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第20話



 レアンたちとの勝負方法は、公平にイリスが決めた結果、まあ俺の全戦全勝だった。

 どんな内容なのかは、ここでは言えない。

 まあ適当に想像してくれ。その後は、コボルド新王の準備が整うまでの丸1日を鍛錬と楽しみに使った。実にトロールらしい生活であり、明日にはすべてが終わることを考えると、なんとも言えない気持ちになってくる。


 心残りがないように、全員にきっちりと種付けをする。

 そして俺とエドネアはいよいよ、デーモン・プリンスのいる場所に向かう。


 今は、新王の誕生による即位式を行っており、デーモン・プリンスの周囲にはコボルドの姿はいない。余計な邪魔がはいることなく、存分に戦うことができるのだ。

 連れてきているのは、イリスとエドネアだけである。

 他の連中は、大部屋に待機させている。きっと今頃、オフィーリアとデル、貴族の餓鬼あたりは俺の死を願っているだろう。

 その願いを聞き届ける存在はいない。

 俺が死ぬとしたら、それは俺の弱さのせいだ。

 祈りなど無駄でしかない。そんなことをしているくらいなら行動――その方が確実だ。


「ええ、ええ、その通りです。あらゆる願いは自分の力で叶えてこそ価値がある。他者に恵んでもらった力など、ゴミ屑ほどの価値もありませんよぉ」


 何やら含むところがありそうな言葉だが、詮索するつもりはない。

 少なくとも、今のところはイリスは俺の望みを叶えている。ならば、その他のところは好きにすれば良いだろう。

 利用して、利用される関係なら、こちらとしても楽だ。


「そろそろだな」


 すでに傷は完治している。

 キルシェロに切り裂かれたケルベロスの皮鎧は、イリスが縫い合わせてくれた。

 準備は万全だ。


「行くぞ」


 エドネアは戦闘態勢を取り、俺も斧槍「王殺し」を構える。

 巨人が移動するかのような通路を通り抜けると、その先の開けた空間では俺の集落から持ち出した魔石が空中に浮かんでおり、何やら怪しげな光を放っている。


 その魔石に力を与えているのは、デーモン・プリンスのルベル。

 戦士として名乗りを上げるよりも先に、ルベルは火球の魔法を放ってきた。

 まさしく問答無用の一撃であるが、魔法で生み出された炎はケルベロスの皮鎧の影響により無効化されている。


「ほぉ」


 一撃で仕留められなかったことに驚いたのか、ルベルは俺の方を凝視する。

 聞いたとおりの巨人のような体躯に、燃え盛る灼熱のような真っ赤な肌色、左右に2本づつの腕を持っており、それぞれの手には剣、斧、槍、杖が握られている。

 顔はコボルドのようにも見えるが、それよりも凶悪で粗野な印象を与える。頭から生えた捻れた4本の角は天を突くように生えており、それだけでも武器になりそうだ。


「トロール! 下等なる種族が、無謀にも我に挑むか!!」

「俺の集落を襲った罪! 償ってもらうぞ!!」


 ルベルの方向に負けないほどの大音量で叫び返すと、俺は真っ直ぐに突進していく。

 対するルベルは動く必要もないとばかりに、別の魔法を唱える。


「――狂乱せよ、無慈悲なる雷」


 紫色の雷が雨のように降り注ぐ。

 オフィーリアとの戦いで証明されていたが、貫通型の魔法は完全に吸収できない。俺は全身に走る痺れに耐えながら、さらに前に足を踏み出す。


「――奈落に続け、虚無なる地割」


 杖を床に叩きつけると、まるで大地震が起こったかのような振動とともに、地面が大きく割れた! 落ちたら無事じゃすまないだろうし、落ちた後に閉じればそれで終わりだ。俺は斧槍を使い、棒高跳びをするように全力で跳躍する。


「トロール風情がぁ!」


 犬のような顔を怒りに歪めて、ルベルは剣、斧、槍を俺の方に向ける。

 逃げ場のない空中で、上、真ん中、下の3方向から、いずれも強力な魔力が込められている武器が迫る。

 俺1人であれば、これで決着がついたかもしれない。

 だが、今回は俺と同じく報復の炎を胸に燃やしている人物がいる。


 ――ドゴメキィ!


 嫌な音が響いた。

 ルベルの頭にある捻れた角が、モーニングスターの一撃によってへし折られる。さすがに痛み(悪魔がいたがるのか不明だが、身を捩ったのはそうとしか思えない)を感じたらしく、ルベルは狙いをつけていた俺を一時的に見失う。

 俺はルベルの足元に着地すると、足を薙ぐ。


「――銀天使の祝福」


 エドネアが着ている白銀の全身鎧は、合言葉を言うことで一定時間、完全な隠密状態になる魔法が付与されている。それを見破るのは至難の業であり、


「――狂乱せよ、無慈悲なる雷」


 倒そうと無差別広範囲の魔法を放つと、エドネアの手にしたモーニングスターが魔力を吸収する。そして再び、


 ――ドゴォメキィイ!!!


 より強い破壊音が響き渡る。

 今度は、モーニングスターがデーモン・プリンスの胸にめり込んでいる。


「ぐおぉお、――暗黒に潰れよ、残虐なる圧殺」


 ルベルは別の魔法を唱える。体が少し重くなったところを見るに、どうやら周囲の重力を操る魔法らしい。メキメキと周囲の石畳が潰れていく光景を見るに、準備もなしにぶつかれば、何もできずに倒されていた事がわかる。


「――死神の囁き、死の言葉」


 さらに全身から力が抜ける呪文を受けた。まるで生命力をごっそりと持っていくような、そんな感覚に陥るが――負けてたまるかぁ!

 他の生物と同じ理屈で動いているか不明だが、俺は重圧に逆らいながら斧槍「王殺し」を、デーモン・プリンスの喉に目掛けて突き刺す。

 その瞬間、まるで爆発するかのようにデーモン・プリンスの赤い肌が燃え上がる。

 すさまじい熱波が襲いかかるが、俺が防御を固めるよりも速く、エドネアが身代わりとなって爆炎を受ける。

 そして、一緒に吹き飛んだ。


「エドネアぁ!」

「ッ、すまない、回復まで時間がかかる」


 幸いなことに、魔法で作られた地割れに落ちることはなく。エドネアも重症ながら一命をとりとめているようだ。だが、このままでは2人共死んでしまう。

 俺は倒れたエドネアをそのままに、チリチリと焼ける肌の痛みに耐えて、ルベルを睨みつける。俺の殺意に、デーモン・プリンスは醜悪な笑みを浮かべた。


「トロール風情が、手こずらせてくれたな」


 ルベルは低い声をあげる。


「その女は貴様の奴隷か? いずれにせよ、よくも痛みを与えてくれたな。ただ殺すだけでは飽き足らない。どのように料理をしてくれようか」

「ふん、料理されるのは貴様の方だ、デーモン・プリンス」

「無礼者め! 先程から我をデーモン・プリンスと愚弄しろって! 我こそは魔界の飢餓階層を統べる暴虐のデーモン・ロード、ルベルであるぞ!」


 デーモン・プリンス、いやデーモン・ロードはもはや我慢ならないと叫んだ。

 お、おぅ、間違っていたのは、なんだか悪かった。

 みんながデーモン・プリンスと呼んでいたから、そうだと思いこんでいた。コボルドの連中も、自分たちが召喚したのがランク的に上位の存在だとはしらなかったのかもしれないな。人間たちも想像の埒外だったのかもしれない。

 だが何より、一番驚いたのは……、


「おやおや、どうやら瓶の中に封じられている間に、魔界の方でも代替わりが起きていたのかもしれませんねぇ」


 どこからともなく、イリスの声が聞こてくる。

 おそらく自信満々だった小悪魔だろう。

 まあ間違いは誰にでもあるからな。それに俺としては、相手が想定よりも大物であるのは嬉しい誤算である。


「イリス! まさかこのようなところで出会うとはな。貴様が、そのトロールをたぶらかしたのか? 愚かなり、かっては三界に堕落をもたらした女王も、そこまで落ちぶれたか。哀れなり、見るに堪えんぞ。我らが主ハルヴァー様の沙汰を待つまでもなし。貴様の存在を虚無に還してくれる」


 デーモン・ロードが叫ぶと、ビリビリと周囲の空気が震える。

 その姿はイリスのような相手の堕落を喜ぶ「悪魔」のイメージとかけ離れている。

 ただただ純粋な悪意と暴力の塊であり、なんというか俺と同質のものを感じる。だが、不思議と親近感を覚えない。それはおそらく、このデーモン・ロードと俺の間に、絶対的な差があるからに違いない。

 遥か高みの存在を見上げる者と、遥かな高みから見下ろす者。

 同じ属性(のうきん)でも、親近感を感じることはない。それは俺がコボルドの大多数に感じたのと同じようなもので、今回は立場が逆になっただけのことである。

 それに対して、不満はない。

 自分の番になったからといって、泣きわめいたり、理不尽だと憤るのは、子供の癇癪にも似ていて、格好が悪い。

 と同時に、相手との差を感じて武器をおさめるのは、俺らしくない。


「俺はトロールの勇士グロム、デーモン・ロード、ルベルよ! 改めて、貴様の首級を貰い受ける」


 フンと鼻息を荒げると、斧槍「王殺し」を向ける。

 それを侮辱と受け取ったのか、ルベルは再度、全身を燃え上がらせて進む。


「愚か、愚か、愚か者めぇ! トロール風情が、我の会話を遮るとは、その無知蒙昧さ、死後も続く、永遠の飢餓であるとしれれえええぇ!!!」


 今まで生きてきたの中で、最高に凶悪な殺意を肌で感じながら、俺も相手と同じように真っ向から突撃する。

 その時、戦いを高みから見守っているイリスの声が聞こえた。


「グロムさん、本当に助言はいらないんですかぁ? 死んじゃいますよぉ」


 それは甘い誘惑の果実のようだった。


「一言『欲しい』といえば、勝つための方法を教えてあげますよぉ」


 死んだら何にもならないというのは、誰の言葉だっただろうか? 俺自身の言葉だったかもしれん。たしかにその通りだと、理性の部分が囁いているが、そのような理屈を無視して、本能が叫ぶ。


「いらん」


 認めた手助け以外は必要ない。

 この戦いに参加する資格があるのは、俺とエドネア(もしもいれば、集落の戦士たち)だけだ。イリスはその中に含まれていない。すでに相手が通常の武器では倒せない存在だと助言を受けている。

 これ以上の手助けは不要だ。


「うぷぷ、アハハハは! おもしろいですねぇ、おもしろいですよぉ、グロムさん。生存本能よりも、ちっぽけなプライドを取りますかぁ。いやだなぁ、そういう馬鹿な生き物、わたしは大好きですよぉ」


 もはや女悪魔の言葉は耳に入っていない。

 俺は迫りくるデーモン・ロードに対して、斧槍「王殺し」を突き出す。対するデーモン・ロードも、手に持った4つの武器を振るう。


「でもまあやっぱり、トロールがデーモン・ロードを倒すのは無理ですよねぇ」


 イリスの声が聞こえた瞬間、死が迫ってくるのを感じた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――




 魔界。

 我々の暮らす世界とは別次元の1つであり、負の感情で構成されている世界である。

 魔界の住民は悪魔や魔神と言われており、両者は階層と呼ばれる領地を巡って、日夜血みどろの抗争と陰謀劇に明け暮れているらしい。

 これだけならば、別世界の話として片付けることができるのだが、幸か不幸か、我々の世界と魔界との次元の壁は薄く、膨大な魔力もしくは年月が必要ではあるが、開閉可能なのである。そして魔界の住民は「魂」という通貨を常に欲している。

 この「魂」の収入方法は魔神と悪魔で違っており、魔神は暴力的な手段で強引に、大量の「魂」を奪っていくのに対して、悪魔は契約と呼ばれる方法で質の高い「魂」を奪うことを好む。どちらも一長一短であるが、どちらも見過ごすわけにはいかない。

 何故なら「魂」が別世界に消えてしまえば、我々の世界で循環するべき「魂」が消えて、枯渇してしまうことになるからだ。

 もちろん、今日明日のことではないが、遠い将来、この世界から生命が消え失せてしまうかもしれない。我々の使命は次世代に、歴史や文化、そして命を伝えていくことであり、それゆえ、魔神にせよ悪魔にせよ、別世界に住民の好きにさせてはならないのだ。

 我々、光の神殿はこの悪魔との脅威に立ち向かってくれる人材を常に募集している。

 人の歴史を守るため、どうか共に戦って欲しい。


                   ―― 光の神殿 ――




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