第9話
「誰だ?」
『儂はドワーフの諸王の1人して、城塞都市ギムグ・ゲルゲンを預かる者、ゲイルロズ』
声のする方を見てみると、なんとドワーフ王の削られた顔の部分に、青白い霊気で作られた顔が浮かび上がっている。
長い豊かな髭と思慮深くも力強さを感じさせる面構え、ドワーフの王に相応しい威圧感は、どこか集落の長老に通じるものがある。
「俺の名はグロム。集落で最高の戦士だ」
ドワーフ王の名乗りに対して、俺も名を告げる。
あいにくと人間やドワーフなどのように集落に名前をつけたり、大仰な肩書や称号などをつけるような慣習はない。
だが俺は、そんな自分たちのあり方を誇っている。
『トロールの戦士グロムよ。汝はギムグ・ゲルゲンに何しに来た?』
「報復だ。集落を襲ったコボルド共に、受けた以上の屈辱を味わわせてやる」
『コボルド、コボルドか、ああ、そうだ。あの獣共にギムグ・ゲルゲンは襲われたのだ。コボルドを率いるデーモン・プリンス! あいつさえいなければ、この都市が陥落することもなかったのに……』
ドワーフ王の顔が憎悪にゆがむ。
ドワーフという種族は頑固で、執念深く、強欲だと聞く。自分たちの都市を奪った怪物に対する怒りは、並々ならぬものがあるのだろう。
それと同時に何やら違和感を覚えた。
だが、その違和感を口にするよりも早くドワーフ王の亡霊が協力を申し出てきた。
『コボルドに対する報復といったな。それならば、デーモン・プリンスにも打撃を与えることができるだろう。喜んで助力しよう』
「それならば、武器がほしい。デーモン・プリンスを殺せる武器だ」
ドワーフは優れた鍛冶の腕を持つことで有名だ。ひょっとしたら、そんな武器を作っているんじゃないかと、ダメ元で聞いてみることにした。
『奴に傷を与える武器ならば、エルム・ホドヴェンの鍛冶場で製作していた。だが、奴を傷つけることはできても、倒すことはできなかった』
「ならば、俺にその武器を譲ってくれ、そいつを殺すまで、俺は攻撃を続ける。殺されるまで、死なずに戦い続けよう」
『……いいだろう。トロールの戦士よ』
ドワーフ王の亡霊は提案に同意すると、俺の頭の中に武器のある場所の映像を送った。それはまるで、このドワーフ王と記憶を共有しているかのような感覚であり、見たこともない場所であるにもかかわらず、その場所が何処であるか理解できた。
そこまでの道筋、いやそれどころか、コボルドの城塞――ドワーフの城塞都市ギムグ・ゲルゲン全体の構造が手に取るように理解できる。
「グがぁ!」
頭が痛い、痛い、割れそうだ! 小さい脳みそがパンクしそうな程に熱くなり、思わず頭を抱える。だが、その痛みも凄まじい速度で治癒されていく。
しかし痛みに見合った情報を手に入れることができた。
エルム・ホドヴェンの鍛冶場。
そこまで、目をつぶってでも行けそうだ。
『エルム・ホドヴェンの鍛冶場には、ドワーフの魔導技師が製作した武具が隠されている。奴らが手を出せぬように封じたのだ。使い手となる者が現れた時に渡せるように……』
ドワーフの戦士ではなかったのは残念だろうが、まあそこは我慢してもらうしか無い。文字だけなら「ドワーフ」と「トロール」はなんとなく似てないこともないだろう。
まあ外見から考え方まで、まるで違うが。
そんな俺の考えを黙殺したのか、あるいはどうでもいいと考えたのか、ドワーフ王の亡霊は言葉を続ける。
『行くがいい、トロールの戦士グロムよ。見事、デーモン・プリンスを殺したのならば、この都市のすべてを汝に譲ろう。もはや我が同胞は誰も生きておらぬ。ならば、解放者にくれてやった方が、何倍もマシだろうよ』
「――感謝するぞ、ドワーフの王。武器を手にしたら、約束通り、奴を殺すまで戦い続けよう」
その答えに満足したのか、ドワーフ王の亡霊は姿を消す。
威厳ある王だった。生きていれば、是非手合わせしたかったが、死んでいる相手に闘いを挑むことはできない。非常に残念だが、今はルベルと戦う手段が見つかったことを喜ぶべきだろう。
「グロムさん、先程から1人で、何をブツブツ言っているんですかぁ?」
イリスは俺の方に来て、そんなことを言った。
「何を言っている。ドワーフ王の亡霊を見なかったのか?」
「え? 嫌だなぁ~、そんな気配は感じませんでしたよぉ」
惚けた感じで、イリスは返答する。
どうもからかっている感じではない。俺はオフィーリアの方にも問うが、返答はイリスと同じであった。
だとすれば、今のは夢だったのだろうか?
しかし、俺の頭の中には確かに、城塞都市ギムグ・ゲルゲンの地図が刻まれている。
あるいはこれは魔法的な罠か何かなのだろうか?
少しだけ考えたが、嘘であるという確証がない以上、ドワーフ王との約束を守ることにした。すなわちエルム・ホドヴェンの鍛冶場を目指すのだ。
もしも何かしら手の混んだ罠なら、その時はそいつを血祭りにあげてやればいい。
考えがまとまると、俺は歩みを再開させる。
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道なりに進んでいくと、大量の骨が転がっている広間に辿り着いた。
ドワーフ王の知識によれば、ここは憩いの間ロバル・サルミエという場所らしい。人間か、ドワーフか、あるいは別の人型種族なのかは不明だが、かなり古い骨だ。コボルドに挑戦して死んだのか、あるいは蹂躙されて死んだのかはわからない。
問題は、その骨の中からいくつかが立ち上がり、俺の方に向かって襲いかかってきたことだ!
スケルトン!
アンデッドと呼ばれる不死者は、基本的に生者に対する怒りという感情以外が欠落しており、誰彼構わず襲いかかってくる。スケルトンはその中では下級の存在だが、はっきり言って苦手な相手だ。
あまりに弱すぎて、こいつらと戦っても面白くもなんともない。
人間型のスケルトンが数体ほど、ドワーフ型のスケルトンが数十体。
ボロボロの武器を手にして、向かってくるが、俺の敵じゃない。力任せに腕をふるい、体当たりをして、粉々にしてやる。
そうすれば、あっという間に片付く。
「きゃぁああああ!!!」
女魔法使いオフィーリアが悲鳴を上げる。
どうやら、何体かが向かったらしい。
俺は頭蓋骨を掴んで、思いっきりぶん投げる。
見事、的中!
スケルトンの1体は砕け散り、残った奴らもこちらに憎悪を向ける。まったく、人様のメスを奪い取ろうとは、許せん。
怒りに任せて、近寄ってくるスケルトンを粉砕する。
手応えのない奴らをすべてただの屍に戻すと、オフィーリアは抗議するように言った。
「ちょっと、連れ回すのなら、せめて自衛ができる程度の行動は許してよ!」
助けたことに対する礼もなしか。
いやまあ、俺が捕まえているのだから、保護責任はある。そして、この女が言っていることは理解できないわけじゃない。だが、やっぱりなんだか腹が立つな。
「いいだろう。自衛目的なら魔法を唱えていい。だが、逃げるような魔法は使うな」
「……わかっているわよ」
不服そうな表情で、女は首を縦に振る。
こいつ、絶対に魔法で逃げ出そうと考えていやがったな。オフィーリアがどんな魔法を、どの程度まで使えるのか、魔法の知識がない俺にはわからない。説明されても、おそらくすべてを理解することはできないだろうが、それでも攻撃魔法以外の便利な魔法というのも少なからず知っている。
オフィーリアは瞬間移動の魔法などを使えると言っていた。だがイリスの説明によれば、瞬間移動の魔法は高い集中力と魔力が必要であり、今の状態のオフィーリアが使用した場合、何も起こらない可能性が高いらしい。
それが何処まで本当かどうかは不明だし、これだけ気力のある女だ。
足りない部分は精神力でカバーして、瞬間移動の魔法で逃げ出すかもしれん。あるいは瞬間移動以外にも、逃げ出すための魔法が存在するかもしれない。
だが先ほどみたいに、無抵抗の状態で死なれるのも困る。
それゆえ、今のような命令となったのだ。
「グロムさん、この女はたぶん、戦闘中の事故に見せかけて、貴方を巻き込むような魔法を使うかもしれませんよぉ」
「わかっている」
イリスの指摘する程度のことは、頭の悪い俺でも予想できる。
「だが、ケルベロスの毛皮で作った鎧がある。それに警戒は怠らん」
「グロムさんがそうおっしゃるなら、これ以上は何も言いません。うふふ、楽しませてもらいますよぉ」
女悪魔は嬉しそうに、俺とオフィーリアの傍を行ったり来たりする。ひょっとしたら、オフィーリアにも何やら助言をしているのかもしれない。まあイリスは愉快犯的なところがあるから、やはり全面的に信頼するのは危険だな。
そんなことを考えながら、俺は粉々にした骨が散らばる道を進む。
その後ろを、オフィーリア、イリスと続いてくる。
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スケルトン。
討伐難易度:☆☆
ゾンビに並ぶ最下級の不死者。
骸骨を意味するスケルトンという言葉通り、骸骨姿である。
より細かく「スケルトン・ソードマン」や「スケルトン・スピアマン」など、持っている武器で名称を変更することもあるが、基本的な能力は大差ない。死霊魔術師などに操られていない野生のスケルトンは生者に対する憎しみを抱きながら、がむしゃらに攻撃してくるだけの存在だ。ゾンビに比べて耐久力がないかわりに、敏捷性は向上しているが、生前の技などを使うことはない。あくまでも本能的に攻撃してくるだけなので、その動きは直線的で読みやすい。新米戦士の相手にはちょうど良いともいえる。数が多ければ、神官の祈りで退散させることも可能だ。
スケルトンのほとんどは、大した相手ではないが、より長い年月を生き延びて、怨念を溜め込んだスケルトンは「スケルトン・ナイト」や「スケルトン・メイジ」と呼ばれる存在に変化する。これは通常のスケルトンとは比べ物にならない脅威であり、討伐難易度も☆5程度まで上昇する。死霊魔術に詳しい賢者学院のネルキス教授によれば、時間を与えることで更に上位のスケルトンに変化すると語ってくれた。
死者の細やかな名誉と生者の安寧、そして冒険者ギルドからの評価のため、冒険者諸君には是非とも、この哀れな不死者を安らかに眠らせてほしい。
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