第19話
「陛下、陛下!」
「いったい、何事ですか」
「入りますぞ!」
騒ぎを聞きつけて、コボルドの衛兵たちが姿を現す。
そこで見た惨状に言葉を失いながらも、彼らは自らの主人を守ろうと進み出る。
「……わかった。もういい、お前たち、武器をひけ。そのトロールはお前たちが束になっても敵う相手ではない」
「父上!」
「王座は譲ろう。だが、私は私の信じた道に殉じる」
そう叫ぶと、コボルドの王は隠し持っていた毒薬を呷る。
止める間もなく、口から血を吐き出して、コボルドの王は絶命した。そして、父親の血で汚れた王冠を手にして、コボルドの王子は新たな王となる。
「私の王位継承に異議あるものは?」
「いいえ、陛下」
「前王が亡くなられた今、新たな王位を継ぐ者は貴方様しかおりませぬ」
コボルドたちは膝をついて、新しい王に頭を垂れる。
外様の俺には不可思議な光景だが、王位を宣言したコボルドも、忠誠を誓うコボルドも、当然のように受け入れている。何かしらの種族的な特性なのかもしれない。
ちなみにトロールは族長が死んだ場合、集落の中から一番普通のやつが選ばれる。
「あれ、一番強いトロールじゃないんですか?」
「一番強いトロールが族長だと、反対の意見を出しにくいだろ。一番強い奴は戦士になるもんだ」
「なるほど、それはそれで奇妙ですね」
即席の戴冠式を見ながら、俺とイリスは小声で言葉をかわす。
ちなみに一番頭が良く、長く生きているトロールは長老となる。
「よろしい、ならば新王の誕生を民に触れ回れ。あのデーモン・プリンスにも伝えるのだ。近々、新王の誕生を祝して、偉大なるお方に献上品を贈るとな」
「はい、ご命令のままに」
「私はこれから客人たちと話さねばならない」
そう言って、新王は俺の方を向く。
「グロムさん、いえ、グロム殿。約束通り、王としてお話しましょう」
そう言って、コボルドの新王は話し始める。
ことの始まりは数ヶ月前だった。
遙か東の地で人間たちの国々がドワーフに協力して、要塞都市奪還作戦を行った。
そして、コボルドが支配していた要塞都市の1つが陥落したらしい。そこに眠っていたドワーフの財宝や技術は、人間たちの浅ましい欲望に火をつけた。
1回の成功を皮切りにして、いくつも要塞都市に攻撃が実行されることになり、その計画の1つに、この城塞都市ギムグ・ゲルゲンが入っていたらしい。
危機感を覚えた前コボルド王は、上古の時代、自分たちを勝利に導いたデーモン・プリンスを召喚することを試みる。
何十日もの儀式の末に、デーモン・プリンスは呼び出された。
しかし、その個体――ルベルは、上古の時代にコボルドを助けた存在とは別物であった。そのデーモン・プリンスはコボルドに命じて、攻撃を計画していた貴族の息子を誘拐すると、さらに人間の村々に攻撃を開始する。
ルベルの考えは、防衛ではなく攻撃に傾いていたらしい。
はるか昔の時代であれば、それで十分であったかもしれない。だが、今の人間は知恵をつけているし、組織だった動きもできる。冒険者という魔物との戦闘に特化した連中もいるので、最初の攻勢はあっさりと跳ね返されたらしい。
自分の計画がうまくいかなかったことに腹を立てたルベルは、魔界にいる自らの軍勢を招集する為に「次元門」と呼ばれるものを開く触媒を欲する。
そしてそれが、俺たちトロールの集落にあった巨大な魔石らしい。
当然のように、奴は外交ではなく戦闘を選択して、俺たちの集落に襲撃を仕掛けてきた。さすがにトロールの戦力を甘く見ることはなかったようで、奴自らが出陣している。
そして魔石を手に入れたルベルは、要塞都市に侵入してきた冒険者たちを蹴散らすと、自らは魔界の軍勢を呼び出すための儀式を行っているらしい。
その間、コボルドの王子は父親にルベルの危険性を説いたが、逆に自分が幽閉されてしまったらしい。
なるほど、俺たちトロールは完全に巻き込まれたというわけだ。
「どの国も変わらんな。迷惑なことだ」
エドネアは吐き捨てるように言った。人間として国のために戦い、捨てられた女の言葉にはなんとも言えない説得力がある。
「無論、トロールの集落に対する償いはいたします。ですが、そのためにはまずデーモン・プリンスを退去させなければなりません。奴自身は、近くにいる下位のコボルドを無条件で支配する力を有しているので、どうすることもできないのです」
自分たちの制御できないものを呼び出すとは……、無謀というか愚かというか、あるいはそれだけ追いつめられたということだろうか? まあ、当初の目的は変わらん。
集落に襲撃を仕掛けてきたデーモン・プリンスを呼び出したコボルドの王は死に、王子は詫びを入れると言っている。
ならば、後はルベルを潰せば良い。
ドワーフ王の亡霊との話を聞いていて、抱いていた違和感の正体もわかった。
この城塞都市が、ドワーフのものであった時代に現れたデーモン・プリンスと、ルベルは別物なのだ。まあ幽霊になったドワーフの時間間隔はどの様になっているのか理解できないが、偶然にも昔と今の状況が噛み合ったのだろう。
しかしまあドワーフ王との約束も、デーモン・プリンスを叩き潰すというものだから、別に反故にするわけじゃない。コボルドに関してはすでに十分な報復をしたと考えているが、まあその辺は族長や長老が新王との間で話し合いを行うことだろう。和平条約が結ばれたら「めでたしめでたし」だが、そうならなければ戦いは続くことになる。とはいえ、俺が暴れまわったことは十分に知れ渡っているだろうし、コボルドが逆恨みしなければ交渉はうまくまとまるだろう。
何はともあれ、なんだか色々なものが解決してきたので、気分が楽になった気がする。まだ最後の大物が残っているが、それは悩みではなく、楽しみでしかない。
「安心しろ、デーモン・プリンスは俺とエドネアで仕留める。とりあえず邪魔の入らない場所で戦えれば十分だ」
「わかりました。すぐに手配します」
「それと牢屋に残してきたオフィーリアと貴族の息子を連れてきたい。アイツらを留めたままじゃあ、いらん被害が出るかもしれん」
俺の提案は快く承諾されて、イリスとデルの2人が迎えに行くことになる。
一方、俺とエドネアは、コボルドの新王とデーモン・プリンスとどのような場所で戦うべきかを話し合う。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
俺とエドネアは戦場を決めて、大部屋で休んでいると。
ちょうど、イリスがオフィーリアとデル、貴族の餓鬼を連れて戻ってきた。
「いやぁ~、お待たせしましたぁ。それにしても楽しいコボルドの城塞探索もこれで終わりですかぁ。中々に感慨深いものがありますねぇ~」
「そうだな」
新王が差し入れとして持ってきた血の滴る肉を口に入れながら、まだ10日程度しか経過していないことを思い出す。
だというのに、なんだかその何倍も濃密な時間を過ごした気分だ。
だが悪い気分じゃない。
それに集落で暮らしているだけじゃ知りえないことを色々と学んだ。ここに来る前は、コボルドをチビの妖魔と馬鹿にしていたが、想像以上に組織化されて統制された動きや、初めて見る大砲などの武器、王の護衛をしていた腕利きの戦士キルシェロなど、コボルドに対する認識が大きく変わった。
「グロム様」
コボルドの使いが声をかけてきた。
「なんだ?」
「はい、グロム様がここに来られた目的の1つに、女を確保するものがあると伺いましたので、こちらは新王陛下からの友好の贈り物だそうです」
ガラガラと荷台が運ばれてくる。
その中には、様々な肌や髪の色をした女たちが、文字通りに詰め込まれている。全員が鎖で拘束されており、怯えたような視線をこちらに向けている。
いや、わかってない。
コボルドの奴ら全然わかっていない。自分の子を孕ませるのなら、何よりも強く健康的で鋼のような意思を持つ女だろう。美醜も大事といえば大事だが、なんだって、こんな弱々しい連中を手に入れたいと思うんだ? とはいえ、友好の証に贈られたものを無下にするわけにもいかん。なんとか、連中の対面を保つような断り方はないだろうか?
そんな時、ふとイリスと目が合った。
彼女は心を読んだのか「いいですよぉ~」と笑みを浮かべる。
「えー、オッホン! グロムさんは強く逞しい女戦士を望んでおられます」
まんまかよ!
なにかこう、もっと気の利いた言い方はないのだろうか?
とはいえ、俺自身が言うよりも効果はあったようだ。コボルドの使いは「なるほど、それは気が付きませんで」というと、荷台を引きずって帰っていく。そう言えばと、最初の方で見た解剖された女を思い出す。
あれはデーモン・プリンスの指示だったのだろうか? それとも、コボルドの文化の一環なのだろうか? ふむ、考えてみると知らんことだらけだな。和平が成立したら、連中のことも色々と学ばねばならんかもしれん。
そのうえで問題があるところを見つければ、良き隣人として忠告してやるべきだろう。まあ、そのあたりはさじ加減が難しいところだな。下手すると、自分と考えが大きく違うものを排除しようとする人間のようになってしまう。
そんなことを考えながら、肉と酒を堪能していると、再びコボルドの使いが現れた。
今度は荷台ではなく、巨大な鉄球を持った女たちを連れている。
全部で3人。
筋肉質な身体には古傷があり、全員が手練の戦士であると思われた。
「こりゃ確かに好みだが、お前らは抱かんのか?」
「この3人は薬物に高い耐性を持っておりまして、危なくて抱くことなどできませんよ。筋力はあるので、普段は鉱婦として働かせているのですが……、反抗的で些か手を焼いてもおります」
なるほど、見れば3人共、先程の連中とは違い諦めた目をしていない。
いや、この状況を楽しんでいるようにも見える。
「なるほどな。事情はわかったが、こちらが貰い受けるには条件がある」
「どういったものでしょうか?」
「なに、今からこいつらと勝負させて欲しい。俺が勝てば、そのまま身請けする。もしも俺が負ければ自由の身にするというのはどうだ?」
「それは……問題ないと思いますが、一体何の意味が?」
「トロールの流儀というやつだ。とりあえず許可が必要ならもらってきてくれ」
俺の返答に戸惑うコボルドは「主人に聞いてきます」と言って、足早に去っていく。
置いていかれた女たちは、俺の方に話しかけてくる。
「なあアンタ、さっきの話は本気でいっているのか?」
「グロムだ。トロールの集落で最高の戦士」
「そりゃご丁寧にどうも、俺の名前はレアン。元々はただの傭兵だよ。後ろにいる金髪なのがマチルダで貿易都市マルドバの戦士ギルドに所属する斧戦士、俺と同じく赤毛なのはゼタ、クリビア自治領の剣闘士だ」
身長はレアンが一番高く、次にマチルダ、最後にゼタである。全員出自は異なっており、顔つきや肌の色が若干違う。おそらく生まれた土地の差なのだろう。
「惜しかったなぁ。後1ヶ月早ければ、イアンサの姉貴も連れてこられただろうに」
「死んだのか」
「たぶんな……。ロック・ワームに丸呑みにされたんだよ。死体は見つかっていないが、そのまま引きずり込まれたんだ。生きちゃいないさ」
俺は「そうか」と頷き「酒はいるか?」と問う。
レアンは「いくらでも」と答えたので、酒盃を口に近づける。未だに鉄球を抱えており、おそらく手を離すと酷いことになるのだろう。
「まあ、俺らみたいな問題児が生かされているのも、そんなところが理由だよ。地下採掘を行いながら、危険な魔物と出くわしたら命を張って止める。中々にくそったれな生活だが、死ぬよりはマシだよね」
「そうかもな。だが、別のチャンスが有れば、掴もうとするだろう?」
「もちろん。だから最初の質問に戻るけど、アンタはマジで言っているのかい?」
レアンはサバサバした性格だと思うのだが、やはり疑ってかかるのは人間らしい。
「真実だ。戦士の名誉にかけて誓う。ただし、コボルド側の許可が出ればだがな」
「そうかい、そりゃ楽しみだ」
レアンの言葉に、俺も同意する。
しばらくして、コボルド側の許可が降りた。
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我々人間社会でも、奴隷という階級の者たちはいる。
戦争捕虜や犯罪者、破産者など、冒険者の中には奴隷を購入して、荷物持ちや見張り番などに使う者もいるだろう。奴隷商人の多くはギアス系統の魔法が使える導師と契約していることが多く、昔に比べて格段に奴隷は扱いやすくなっている。だが、奴隷という階級の人間であっても、人間の国であれば一定の権利は保障されている。
例えば奴隷を働かせる時間の制限や食事の保障など、他にも無意味に危害を加えてはならないなどの法律が各国で制定施行されている。
もしもそれに違反すれば、奴隷の主人も相応の処罰を受けることになる。だから多くの国においては、奴隷に対しても無茶する者は多くない(無論、皆無ではないが)。
だが、邪悪なる勢力に囚われた場合、そのような恩恵をうけることすらできない。男は力尽きるまで労働を強いられて、女は口にするのもおぞましい目にあることになる。もしも冒険者が邪悪なる勢力の手に落ちたなら、その時は自害することをお薦めする。自ら命を断つことは罪悪の一つではあるが、この世で地獄を味わうことに比べたら、まだ救いのある選択肢なのである。
―― 冒険者ギルドの掲示板
(不適切な内容のため処分) ――