第13話
ドワーフという種族は、上古の昔から大地の底で強大な文明を築いていた。
俺たちトロールや人間たちが「文明」「社会」「歴史」などを作るより以前から、地の底でひたすらに採掘を行い、鍛冶の腕を磨き、広大な領土を治めていた。
だがその栄光も今は昔、地下の支配権をめぐり、多くの異種族と戦い、敗れて、領土を失っていった。今では人間たちの都市で生活しているドワーフのほうが多いとさえ言われている。
俺の知っているドワーフはそれほど多くはないが、全員が手強い戦士であった。
全身を鋼の鎧で身を包み、戦斧と大盾を巧みに使い、何度も俺の拳を防ぎ、強烈な反撃を仕掛けてきた。欠点は足が遅いことぐらいで、それ以外は完璧な戦士であったと言っても良い。
もちろん、俺はそれらの戦士を退けて、今もこうして生きている。
用心するだけの力を持った相手であるというのは認めるしかない。そんなドワーフたちが、デーモン・プリンスの助力があったとはいえ、コボルドに住処を奪われたというのは不思議でしかなかった。だが、この城塞都市を探索していくうちに、なんとなくだがその理由らしきものを見つけた。
ドワーフの数は少なく、コボルドは数が多いのだ。
どれほど優れた戦士で技術者であろうとも、数の暴力を相手に戦い続ければ消耗する。ドワーフの領土は広大だったらしいが、その版図を守るだけの戦士が揃えられなかったに違いない。
休憩場所から移動した先にあるコボルドのねぐらを見ていくうち、その考えは確信のようなものに変わっていった。コボルドの奴らが増改築した部分と、ドワーフが元々建築した部分は大きく差がある。
ドワーフの居住区を利用した、コボルドのねぐらをみる限り、ドワーフ1人の区画に、コボルドは10匹も、20匹も、いやそれ以上の数が詰め込まれるようにして居座っている。さすがに俺もコボルドの居住区を堂々と歩くほど馬鹿じゃないが、それでも隠密行動は得意ではない。
何度もコボルドの衛兵に見つかり、そのたびに血祭りにあげている。
10から先は数えるのもバカバカしくなり、ひたすらに挽肉を量産した。
幸いなことに、このあたりを見回っている衛兵は、俺の体に穴を開けた「大砲」という武器は持っておらず、優秀な指揮官もいないらしく統制が取れていない。
そんなコボルドなど、何匹いようが敵ではない。
今や俺の体は、コボルドの返り血で全身が赤黒く染まっている。
コボルドも逃げることなく狂ったネズミのように襲いかかってきているので、撃退しているが。なるほど四六時中、この手の攻撃を受けていれば、要塞に籠もるドワーフたちの守りも瓦解するかもしれない。
長老も言っていたな、個々の強さは集団の強さに負けることがあると。だから、俺たちトロールも基本的には集団に対して、纏まって叩くことにしている。まあ、今の俺の行動のほうがイレギュラーなのだろうが、自分の力を主張するには良い機会だ。
ちなみに、エドネアも俺と同じく返り血で、血まみれだ。
手にした魔法の長剣はさすがの切れ味で、数多くの獲物を仕留めているのに鋭さを失っていない。オフィーリアは積極的に戦いには参加していないが、きちんと身を守ることに専念しているので、傷一つ負っていない。
そんなことを考えながら、ついにコボルドのねぐらを突破して、エルム・ホドヴェンの鍛冶場に辿り着く。
「またずいぶんと広いところですねぇ~」
「ふむ」
エルム・ホドヴェンの鍛冶場。
溶鉱炉や製鉄所などの設備は未だに稼働しているらしく、熱した鉄が流れている場所や蒸気が吹き出していたりする場所などがある。食器や釘、ネジなどの生活用品を始めとして、剣や鎧、矢などの武具、さらには金属装甲の馬車のようなものまで、様々なものが作られている。
俺の姿を見ると、コボルドの作業員たちが慌てて逃げ出している。
「でもまあ、グロムさんが見たというドワーフ王の亡霊とやらは偽物ではないようですね。こうして鍛冶場まで辿り着けたわけですから」
なんだ、イリスのやつ、疑っていたのか?
いやまあ冷静に考えれば幻覚を見たと思われても仕方がないだろう。何事も、体験した者にしかわからないというものがある。
「ドワーフの魔導技師が作った武具が封印されている場所は……、こっちだな」
俺はそう言って先導する。
途中、コボルドの用意していた罠に嵌りそうになったが、間一髪で回避することに成功した。単純な落とし穴の仕掛けであったが、落ちた先は灼熱と化した鉄だ。まさしく死の罠だが、こいつらは普段この場所で働いているのではないだろうか? 自分たちの作業場に罠を仕掛けるのは、正直、頭がおかしいと思う。あるいは、侵入者が現れた時は、安全装置のようなものを解除しているのだろうか?
そういえば居住区を彷徨いている時は罠などはみなかったな。そう考えると、この通路はコボルドが普段使用するような場所ではない可能性が高いかもしれない。
そんなことを考えながら、罠を注意して進む。
ちなみに、トロールの注意とは、罠を発見するような盗賊の技能を使うものではない。罠に引っかかった時、引っかかった時にとっさに回避するか、あるいは死なないように耐える心構えのようなものである。
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トロールの再生能力は、炎で受けたものには働かない。
魔法の炎であれば、身にまとっているケルベロスの毛皮がある程度中和してくれるが、コボルドが製作した炎の罠は、自然の油やガスなどを使ったものがほとんどだ。つまり、今の俺は連中たちと拳を交えるよりも苦戦している。
「くそ、また炎の罠か!」
壁際に並んだドワーフの彫像は、前見たときと同じく顔の部分はコボルドの頭に付け替えられている。そしてまるで、竜のように口から炎を吐き出している。おそらく、どこかに隠されているスイッチを踏んだのだろうが、罠の規格が人間用だったので、軽い火傷で済んだ。
とはいえ、じくじくする。
「いやぁ、人間用の罠で助かりましたね。もしもグロムさんが人間だったら、今頃は愚痴を言う事もできずに黒焦げですよぉ」
イリスは蝙蝠翼を羽ばたかせながら、まるで水遊びをするかのように溶けた鉄に触れる。人間ならば重症、トロールであっても無傷とはいかないが、イリスにとっては湯船と変わらないらしい。
「熱さなどは感じないのか?」
「そうですねぇ。魔界には灼熱階層と呼ばれる場所がありまして、それに比べたらこれはぬるま湯みたいなものですよぉ」
なんだかんだで、やはりこの世界の生き者とは身体の作りが違うようだ。
一方、エドネアとオフィーリアは、俺の後を慎重に進んでいる。
まあ誰でも焼け死にたくはない。
罠の道を抜けると、トロフィーのつもりだろうか? 道中、ご丁寧にも罠で焼け死んだ人間の死体などがぶら下げられている。処刑所などでよく見る光景だが、その死体はまっ黒焦げである。
なんともまあ悪趣味なことだ。
あるいは警告だろうか?
ドワーフ王は隠していたと言っていたが、狡猾な悪魔ならば自分を滅ぼせる武器があると知れば、何かしらの対策をするのは当然だろう。一番簡単なのは、誰にも見つからない場所に持ち出すことだ。あるいは誰の手にも触れられないように埋めるなど、他にもいくつか可能性がある。
焼け焦げた人間たちの死体を見ながら、いよいよ武具の隠されている場所に到着した。
「ふむ、これは……」
「破邪の結界ですねぇ」
白く輝く壁のようなものが、行く手を遮っている。鈍い俺にでも感じ取れるほどの神聖な光を放っており、その手前には、まるで見張りのようにガーゴイル像が並んでいる。
ガーゴイルは、ヤギの角を生やした肉食獣のような顔と胴体、背中にはコウモリの翼、鋭く尖った尻尾を生やした悪魔だ。人間などは魔除けと称して、神殿の出入り口や王侯貴族の館などに、ガーゴイル像を置くことがある。
時々、ガーゴイル像に混じって、本物のガーゴイルが潜んで、不意討ちを仕掛けてくるのだとか、もっとも、ガーゴイル像の罠自体が有名になりすぎているので、不意討ちの効果は怪しいものだ。
とりあえず、近づいてみるが……ガーゴイル像は動き出さない。
石程度なら素手でぶち壊せるので問題ないが、無意味に殴る必要もないだろう。
俺は結界の中に手を入れる。
――特に痛みなどは感じない。
そのまま、光の壁を通り抜けようと進む。
すると、後ろから悲鳴が聞こえてきた。
イリスだ。
小悪魔は壁を通り抜けようとしているが、どうにもならないようだ。
「グロムさん。この結界は悪魔を通さないようです。残念ながら、先には進めません」
なるほど、俺たちが炎を苦手なように、イリスなどの悪魔はこの手の結界が苦手なのか、ドワーフが施したものか、ドワーフの同盟者か知らぬが、イリスのみならず、デーモン・プリンスの侵攻も長年食い止めているとは、なかなかにやるものだ。
長老でも、これほどの魔法を維持し続けるのは難しいだろう。
「そうか、ならば武器を持ってきたら戻る」
「はいはい、あっ、それとオフィーリアさん、期待しているところ残念ですが、結界の中に入ったところで呪印の影響下にあるのは変わらないので、まあ試してみてください」
イリスはそう言って、ガーゴイル像の頭の上に座る。
オフィーリアの方を見ると、悔しそうにこちらを睨む。うむ、抵抗する気力は大事だ。是非とも諦めないでほしい。そいつを制圧するのも、実に楽しいものだ。
光の壁を通り抜けて奥に進むと、そこには様々な武具が並んでいた。
ドワーフたちのシンボルともいえる斧。
手斧や戦斧、斧槍などなど、数々の種類の斧に加えて、大金槌、戦槌などのハンマー類、石弓や大型石弓や攻城用の石弓兵器、射撃兵器などの射撃武器に加えて、俺の体に穴を開けた「大砲」などもある。
他にもドワーフサイズの兜や鎧など、様々な装飾品の数々、これらの武具一式が何千、いやひょっとしたら万を超える数が揃っている。
「すげぇな」
そんな感想を抱く。
他の種族なら、この光景をもっと詩的に讃えたり、あるいは言葉巧みに表現したりするのかもしれないが、トロールの俺にはこれが限界だ。もっとも、トロールが戦いの時と女を抱いた時以外に賞賛の感想を口にすることは少ないので、十分だろう。
エドネアとオフィーリアも同じ感想であるらしく、興味深そうに周囲を観察している。しかし、どれもこれも素晴らしい品物ばかりであるが、これだけ数が多いと、どれが効果のある武器なのかさっぱりわからん。
「エドネア、何かそれらしい武器はあるか?」
「いいや、どれも一級品の武器であることは分かるが……」
結界内部だけでも、かなりの広さだ。
パッと一目で分かるのは、無理だろう。まあ魔法の武器であれば何でも良い。
とりあえず探索しよう。
そう考えて、実行。
長年放置されていたにもかかわらず、どの武具も埃一つ付いていない。
まるで出来上がったばかりのような状態のまま保存されている。これも結界の影響なのか、あるいは別の力によるものかは不明だが、ずいぶんと便利なものだ。
奥の方に進んでいくと、上と下、どちらにも進める螺旋状の階段がある。
どうも想像していたよりも、結界内は広いらしい。
とりあえず、下に降りてみる。
そこには、まるで竜の住処であるような財宝の山があった。
目が眩むばかりの黄金の山に、ドワーフの細工師たちが作り上げた見事な宝石細工の数々に、オフィーリアは感嘆の声を漏らす。
やはり人間というものは、この手の財宝が好きらしい。
それはドワーフも同じか、なんだって、こんな光る石ころに執心しているのか、わけがわからん。
上の階にある武器の方が何倍も役に立つと思うんだがなぁ。
まあ今回の件が終わったら、この財宝のことは長老に報告しておこう。取引に使うなり、災いの火種になるから処分するなり、適切な判断をしてくれるだろう。
そんなことを考えながら、キラキラと輝く黄金の山からおさらばする。
上の階にそれらしいものがあれば良いのだが、もしも見つからなかったら、しばらくはここで探索を続けなきゃならない。
手持ちの食料はまだ余裕があるが、帰り道などを考えると悠長にしてもいられない。
だが、そんな考えは杞憂に終わった。
上の階に登ると、そこには一目で分かるほどに強い力を感じさせる「武具」がある。
その数は、下の階で見たほどに多くはないが、それでも数十程度の魔法の武具だ。さて、問題はトロールの俺が使うのでも支障のないサイズのものがあるかどうかだ。
少しワクワクしながら、俺は武器選びを始めた。
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ドワーフ。
我々人間に鍛冶の技術を教えてくれた友人であり、今も邪悪なる勢力と戦うために手を結んでいる盟友だ。地下を住処としていた彼らは、我々人類が文明を築くよりも以前からエルフと同じく豊かで文化的な生活を送っていた。
しかし、ゴブリンやオークなどの邪悪な勢力が台頭するにつれて、彼らの勢力圏は徐々にだが、確実に失われていった。以前は大陸全土に広がっていたドワーフの国々は、ほとんどが奪われており、わずかに残った要塞で絶望的な戦いを続けている。
そんなドワーフたちは人間の傭兵を常に募集しており、邪悪な怪物たちと戦う見返りに優れた武具や高値の宝飾品を提供してくれる。
この冒険者ギルドでも、ドワーフの要塞都市防衛戦に参加してくれる冒険者を募集中だ。だが、ドワーフの要塞都市に攻め込んでくる邪悪な種族は高度に組織化されており、戦い慣れている。非常に厳しい戦いが予想されるし、死傷者も少なくない。それゆえ、依頼を受ける時には、他の所属ギルド(戦士ギルドや盗賊ギルド、賢者学院、各神殿など)からの推薦状が必要となる。
勇敢に戦った冒険者には規定の報酬以外にも、ドワーフ族からの厚い感謝と友情を受け取ることができる。彼らは恩義に厚い種族であることは子供でも知っていることだが、戦友に対する友情も忘れることがない。邪悪なる種族を打ち倒して、報酬を手に入れ、さらには盟友を得ることもできるのだ。腕に覚えのある冒険者は、是非所属ギルドの幹部から推薦状を手に入れてほしい。
P.S.
基本的な契約は月単位でおこなれるが、その間の契約違反にはドワーフの法に加えて、冒険者ギルドからの罰則を受けることになる。詳しい契約書は冒険者ギルドのマスターから受け取って欲しい。
―― 冒険者ギルドの掲示板 ――