6話
「間もなく射程でございまする!」
船首に立った物見がそう叫んだ。
すると将吉はおもむろに船首へと向かうと軍配を振り上げた。
「右舷、櫂止め」
将吉はそう命ずると右舷にいた漕ぎ手共は櫂をとめ、水中へと入れた。
対して左舷は変わらず漕ぎ続けるため、右側へと急速に旋回を始めた。
「両舷、櫂止め」
敵に対し、完全に側面を向けた時点で将吉はそう命じた。
するとすぐに旋回は停止し、その場で船は停まった。
なおも敵は近づいてくる。
「弓隊構え!」
近づく敵に対し、将吉は敵に向けている左舷側に弓兵を集めさせた。
「放てぇぃ!」
そう言い、采配を振り下ろす。
放たれた矢は一斉に向かってくる関船へと殺到し、突き刺さった。
かに見えた。
「楯に防がれましたね」
正成は敵の様子を見てそう呟いた。
つられて正成がそちらを見ると甲板にはいくつもの木の板が並び、兵たちを防護していた。
「炮烙か?」
正成の言葉を聞いた将吉はそう尋ねた。
矢がだめならば炮烙は。
「炮烙を投げ込んだ後は乱戦になりますよ」
正成はそう言って忠告した。
同じ関船であっても敵とこちらではいささか大きさに差がある。
村上軍の船はは速度を重視しているが、大祝軍のは搭載人数を意識したつくりになっている。
乱戦になれば村上軍に勝ち目はない。
「俺は武士である以上に船乗りだからな」
将吉はそう言って、新たなる命令を下した。
「右舷、櫂止め! 左舷前へ!!」
それは船首を右に向ける指示であった。
船尾を敵に向け、逃げる姿勢をとる。
将吉の命令を聞いた正成は眉をひそめた。
「逃げるのですか?」
彼の問いに将吉は「まさか」と笑うとこう続けた。
「潮時だよ」
そう彼が笑った瞬間、船首方向から潮が流れ始めた。
潮で船が流されそうになる。
「両舷前へ!」
将吉が采配を振り下ろすと、潮流に逆らい、船は前進を開始した。
「逃げるかっ!」
敵の動きを見て隆実は唇をかみしめた。
確かに敵にとってみればここらが潮時で引き際でもある。
向かい潮で小型軽量な彼らに大祝軍の大型船では追いつくことはできない。
「……無理なく追え」
渋々、隆実はそう命じた。
戦場も何度か経験した彼だからこそわかる嗅覚が、まだ何かあるとささやいていた。
「敵はどうだ」
将吉は船首に立ち、潮を見つめながら問いかけた。
「ゆっくりと追ってきていますが距離は離れておりまする」
正成の報告を聞いた将吉は頬を緩めた。
初めての戦で、ここまで自分の思い通りに事態が遂行している。
これほど面白いことはないだろう。
「まだ漕げるか?」
将吉はそう尋ねた。
そろそろ水夫たちにも疲労がたまっている頃合いだろう。
しかし、彼の問いに水夫を指揮する長は「まだまだぁ!」と陽気に答えた。
「もうひと踏ん張りぞ!」
将吉はそう叫ぶと、またもや新たな命令を下す。
「右舷櫂止め!」
将吉の命令を聞くと同時に右舷の櫂は水の中で制止する。
左舷は変わらず漕ぎ続けるため徐々に船は右側に旋回していく。
「いかがなさるおつもりですか」
先ほどと変わらぬではないか。
正成はそう心で思いながら尋ねた。
「まぁ見ておれ」
将吉は変わらず船首から前方を睨みながらそう、正成へ返した。
「敵はまっすぐ向かってくる、か」
隆実は敵の動きを見て訝しげにつぶやいた。
「また、同じことをしてくるつもりか?」
隆実は敵を嘲わらった。
2度同じ轍を踏む彼ではなかった。
先ほどは敵がまっすぐ突っ込んでくるものだとばかり思ってそれに備えた兵の配置にしていたが故後手を取ったに過ぎない。
「船を左へ向けろ!」
だとすれば、先に同じことをしてしまえばよい。
船を横に向け、兵どもを右舷に並べ敵を待ち構える。
「構え!」
そして彼は矢をつがえさせた。
「さぁ来い」
向かってくる敵を睨み、隆実はそう笑った。
「敵はこちらを真似てきましたね」
こちらに横腹を見せた敵を見て正成はそう将吉に言った。
先ほどはこちらが一方的に射撃したが、今度はやられる番では?
暗にそう尋ねていたのかもしれない。
「掛かった」
ただ一人、将吉だけは敵の動きを見てほくそ笑んでいた。
そして、水夫たちにこう叫んだ。
「速度を上げよ! 己が力を出し切るのだ! ここが正念場だ!!」
彼の叫びに応じるかのように、漕ぎ手に対して合図を出し続けていた水夫の長がその速度を速める。
「若?!」
正成ははそう驚きの声を上げた。
しかし将吉はそれに応ずることなく船はどんどんと速度を上げていく。
潮の流れも相まって船首では大きな波ができている。
「炮烙を持てぇ!」
今日一番の大声で将吉はそう命じた。
配下にいた兵共も今まで訝しんでいたが、彼の声を聞き飛び跳ねるように動き始めた。
「何をなさるのですか?!」
正成は自らの知見を超えた将吉の行動にそう叫んだ。
敵の関船との距離はもはや20メートルもない。
敵が矢を放ては狙わずとも当たるだろう。
そう、正成は危惧していた。
「当たるかよ」
将吉がそう呟いた直後、敵船から矢が放たれた。
しかし、そのどれもが頭上を通過し遥か後方に落ちていく。
「炮烙を放て!」
敵船との距離が5メートルほどになったところで将吉はそう叫んだ。
次々と炮烙が敵船へと投げ込まれる。
そして将吉自身抜刀し、天高く振り上げた。
「抜刀せよ!」
彼の言葉に応じて、10名の兵士が抜刀する。
そして――
――将吉が駆る関船は、敵船の横腹に突き刺さったのであった。
「乗り込め!」
将吉は振り上げた刀を振り下ろすとそう叫んだ。
村上軍の兵が乗り込む直前、炮烙が爆裂し敵船の甲板を蹂躙した。
混乱する敵船に、10名の村上軍の兵士が乗り込んだ。
隆実は自身の身に何が起きているのか、理解できなかった
迫ってくる敵船に慌てて矢を撃ち込んだのもつかの間、敵が体当たりをしてきた。
衝撃で足がすくんだとこに炮烙が投げ込まれ、甲板が爆炎に包まれた。
一瞬の出来事に何が起きたかのすら理解できずにいると、敵将の言葉が聞こえ現実に引き戻された。
ただその直後には周囲にいた者どもはすでにこの世におらず、ボロボロになった甲板の上に倒れ伏していた。
周囲には未だ煙がたっているが、恐らく味方はもうこの世にはいないだろう。
「これまでか」
隆実はそう呟く。
直後、彼の首に斬撃が加えられ彼は絶命した。
意識を手放す直前に煙がやっと晴れ、目の前に立つ若い武者の姿を視界にとらえた隆実は小さく唇を動かした。
「鬼、め」
その言葉は敵将に届くことはなかった。
「総大将、討ち取ったりぃ!!!」
将吉はそう叫んだ。
もはや初陣だとか、初めての戦だとか前世はただの船乗りであったとか関係なくなっていた。
脳内麻薬が分泌され、その場で為すべきことを将吉は全力で為していた。
彼の雄たけびに呼応するように各地で「将吉様が敵総大将を討ち取られた!」と話が伝播していく。
結果として敵は士気が瓦解。
何とか体勢を立て直した船はすぐに大三島まで撤退し、それ以外の者どもは皆降伏を選んだ。
戦闘終結後、将吉は手早く兵をまとめ武吉のいる能島城へと帰還したのであった。
1545年、世間では天文14年と呼ばれていたこの年の8月に起きたことであった。
おはようございます。こんにちは。こんばんは。
雪楽党と申します。
気が付けばブックマーク80に到達してましたΣ(・ω・ノ)ノ!
今後ともよろしくお願いいたします。
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