第18話
コボルドの囚人の話は本当か嘘か。
それが分かるのは、この中では心を読むことができる女悪魔のイリスだけだろう。
そして真実を知っている女悪魔はニヤニヤ笑っているだけで、何も言わない。おそらくどうすれば面白いのか考えた結果だろう。
「ほ、本当だ。俺たちはデーモン・プリンスに反逆しようとして、ここに閉じ込められた。このまま奴に従っていたら、俺たちコボルドはあっという間に破滅する!」
不思議な話だ。
まるで、デーモン・プリンスに従うことになったのが、つい最近みたいな話し方をする。デーモン・プリンスに率いられて、ドワーフの都市を滅ぼしたのはずいぶん昔の話だろう? それを今更、反乱するなど、にわかには信じがたい。
だが、そんなことを言って騙す理由を思いつかない。そもそも騙すつもりならば、牢屋に入れられているということからして変な話だ。
「いいだろう。案内してもらう」
「良いのか? グロム」
「コボルドの王に会えるのなら、事情を聞いてみたい。もしも罠だとしても、その時は食いちぎってやるさ」
コボルドは十分すぎるほどに殺した。それに加えて極上の女も手に入ったので、後はまあ、デーモン・プリンスを潰せばいいかと考えようと思っていたところだ。とはいえ、奴らが集落を襲った理由はきちんと聞いておきたいと思っていたところでもある。
集落の中心に位置する大きな魔石を狙っていたというのは、エドネアの証言から知ってはいるが、そいつで何をするつもりなのか? 実際にコボルドの巣窟に入ってみてわかったが、コボルドは数が多い、それを皆殺しにするのは不可能といってもいいだろう。
ならば十分な報復の後には和平が必要になる。そのあたりの判断は長老が下すんだが、判断材料になる情報もいくらか持って帰れるなら、持って帰るとしよう。
「大丈夫だ。我らの王も、事態の深刻さは理解しているはずだ」
コボルドを牢屋から出してやると、俺は案内を命じる。
オフィーリアには、人間の餓鬼を世話する他に、まだ牢屋に残っているコボルドにも飲食を与えるように命じておく。そんなに長く放置しておくつもりはないが、場合によっては何日も空けることになるかもしれんからな。
オフィーリアと人間の餓鬼を残して、俺たちはコボルドの案内で、彼らの王のもとに向かうことにした。
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不味いことに道は複雑であり、もう一度案内をしてもらえなければ、牢屋に戻ることができない。そんなことを考える俺に、イリスが耳打ちする。
「大丈夫ですよぉ。グロムさん以外は全員、道順を覚えていますから」
「そうか、なら良かった」
約束を守るために全力を尽くすが、それでも守れない時がある。
だが、破ったことにはかわりない。
その時は相応の償いが必要になる。
特に戦士の名誉にかけて誓ったことなのだ。償いは重く、長いものになるだろう。だがまあ、あの時の俺は餓鬼を牢屋においていくのが最善だと判断したのだ。
その責任は、他の誰でもなく俺が背負うべきだろう。
「いやぁ~、グロムさんはクソ鬼畜なくせに、変なところで生真面目ですねぇ~。いや、ご安心ください。あの少年にはだいぶご馳走していただいたので、十分以上に保護魔法をかけておきましたよ」
イリスは安心させるように言った。
実際、不安の1つが取り除けたのは嬉しいことである。新たに手に入れた家畜奴隷デルの方は、心配するのもバカバカしいくらいに体力が回復している。どうやら、彼女の身に着けているボディスーツには自動再生の魔法が付与されているらしく、ビリビリに破かれた状態でもその力が働いているらしい。後半日程度もあれば、ボディスーツ自体も新品と同じようになるという。
その後は会話もなく、ただひたすらに道を進む。
道中、罠や魔物、他のコボルドなどに出会わないのは、案内人が凄腕なのか、あるいは罠なのか? その答えがついに出た。
岩が動いた隠し通路をくぐり抜けた先は、まるで会議場のような場所であった。
部屋の中心にあるのは黒い大理石の円卓。
ドワーフサイズなので低めではあるが、いくつもの椅子が並んでいる。
席についているのは1人だけ、王冠を被った年老いたコボルドだ。その後ろには今まで捻り潰した連中とは格が違う強者の雰囲気を漂わせたコボルドの戦士が立っている。
「貴様ら、何者だ!」
コボルドの戦士が一歩前に踏み出たが、案内役であったコボルドの囚人を見て、驚いたように声を上げる。
「王子! どうしてここに!?」
「父上と話さねばならぬことがあるのだ」
コボルドの囚人――いや、王子は威厳のある声を出す。
こちらが素なのか、あるいは王子としての仮面なのかわからない。話す相手や立場で、言葉遣いが変わるのはわかるが、それにしても変わり過ぎだろう。
少し前まで「トロールの旦那」と下手に出ていた姿は微塵もない。背筋を伸ばして、支配者の風格を見せている。ボロボロの衣服を、新品の貴族服に変えれば、あっという間に別人(別コボルド)となるに違いない。
「ニドルム、頭が冷えたわけではないようだな」
「父上こそ、考え直してください。このままでは、我々コボルドは破滅する。何千年も昔の時代とは違うのですよ。ドワーフやエルフは力が衰えましたが、代わりに人間たちが力をつけている。このまま奴に従って戦えば、我々は遠からず滅ぼされます」
「黙れ! 戦わずとも、人間どもは我らを滅ぼす為に兵を送るのだ! ならば、ならば、危険な力であろうとも頼る他あるまい」
必死に訴える王子に、王は聞く耳を持たない。
俺としては後ろに控える戦士と戦いたいんだが、先程から殺気を送っているのに、まるで取り合わねぇ。戦士としての腕前は良いのだろうが、気骨は持っていないようだ。あるいは目先の闘争よりも王の護衛に専念しているだけなのかもしれない。
「それが誤りだと申し上げているのです。あのデーモン・プリンスは我らの祖先が呼び出した支配者とは別物、我らのことなど考えておらず、ただひたすらに支配欲を満たすため、各地を無差別に攻撃しているのですよ。僅かな期間で、一体どれだけの敵を作ったと思うのですか? そしてこのままいけば、奴が勝とうとも、人間が勝とうとも、我々は矢面に立って戦い、種族として滅ぶことになるのです。父上、本当はおわかりなのでしょう?」
「黙れ、黙れ、黙れ!」
コボルドの王は癇癪を起こしたように騒ぐと、後ろの戦士に命じる。
「これ以上、話すことなどなにもない。キルシェロ! 王子を牢獄に戻せ、奴らが連れてきたものは、すべて始末せよ」
「仰せのままに」
キルシェロと呼ばれたコボルドの戦士が、真っ赤な刀身を持つ大剣を抜き放つ。
そして名乗りを上げることもなく、ジリジリと間合いを詰めていく。
「はは、よくわからんが、戦えるな!」
俺は歓喜の笑みを浮かべると、斧槍「王殺し」を突き出す。
その一撃を、キルシェロは見事に受け流し、そのまま一気に懐に入る。剣閃が疾走ったと思った瞬間、俺の体が斬り裂かれる。俺は傷を気にすることなく、斧槍を横薙ぎに振るうが、キルシェロは後ろに大きく飛び退いて回避する。
やはり、強い。
心技体のすべてがコボルドとは思えないほどに鍛え上げられている。スピードはデルには及ばないが、代わりに力と技工は上だ。コボルドの城塞に突入してから、何人もの猛者と戦ったが、コボルドという種族の中にもこれほどの達人がいたとは!
俺は斧槍を構えて、戦士と対峙する。
「グロムさん、あの大剣は、コボルドの最高の戦士が振るうことの許される『至高なる血を欲する刃』と呼ばれる魔剣です。血を啜るほどに使い手の身体能力を上昇させる特性を持っています」
援護のつもりか、コボルドの王子は相手の武器の特性を教えてきた。
「余計なことを言うな!」
「ひっ!」
俺の怒声に、コボルドの王子は体を震わせた。
戦いの中で、互いの手の内を探り合うのが楽しいのだ。必要以上の情報は必要ない。
とはいえ、知ってしまったものは仕方がない。
俺は少しだけ距離を取り、詫びるようにキルシェロに伝える。
「すまんな。連れが水を差した……。詫びと言ってはなんだが、俺の武具も特性を教える。斧槍も魔法の武器だが、特別な力は知らん。『王殺し』と呼ばれているらしいが、まあ攻撃力と耐久力がべらぼうに優れた武器だと考えてくれ。このケルベロスの皮鎧は魔法を吸収するが、防御力は大したことはない。俺の皮膚を簡単に切ることができるアンタなら、警戒するほどのもんじゃない」
互角の条件かわからんが、俺は自分の持つ武具の特性を教えてやる。
「お、おのれ、トロール風情が小細工を! キルシェロ、聞く耳を保つ必要はない。お前の油断を誘うための罠だぞ!」
コボルド王はそう叫ぶ。
なんだって、俺の言葉は全て嘘に思われるんだろう?
う~ん、わからん。
「これを気に、話術の勉強でもどうですかぁ? 今なら無料で、一騎討ちにおける相手を挑発する罵倒術、気になるあの娘に嫌われる言葉遣い百選、親しい人にもドン引きさせるパーティージョークを一通り、お教えしますよぉ」
この小悪魔は、いつも通りの茶々を入れる。だが、そんな話術を学びたい奴がいるのだろうか?
まあ話術の勉強は、機会を見つけてやってみるのも悪くない。そんなことを考えていると、思わず唇の端を吊り上がる。
それを見て、キルシェロは口を開く。
「教えてもらうの、多い。俺の『百眼甲冑』は、敵の武器の動きを先読みできる。アンタの斧槍、その軌道が全部が読める」
「ほぉ。なんだ戦士の心得を知っているじゃないか。わかった、キルシェロ。コボルドの戦士よ。トロールの集落で最高の戦士であるグロムが改めて勝負を申し込むぞ」
武器を構えるコボルドの戦士キルシェロが、まるで長年の友人であるかのような親近感を覚える。俺は斧槍「王殺し」を両手で油断なく構えながら、強敵との遭遇に全身を熱くたぎらせる。殺さぬように女を捕らえるのも興奮するが、それとは別の喜びが全身を駆け巡る。
死力を振り絞っての闘争こそ、生の喜びだ。
キルシェロは何も答えず、再び赤い大剣「至高なる血を欲する刃」を構えてジリジリと迫ってくる。なるほど、このゆっくりとした動きは相手に次の手を考えさせるためのものなのか。
ならば、試しに頭を空っぽにして武器を振るってみる。
しかし、そんな攻撃で仕留められる程に甘い相手ではない。あっさりと攻撃を弾くと、先程よりもさらに鋭く重たい一撃を身体に叩き込む。「至高なる血を欲する刃」による身体能力の上昇と「百眼甲冑」による先読み――楽しい。
まさかコボルドがここまで楽しませてくれるとは!
「ウガァーーーーッ!!!」
歓喜の雄叫びを上げながら、今度は速さを重視して攻め立てる。
先読みしても、追いつけぬほどの速度であれば意味がないのではないか? そのように考えて、斧槍を振るう。
暴風のように荒れ狂う乱撃に対して、キルシェロはひたすらに回避に専念する。
「ガァアアアアァァァーーーーー!!!!」
勝負を決めようとした必殺の一撃。
たとえ攻撃が予測できても、普通ならば避けられないほどの速度だったはずだが、コボルドの戦士は大剣を使い受け流す。そのまま押し切るつもりであったが、見事に破壊力をそらされた。
俺が斧槍を構えなおすよりも速く「至高なる血を欲する刃」が腕を切り裂く。
もはや斧槍を振るうことはできないほどに、刀身が深く食い込む。その瞬間、俺は両手で扱っていた斧槍を捨てて、空いた腕でキルシェロの魔剣をもぎ取る。
「これは……勝負ありましたね」
「そうだな」
デルが残念そうに呟き、エドネアが同意する。
「は、はは、はははははは!!!!」
「馬鹿な! 読めなかったのか!?」
コボルドの王は叫ぶが、別に最初から腕を餌に分捕るつもりだったわけじゃない。単純に何も考えずに、その場で判断しただけだ。戦士としては失格かもしれんが、その戦士を殺すための技術を身に付けた相手には、獣のごとく戦ったほうが良いときもある。まあ、2度は通用しないだろうが、1度だけでも十分だ。
「斧槍の動きを読めたましたが、武器を捨てた拳の動きを読みきれませんでした。どうやら『百眼甲冑』の仕組みに気がついたようです」
あれ?
「いや~、さすがはグロムさん。『百眼甲冑』による先読みが武器のみであるという点に気がついて、その裏をかくように素手で対抗するとは、トロールとは思えない頭脳プレーですねぇ」
俺の驚きを知っているはずのイリスは、相手の誤解を深めるような発言をする。
というか、そうだったのか?
うーん、そう言えば武器の動きしか読めないとか言っていたような気がする。俺たち、トロールは拳のほうが凶悪な武器なんだが……、まあ今の時点で勘違いを解いてやる必要はない。
「ぬうう、トロール風情が! キルシェロ、まだだ! 奴は片腕を失っている。先読みが通じなくとも、お前ならば勝機はある!」
コボルド王はキルシェロに命令する。
というか、自分でやれよ。
すでに勝敗がついたのは、この戦いを見ていたなら理解できるはずだろ。
「まだやるか?」
「王の命令に従うまで」
キルシェロはそう言って、会議室の壁に飾られていた斧槍を手にすると、俺に対抗するように構える。
良い闘志だ。俺はぶんどった赤い魔剣を床に突き刺すと、落ちていた斧槍を片腕で拾い上げる。
「そうか、残念だが。嬉しいぞ」
技量は互角。
手数は相手の方が多いが、治癒力はこちらが上回っている。
持久戦は不利であるキルシェロは、どこかのタイミングで攻勢を仕掛けてくるだろう。俺の命を奪うための必殺の一撃か、あるいは床に突き刺さっている魔剣を回収するか?
おそらくこの状況下では「百眼甲冑」の先読みはあまり役に立たない。
あれが真価を発揮するのは、自分の攻撃に対するアクションに対してであり、このように自分から選択する時は多少勘が鋭い程度の品物にしかならない。それに先程の発言から察するに、素手の攻撃には使えないらしい。
先程のように、俺が斧槍を捨てて素手で攻撃してくる可能性も考えると、そうそう頼ることはできないだろう。
一進一退の攻防を続けながら、キルシェロがついに仕掛けてきた。
狙いは……床に突き刺さった魔剣!
斧槍を囮にして、魔剣を手にしようとするが、それよりも素早く斧槍「王殺し」の一撃がキルシェロの頭を叩き割った。
魔剣を手にしたまま、頭を失ったコボルドの戦士は会議室に倒れる。
手強いコボルドだった。
もしもトロールに生まれていれば、あるいは違う出会い方をしていれば良い友になれたかもしれない。だがその時は、これほど良い戦いを味わうことはできなかっただろう。俺は強者に巡り会えたことに感謝の念をいだきながら、戦士キルシェロの心臓を抉り出して、それを喰らう。
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上位種。
冒険を続けていくうちに、他の個体とは明らかに違う強さを持つ相手と遭遇することがあるでしょう。冒険者ギルドはそれらの特別な者たちを「ロード」「チャンピオン」「ユニーク」などに分類しております。
これは別にゴブリンやオークなどに限ったことではありません。この世界に存在する全ての生き物にいえます。上古のエルフやドワーフなどは、全体的に今のエルフやドワーフよりも強大な種族であったと言われていますが、「ハイ」に分類されております。我々人間種も「英雄」などと言葉を変えていますが、彼らは人間の上位種であると考えられます。最近の研究では文明化が進むことにより、これらの特化した個体は減少する傾向にあるとの報告がありますが、未だ審議の最中ではあります。
いずれにせよ、冒険者の皆様は群れを率いる長などを見つけた場合、注意して下さい。おそらく群れの長自身か、あるいはその腹心が上位種である可能性が高いです。上位種の場合、通常の討伐難易度を最低でも2段階ほど上げて下さい。
残念ながら上位種であっても他の同種族と見た目からの確認することは難しいですが、大抵は上質な装備で身を固めております。有名な個体になると細かな特徴や懸賞金額などを知ることができますので、賞金稼ぎギルドの掲示板も合わせてチェックすることをオススメします。
―― 冒険者ギルドの掲示板 ――