは言葉巧みに男性を操ろうとする。実際、魔法に対する抵抗は成功していながら心を奪われた者は少なくない。

 男性のみのパーティーであれば、多少の笑い話で済むだろうが、男女混合のパーティーの場合、関係がギクシャクしてしまうこともあるだろう。

 サキュバスは「パーティー・ブレイカー」としても有名なのである。



                   ―― 冒険者ギルドの掲示板 ――



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