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エピローグ



 俺はしぶとく生き残った。

 体力の回復したエドネアが安全な場所まで運んでくれたらしい。

 俺が死にかけていたのを見たコボルドたちだが、幸いにも裏切ることなく、それどころか手厚い看護をしてくれた。


 俺が治療を受けている間、コボルドの新王はトロールの集落にも使者を出したらしい。エドネアが一緒に出向き、事の顛末を話してくれたので、不要な争いは起きなかった。

 長老と新王が会談を開き、今回のことに関する責任やら負債やらを話し合った後、不可侵条約と貿易条約を結ぶことになるのだとか。


 俺はその間、デーモン・ロードとの戦いで受けた傷を、回復することを専念していた。さすがの俺も完全に回復するのに3日間も時間が必要であった。

 その間、武器を振るうこともできずに、飯を食って、女を抱くだけの生活だ。

 こんなんじゃ、体が腐ってしまう。


 だがまあ今日、ようやく傷が全快した。


 下水道から潜入した時とは違い、帰り道は正門から堂々と出ることになる。コボルドの新王が直々に見送り、何千もの兵士たちが祝砲をあげる。大砲(カノン)っていうのは、武器じゃないのだろうか?

 まあ城塞都市の堅牢な城門が開かれて、俺は女たちと共に外に出る。

 イリス、エドネア、オフィーリア、デル、レアン、マチルダ、ゼタ、そして貴族の餓鬼。


 集落に帰る前に、貴族の餓鬼を人間の集落に返すというデルとの約束を果たす為、真っ直ぐに帰ることなく、大きく迂回することになった。

 コボルドの城塞内部に比べれば安全な旅路であり、女欲しさに人間の山賊共が数に任せて襲いかかってきたくらいだが、その程度は軽くすり潰してやった。


 そして人間の集落が見えてくると、俺は約束どおりに貴族の餓鬼を解放してやる。

 遠目だが、馬車も見えるし、人間たちの使う金貨と宝石もいくつか渡す。まあ、馬鹿なことをしない限り、しばらく生きていくのは困らないだろうし、貴族の家とやらにも帰ることができるだろう。


 これで約束は果たした。そういうわけで俺はさっさと行くように命じたが、餓鬼はこちらを睨みつけたまま動こうとしない。


「どうした?」

「デルを……、デルを返せ!」

「それは無理だな。この女はお前の安全と引き換えに、俺たちトロールの家畜奴隷になることが決まっている」


 俺は冷たく言うと、お前が説得しろとデルの方を見る。

 デルは少しだけ迷っていたが、意を決したように少年の頭を撫でながら別れを告げる。


「申し訳ありません、若様。デルはここまでです。どうか若様1人で、旦那様のもとにお帰り下さい」

「いやだ、嫌だよぉ! デルと一緒じゃなきゃ、ずっとずっと、一緒だって言ったじゃないかぁ!」

「私の力が足らぬばかりに、本当に申し訳ありません。若様、若様どうか、すべてを忘れて、健やかに成長なさって下さい」


 そう言って、デルは餓鬼を抱きしめる。

 たっぷり3分位。そして、抱きしめ終えると「さあ、どうぞ。冒険者ギルドについたら、合言葉を言うのですよ。すぐに屋敷のものが飛んできます」と言った。


 餓鬼はわんわん泣いたが、最終的に集落の方に向かっていく。


 後は人間たちに任せよう。

 連中が分別ある種族なら泣きながら逃げてきた同族の餓鬼を助けないわけがない。何もせずに見捨てるのなら、その程度の種族なのだろう。


「貴方は約束を守りました」

「嘘は苦手だ」

「私の方も、約束は守りましょう。ですが、隙を見せたなら……」

「いつでも裏切るか。安心しろ、その程度では怒ったりしない。抵抗する方が、良い子供が生まれるものだ」

「『ゲス』な妖魔め」


 デルは吐き捨てるように言った後、先程まで餓鬼に見せていた優しい表情など欠片も残っていない鬼神のような瞳でこちらを睨みつけた。ああ、この女を早く集落の連中に見せてやりたい。

 多分10日、いや20日位は一番の人気者だろう。


「はぁ、こんなに人里が近いのに、助けを呼ぶこともできないなんて……」


 オフィーリアはため息をつく。

 当初ほど抵抗らしい抵抗はしなくなったが、まだまだ従順というには、ほど遠い。デルだけではなく、こちらも注意する必要がある。鍛えているとはいっても魔法使いなので、他のメンツのように無茶なことはできないが、そのあたりは集落の連中にも言っておかなくてはならない。

 使い潰されることなく、是非とも従属者の地位を目指して欲しい。


「まあまあ、そんなに卑屈になるなよ。慣れれば、案外楽しいかもしれんよ?」


 元傭兵のレアンは最後に加わったメンツなのに、何故だか一番馴染んでいる。なんでも、代々傭兵家業らしく、その辺の感覚が普通よりズレているのだとか。俺としてはその方が話が通じるのでありがたい。


「そう思わない? マチルダ? ゼタ?」

「どうだろうね」

「明日のこととか、わからない」


 マチルダは適当に相槌を打ち、ゼタは軽く肩をすくめる。

 従順というか、流されているだけのようにも思うが、目を見る限り、何となく今の状況を楽しんでいるようにも見える。この手のタイプには出会ったことがないので、なんともコメントに困るが、まあじっくりと親睦を深めていくことにしよう。


「少年は集落に到着したみたいだな。村人の反応は……好意的だ」


 エドネアはコボルドからもらった双眼鏡というもので、様子を見ていたようだ。

 身に着けているのは、全身鎧ではなく、ありきたりな革鎧だ。兜もつけていない。最後の戦いで、デーモン・プリンスの爆撃をまともに受けた時、様々な部分が壊れてしまったらしい。

 せっかくの全身鎧であったが、また見つければいいだろう。

 命に代わりはないが、道具ならば代わりになるものがあるものだ。


「あ~、助けを求めているみたいですねぇ。村人たちがこちらを警戒しています。まあ、襲ってくることはないでしょうけど、離れたほうが良いかもしれませんねぇ」


 蝙蝠翼を羽ばたかせながら、イリスは助言する。

 この小悪魔も最後の約束通り、このままついてくるらしい。まあ、別に邪魔をしないのならば問題ない。

 なんだかんだで、この女悪魔にはずいぶんと助けられている気がする。


「行くぞ」


 人間の集落に背を向けて、本来いるべき場所に戻る。

 あの少年はどうするのだろう。デルの忠告に従い、すべてを忘れて貴族の家で暮らすだろうか? それとも、奪われた女を奪い返しに来るのだろうか?

 どちらでもかまわない。

 今回のコボルドとの一件で、人間たちの勢力が妖魔を排除するように動いていることも理解できた。

 とりあえずは、いつでも迎撃できるように村の守りを固めるべきだろう。

 人間たちとは大きな戦いをしなくてはならないに違いない。


 そして経験から、俺の勘は告げていた。


 あの少年は、将来トロールの大敵になると。

 だが今はまだ何もしない。敵になればなったで、その時に対処すれば良い。将来、危険だからという理由で何もしていない子供を殺すのは、戦士どころか、トロールの生き方ではない。

 より強大な敵となり、彼が立ちはだかった時、あるいは攻め入ってくる時、どちらかになるまで待つべきだ。


 集落に辿り着く少し前で、弟分のボルムが手を振って出迎えた。


「グロムの兄貴、話は聞きましたよ。大活躍だったそうですね!」

「おう、コボルドとの話は、長老がつけることになるが……、まあ俺たちトロールに有利な条件で和平が結ばれるだろう」

「へへ、それじゃあ何時も通りの日々に戻るわけですね」


 狩りをして、食料を手に入れて、女を抱いて、子供を増やす。

 襲ってくる冒険者は返り討ちにして、女なら家畜奴隷にする。


 トロールの平凡な日々が帰ってくるのだ。

 そう思うと、なんとも言えない寂しさを感じる。


「ところで兄貴、後ろの女たちは? いや、エドネア姐さんは知っていますが……」

「おう、戦利品だな。個別の紹介は後でするが、まあいい女たちだからなガンガン孕ましてやれ。ああ、鎖で繋いだり、ロープで縛ったりしていないのは、こいつのお陰だ」


 俺は小悪魔を指差す。

 詳しい仕組みは俺もわからんが、まあ便利なので使えるかぎりは使おう。


「いやぁ、はじめまして。イリスといいます。トロールの皆様が手に入れた女を縛る呪印を提供させていただければな~っと。詳しい効果はグロムさんが知っていますよぉ」


 いや、詳しく知らんと思ったばかりで、なんで俺に話題を振るかな。


「別に仕組みを知らなくても、効果は知っているじゃないですかぁ。百聞は一見にしかずといいますし、実際に便利なんですから、使ってくださいよぉ」

「その辺も、長老と相談だな」


 今回は他に手段がなかったので使ったが、頼り切りになるのも不味い。

 この女悪魔の力がいつまで有用なのかは不明だし、呪印が無力化された時に慌てても後の祭りだ。ある程度の使用は認めつつ、徐々に呪印の強化、あるいは別の手段にシフトをする方が良いだろう。まあ俺たちトロールの頭じゃ、全部を理解するのは無理かもしれんが、長老などの例外的に頭の良いトロールや村に残っている従属者にも知恵者はいる。

 そう考えると、同じような日々というわけではない。

 むしろ、やるべきことがどんどん増えている気がする。


「そういえば、コボルドの一部が集落にきたんだって?」

「はい、色々と修理とか、補修とかに、血の気の多い奴なんかは、コボルドを見ただけで殺そうなんて言い出してますが、何とか抑えています。グロムの兄貴がビシッと言ってくれれば、多分そのまま静まりますよ」


 周囲に力を示しておくと、発言の場で優位に働く。

 集落を復興させるには、コボルドの器用さと数が必要だ。それに加えて、今後の防衛力の強化をするアドバイスなども必要だ。

 場合によっては、トロールの集落を要塞化する必要も出てくるかもしれない。


「いつも通りの日々は当分先かなぁ」


 なんだかボルムと話していると、やらねばならないことが、いくらでも湧いてくる気がする。まあそれらはゆっくりと片付けていけば良い。

 とりあえず、トロールの集落が焼かれたケジメはつけたわけだし、今はそれで良いと思うことにしよう。





あとがき


 本作品を呼んで頂き、ありがとうございます。

 雨竜英樹です。

「邪悪にして悪辣なる地下帝国物語」「蟲の皇子」あるいは「背徳にして甘美なる地下帝国物語」から呼んでくださっている方、もしくは本作を初めて呼んでくださった方、本作はいかがでしたでしょうか?

 今回の作品は「脳筋主人公でいこう!」という発想から執筆させていただきました。

「力のない主人公が知恵や勇気を武器に逆転する」というタイプではなく「力だけが取り柄の主人公が傍若無人にわが道を歩む」というタイプの小説です。主人公というよりは、RPGゲームで中盤あたりのボスとして出てきそうなキャラクターですが、トロールなりの美学? 的なものを感じていだければ幸いです。


 一人称視点では、読者の方々に共感してもらったほうが良いという話をどこかで見た気がしますが、視点がトロールなので共感される方は少ないかもしれません。読者(人間)側から見れば「いやいや、お前の言っていることおかしいからね」「うん、この怪物は殺さなきゃならんな」という意見もあるかもしれません。実際にそれは人間的に正しい感覚だと思います。

 しかし、せっかくの異種族主人公ならば最後まで異形な考え方で話をすすめていこうと、筆を進めたしだいです。


 ファンタジー・ノベルに登場する異種族――ゴブリンやオーク、エルフなどの価値観は理解できる点と理解出来ない点、それがどれだけ人間の感覚と離れているかで、人間の味方になるか、あるいは敵となるかが決まるでしょう。


 本作品におけるトロールは人間の敵であり、人間とは大きく異なる価値観をいくつも有しています。私の作品「蟲の皇子」に登場するダークエルフのイヴァは人間にある程度近い悪よりの思考ですが、今回の「野蛮にして強欲なるトロール英雄譚」の主人公グロムは人間とは大きく異なる価値観を有する生き物です。作中において彼はトロールなりの哲学を持って行動しております。

 彼はトロール社会においては非常にまっとうな存在であり仲間からは尊敬されていますが、人間社会においては凶暴な怪物として定義されております。そのような怪物を主人公として動かすのは、楽しくもあり、難しくもあり、辛いところもありましたが、結果として、このような作品に仕上がりました。

 如何でしたでしょうか?

 もしも気分を害されたのなら申し訳ありません。

 楽しんでいただけなくとも、主人公であるグロムの行動を読むことで、読者の皆さまに何かしら思う所が生まれれば嬉しい限りです。


 これは私が考えたトロールなりのあり方で、別作品のトロールには、別作品のトロールなりのあり方や特徴があると思います。J・R・R・トールキンの「指輪物語」に登場するトロールはより巨大で愚鈍な存在ですが、仲間内で料理に関する話をするなど、恐ろしくも愛嬌のある存在として書かれています。ゲーム「ウィッチャー3」においては単純ながらも独自の価値基準を持っており、主人公であるゲラルド(プレイヤー)の対応次第で敵として立ちふさがることもあれば、友好的な関係を築くことができる相手として表現されております。特に「ウィッチャー3」では主人公ゲラルド以外にも、幾人かの人間はトロールと個人的な友情(利害の一致によるもの?)を結んでおり、噛み合っているようで噛み合っていない会話は一見の価値ありです。


 さて本作はこれにて幕引きとなりますが、もしも続きを読みたいと思われた方がいましたら感想なり、メッセージなりを送っていただければ幸いです。

 またそれとは別に評価・感想などいただけると、作者の作品に対するモチベーションなどが上がりますので、どうかよろしくお願いします。


 新作などの執筆も行っておりますので、もしよろしければ今後の活動報告などを見ていただければと思います。

 それでは新しい作品で出会えることを願って、筆を置かせていただきます。


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