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外伝1


 ある日の午後。

 俺らの集落の近くを通りかかった馬車を発見した。


 馬車を護衛するのは、戦闘経験が豊富そうな護衛が8人。

 いずれも男で、武器や装備はバラバラだ。冒険者という連中ではなく、おそらくは金で雇われた傭兵なのだろう。女がいないのは残念だが、歯ごたえのありそうな連中なので、襲撃することにした。

 連中も護衛という仕事を引き受けた以上、戦うこともなく報酬を受けるのは気が咎めるに違いない。俺という驚異を退ければ堂々と依頼人から金を受け取れるというものだろう。殺し合う相手だからこそ、多少は相手の事情を気にかけてやらねばならない。

 俺は一人納得すると、全身の筋肉に力を入れて、放たれた矢のように飛び出す。


「ガァああ!!!」

「え?」


 標的となった傭兵は小さな声を上げて、全力の一撃をまともに食らった。

 鉄の鎧はひしゃげてへこみ、体の半分が潰れている。声にならない叫びをあげて、体を痙攣させながら、傭兵の一人は絶命した。


「トロールだ!」

「くそ、聞いてねぇぞ」

「割に合わねぇ」


 傭兵たちは口々に文句を言いながらも、武器を構えている。

 敵の戦意が消えていないことに満足して、俺は次の獲物に襲いかかる。


 斧槍、長剣、棍棒など、ばらばらの武器で攻めてくるが……正直なところ力量不足だ。連中の攻撃では俺の分厚い皮膚に傷一つもつけられない。そして俺の拳は三人の骸を生み出した。


「期待はずれだな」

「ひ、ひぃいい!!」

「やってられるかぁ」

「おい、馬に乗るな。降りろ!」

「まて、待ってくれぇ」


 残った4人は我先に逃げ出していく。

 追いかける気は起きなかった。

 仕掛けた俺が言うのもなんだが、悪いことをしたかもしれない。しかしひょっとしたら生き延びた奴が強さを獲得して、復讐にくるかもしれない。その時、良い勝負ができることを期待しよう。

 そして勝者である俺は、戦利品を確認することにする。

 護衛付きの馬車なら、それほど悪いものは無いだろう。食料なら嬉しいが、役に立たなそうな骨董品でも集落に近いこの場所なら長老が他種族との交易品として役立ててくれるだろう。


 そんな事を考えながら馬車に近づくと、1人の男が馬車の中から転がるように現れた。

 一瞬、気配を隠した新手かと思ったが。


「金ならいくらでも出します。馬車にいる奴隷ども、すべて差し上げますから、どうか、どうか命だけはお助けください」


 まるまる太った男が、地に頭をこすりつけて懇願してきた。


 俺たち(トロール)から見ると、人間という連中は不思議なことをやることが多い。

 人間が俺たちのような妖魔を奴隷にしたり、逆に妖魔が人間を奴隷にするというのは、まあ理解できるのだが、「同じ種族を奴隷にする」というのは、欠片も理解できない。

 少なくとも、俺たちトロールは同族を奴隷にするという発想は絶対に出てこない。


 正直なところ、連中の脳みそには何か致命的な欠陥があるに違いない。

 愛だとか恋だとか、理解できない発想をする奴らなのだが、そのくせ同族を奴隷にするという奇妙奇天烈な考え方もする。


 まあ、人間のことについて考えるのはやめよう。

 頭が痛くなるだけだ。


「お、お願いです。こ、殺さないで、助けてください!」

「……良いことを教えてやる。自分の身を守れるのは、自分だけだ」


 ぐちゃり。

 俺の拳が奴隷商人らしき男の顔面を粉砕した。


 人間たちの社会というものでは金や権力が盾や鎧になるらしいが、俺のような怪物を前にした時、そんな目に見えないものは紙くずほどにも役に立たないものだ。来世というものがあれば、きっと役立ててくれることだろう。


 俺は馬車を覆っている布切れを引き裂く。

 すると、中には予想よりも多くの奴隷たちがいた。気配を感じ取れなかったのは、おそらくこの布自体が隠蔽効果の魔法を持つ品物だったのだろう。

 奴隷の大半が女子供。

 鎖で繋がれて、生気のない目でこちらを見てくる。コボルドの連中が捕らえていた奴隷よりも昏く澱んだ瞳だ。


「ふん!」


 俺は馬車の鉄柵を破壊して、底部分に保管されている食料を取り出す。

 馬車ごと持っていくのは流石に無理だし、すべてを抱えるのも無理だ。とりあえず、持てるだけ持って、集落に帰ろう。

 商人が座っていた場所の近くには宝箱があり、鍵がなかったのでこちらも無理やりこじ開ける。予想通り、人間どもが使う金貨や宝石とかいう石ころだ。


「……」


 鉄柵を破壊した時、手かせの鎖も壊れている。動くには支障はないだろうし、奴隷商人の死体を探れば鍵くらい見つかるだろう。食料もあるし、金もある。傭兵たちの死体からは武器も手に入ることだろう。こいつらがそれらを仲良く分けるか、強いやつが奪い取るか、あるいは絶望した眼のまま死んでいくかまではわからんし、興味もない。

 馬車が通っている道を進むか、戻れば人間たちの村や都にたどり着くだろう。強い魔物は俺があらかた始末したので、道中はさほど危険はないはずだ。


 ならば、後は生き抜く気力のあるやつは生き延びるだろう。

 俺はそれ以上は何もせず、何も言わずに、集落に戻ることにした。





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