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第17話



 最後まで諦めない気概は見事なものだ。

 しかし、残念ながら届かない。すでに片方の目を失っている俺としては、もう片方の目を狙ってくる可能性は十分に考慮している。


 針を難なく回避すると、俺はもう一度問う。


「敗北を認めるか?」

「クッ……」

「お前が死ねば、取引は無効だ。あの餓鬼を殺したりはしないが、人間の集落にまで送り届けてやる義理もない。運が良ければコボルドの虜囚に逆戻りだが、運が悪ければ罠にかかって死ぬぞ」


 一応、最後の説得を試みる。

 これ以上やれば、おそらくこの女――デルは死ぬ。

 だが今は女ではなく、1人の戦士として扱うべきだろう。戦いの果てに死ぬのは、それはそれで名誉なことだ。だが人間という生き物はそれ以外の価値観も持っている。

 餓鬼のために自らの敗北を受け入れる度量も、理解できないわけではない。


「本当に……若様を、その少年を助けてくれるのですね?」

「約束しよう」

「わかりました。敗北を認めます」

「イリス」


 俺の呼びかけに、小悪魔が蝙蝠翼を羽ばたかせながら近づいてくる。


「いやぁ~、グロムさん。見事な戦いぶりでしたぁ。惚れ惚れしちゃうなぁ。もう、先程からあの少年の絶望やら憎しみやら無力感やら、負の感情がまるでフルコースのように次から次に溢れてきて、大変でしたよぉ」

「呪印を」

「はいはい~。喜んで~。背徳の世界の支配者にして、甘美なる闇の女帝ハルヴァーよ。忠実なる下僕が……」


 女悪魔はオフィーリアに施したのと同じように、禍々しい呪文を唱えて、デルに呪印を施す。


「はい! これで完璧です。肉体の傷もある程度治癒しておきましたから、何も問題ないはずですよぉ。それじゃあ、後はどうぞお楽しみを~」


 そう言いながら、イリスは少年の肩に止まり、何やら囁いている。

 どうせろくでもないことだろうが、終わったのならば俺の方も勝者の特権を味わう必要がある。眼球の再生には少しばかり時間がかかるので、休めそうな場所を探す。


 ちょうどよいことに、休息に適した部屋を発見した。


 コボルドの姿はない。

 おそらく、デルに始末されたのだろう。


 どうやらここは看守の部屋らしい。入ってきたドアが簡単に開かないように棚で塞ぎ、部屋の中を見渡す。奥に1人用の牢屋がいくつか並んでおり、それに対面するように拷問台が牢屋と同じ数だけ並んでいる。牢屋の中にはコボルドたちがおり、俺の姿を見るなり悲鳴を上げて命乞いを始める。

 こいつらは、おそらくコボルドの罪人なのだろう。何の罪で収監されているのか知らんが、さすがに檻の中にいるコボルドを殺す気にはなれない。


「餓鬼、お前はこの牢屋に入れ」


 イリスの呪印で支配していない。

 何故なら、この餓鬼は人間の集落まで無事に返すと約束しているのだ。

 一生消えない刻印を刻むのは、俺の基準では「無事」という言葉に反する。


 餓鬼は抵抗したが、まあ人間の子供などはトロールの子供よりも非力な存在だ。抵抗を無視して、檻の中に閉じ込める。


「オフィーリア。俺たちが戻ってくるまで、お前はこの餓鬼の世話をしてろ。水と食料は置いていくし、敵が来たら交戦も許可する」

「わかった……わよ」


 デーモン・プリンスとの戦いも近いからな。足手まとい2人を連れたままじゃ、足元をすくわれるかもしれん。オフィーリアと人間の餓鬼は置いたままにして、俺とエドネア、イリス、そしてデルを連れて行く。


 単独で深部まで潜入したデルならば、罠の解除にも詳しいはずだ。


「デーモン・プリンスのいる場所にまで案内してもらうぞ」

「まさか、あの化け物と戦う気なのですか? それは困ります。貴方が死ねば、若様が……」

「安心しろよ。オフィーリア、俺が死んだら、その餓鬼を連れて逃げろ。もちろん、お前もだデル、俺が死ねば、若様とやらと一緒に逃げ出せばいい」


 俺の提案に、デルは不審そうな目を向ける。

 一体何をどうしたら、そこまで疑り深い性格になれるのだろう? この状況下で、俺が嘘をついて喜ぶことなどなにもないのに! それに、この顔を見れば、嘘をついていないことくらいはすぐに分かるだろう。


「いや、グロムさん。それは無理ですよぉ」


 思ったことに対して、イリスがツッコミを入れる。

 その言葉に、デルは不審そうな表情をますます険しくさせる。なんだかんだで、イリスとのやり取りは慣れてきてしまった自分がいるが、やはり他の者には不審に映るのだろう。俺はイリスが心を読めることを説明して、他意がないことを改めて告げる。

 それに付随するようにして、これまでの経緯を簡単に説明して、デーモン・プリンスのルベルを倒すまで戻るつもりがないことを伝える。


「わかりました。……それならば、デーモン・プリンスを探す手伝いをしましょう」


 お願いではなく命令なのだが、そろそろ立場をわからせるとしよう。



  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 失われた眼球が再生するまでの時間、デルの豊満な肉体を貪った。

 その間、彼女の経歴を聞いたが、何となく予想していた通り、彼女は冒険者というわけではなく、少年の家に仕える暗殺者の一族の者らしい。


 幼い頃から厳しい鍛錬を重ねると同時に、少年とは姉弟のように一緒にいたらしい。

 互いに尊敬して、信頼を深めてきたとか。

 今回のコボルドの城塞から少年を奪還する任務も自ら志願したらしい。


 一族の中で若手ながら最高の腕前を誇っており、優秀であるがゆえに任務で屋敷を離れている間に、少年が誘拐されたらしい。デーモン・プリンスの仕業ではなく(指示は出したかもしれんが)、コボルドの仕事だと聞いた時、俺は少しだけ驚いた。

 手先が器用な奴らであるとは思っていたが、隠密技能も優れていたらしい。


 よくわからないのだが、餓鬼の家族は政治的なしがらみから大々的に動くわけにもいかないらしく、仕方がなく腕利きである女暗殺者のデルを、調査に向かう「黒狼」の冒険者パーティーに入り込ませたらしい。


 その後はコボルドの城塞を順調に攻略していたが、デーモン・プリンスと出会い、仲間たちは散り散りとなり、その後も数多くの危機を乗り越えながら、若様を牢獄から出すための合鍵として、愛用していた魔法の短剣も失ったらしい。その短剣があれば、俺など敵ではなかったと言うが、常に万全の状態で戦えるとは限らない。魔法の短剣を鍵代わりに使ったのは、デルの判断なのだから、その結果は受け入れてほしいものだ。


 その後、逃げる途中で、この女にとっては不運なことに俺と出会ってしまった。


 だがまあ自分が囮になって、俺に襲いかかってきたのは判断ミスだ。

 その理由を問いかけてみると、今まで何体もトロールを仕留めてきたので、後顧の憂いを取り除こうと考えたらしい。その判断は悪くはないが、残念ながら俺は普通のトロールじゃない。

 集落で最高の戦士だ。


 俺はまるで極上の美酒を味わうように、デルの肉体を楽しみながら話を聞き終える。


 しかし、たいした精神力だ。

 体力が回復したとはいえ、声一つ漏らすことなく、泣き言一つ吐かず、ただひたすらに耐え忍んでいる。むしろ、餓鬼の騒ぎ声の方がうるさいくらいだ。まったく、いい女なのに男を見る目がない。

 何の力もない餓鬼ではなく、俺たちトロールのような力ある存在に忠誠を誓うべきだろうに。まあ、そのあたりはゆっくりと教えていくしかないだろう。


 半日ほど経過して、ようやく眼球が再生した。


 何度か瞬きして、精度を確かめる。

 新しい「目」は、前のものよりもよく見える。そんな満足感を覚えつつ、無様に床に転がっているデルに、そろそろ行くぞと声を掛ける。


「いや~、グロムさん。あれだけやれば気絶しますって! まあ、少し待っててください。もうすぐすれば起き上がりますよぉ」


 泣き崩れる少年で遊ぶのにも飽きたのか、イリスは蝙蝠翼を羽ばたかせながら俺の肩にとまる。俺としたことが、久しぶりの極上女だったので楽しみすぎたらしい。


「たぶん、この女は従属者になれるだけの資質があるぞ」

「エドネア、お前もそう思うか?」

「ああ、経験者としての勘が告げている」


 そう言うエドネアは兜の奥でどのような表情を浮かべているのだろうか?

 歓喜か、哀れみか、あるいは何の感情も浮かんでいないのか? 少しだけ気にはなったが、別段兜を脱げとまでは言う必要を感じない。


「うっ、ここは……」

「起きたか」

「そうでした。私は……、若様は無事ですか?」


 俺のことは無視して、何やら自分の中で納得した後、周囲を見回す。

 そして檻に入れられた餓鬼の姿を目にすると、デルは安堵の表情を浮かべる。


「そうだ。お前はそこの餓鬼のために敗北を認めて、俺たちトロールの家畜となった。代わりに、俺は餓鬼を人間の集落まで無事に送り届ける」

「ええ、わかっています」


 屈辱の感情を押し殺しながらも、瞳の奥に宿る眼光は些かも衰えていない。

 オフィーリアのように目に見えて反抗的じゃないだけ、注意が必要かもしれん。


「グロムさん、気をつけてくださいよぉ。自分を巻き込んで死ぬことも考えているみたいですからぁ~」

「そんな事は考えていません」

「うぁ、怖いですねぇ~。その眼光もですけど、平然と嘘をつけることが怖いです。言っておきますけどぉ、その気になれば表面的な心だけじゃなく、心の内側や無意識下にだって覗くことができるんですよぉ~。試しに、この若様をどう思っているか、当ててみせましょうかぁ?」


 イリスは良い笑顔ゲスがおで、デルの視線を受け止める。

 そんなことして何になるのかわからんが、まあこの手の心理戦は苦手だ。戦いの駆け引きなら、いくらでも楽しめるんだが……。誰が誰を好きだとか嫌いだとか、愛しているとか憎んでいるとか、人間の考え方は個々で違いすぎるので、俺たちトロールは理解するのを放棄している。

 考えても無駄なことは、無駄なのだ。


「な、なあアンタ! トロールの旦那」


 俺に声をかけてきたのは、コボルドの囚人であった。


「デーモン・プリンスを倒しに行くのか?」

「ああ、貴様らの親玉を叩いてやる」


 俺は残忍な笑みを浮かべて、コボルドの囚人に告げると、帰ってきた返事は意外なものだった。


「だったら協力させてくれ! 俺たち、コボルドの王に会ってほしい。そして、奴の支配を終わらせてくれ!」


 事態は俺の思わぬ方向に向かおうとしていた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――




 旦那様。

 冒険者パーティー「黒狼」と協力を得ることができました。

 彼らの腕は確かですし、指定の報酬を支払えば、詳しい事情を聞かないことを約束してくれました。すでにギアスによる誓約も終わっております。

 明日には、他の冒険者パーティーとコボルドの城塞内部に突入しますが、目的はあくまで若様の保護を優先することに同意してくれています。一刻も早く、若様を連れて戻りますので、どうか今しばらくのご辛抱を。

 最善を尽くしますが、コボルドが若様をどのように扱っているかわかりません。万が一に備えて、蘇生の儀式が行えるように準備をしていただけるようにお願い申し上げます。我が命に換えましても、必ずや任務を果たします。


                  ―― 「忠実なる」デル・フレイヤ ――




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