4話
「では兄上行ってまいります」
評定の間にて武吉と将吉、そして彼の配下についた武将たちが対面していた。
少し高い座に武吉、一段下がって将吉が座り、その後ろに道兼と正成。
さらに後ろには5名ほど。
将吉に与えられた命令は大物見。
現在で言うところの威力偵察であった。
初陣にしてはいささか危険な任務ではあるが、周囲には道兼を初めてとした優秀な武将がそろっている。
「武運を祈る」
武吉はそう、将吉に言うと傍らに置いていた棒を将吉に放り投げた。
「これは……」
なんとか受け取った将吉はそう呟いた。
棒には金色の装飾が施され、先にはいくつかの糸が垂れていた。
「俺の采配だ。まだ持ってないだろうから貸してやる」
結局、武吉はとりあえずの間将吉を生かすことにしたらしい。
采配を預けるということは家の命運を預けるということであり、必ず生きて帰ってこいという意思表示でもあった。
「必ず生きて帰ってこい」
武吉はそういうと、将吉をはじめ配下の武将たちが平伏する。
頃合いを見計らい将吉は立ち上がると武吉に背を向け、武将たちに向き合った。
「殿のご命令である! 出陣だ!」
そういって采配を振るう将吉の姿に武吉は安堵の念と恐怖を抱いたのであった。
齢10にして初陣である。
それ自体が異常と言えば異常なのかもしれないが、12歳の武吉が当主を務め、立派にそれをこなしていることもまた異常であった。
兼ねてよりの慢性的人不足であった能島村上家。
加えて数年前に起きた家督争いでそれはさらに加速している。
たとえ10歳の幼子であろうと、放置しておくだけの余裕はない。
「将吉様。ご不安ですかな?」
関船へ乗り込んだ将吉に正成はそう尋ねた。
「いざとなればお主がおる。不安はない」
正成の問いに水平線を見つめながら答える将吉。
その姿に正成は感心した。
ただの若武者ではない。
正成の予測通り将吉の心は驚くほど平静であった。
寧ろ、恐怖という感情は一切なく高揚感があった。
久々に海に出れる。
船を自由に操れる。
戦なんぞよりもその感情の方が強かった。
「法螺貝を鳴らせ! 出陣だ!」
将吉は船上に立つとそう叫んだ。
「やはり能島は来よるか」
大祝氏、三島城。
評定の間にて当主、大祝安舎は頭を抱えていた。
3度にわたる大内軍の襲来を防いだこの堅城も今や無残に荒れていた。
「しかし殿。我等は大内を追い返しておりまする。能島如き、敵ではござりますまい」
それに応えたのは家老、越智隆実。
彼の意見に多くの武将たちが賛同の声を上げた。
「しかし、奴らの背後には大内がおるやもしれぬ」
安舎の言葉に多くの者が眉間に眉をひそめた。
その感情の多くはこの臆病者の当主に対する侮蔑の念であった。
「何を弱気になっておられるのですか! 能島相手に籠城など末代までの恥ですぞ!」
隆実は声を荒げる。
彼らがここまで能島村上家を下に見るのはわけがあった。
分裂する前の村上家ですらこの大祝よりも格下であり、低く見られていた。
三家に分裂した今の村上家など恐るるに足らず。
それが多くの見方であった。
「……では隆実よ」
しばし中空を見つめた安舎はそう言葉を発した。
そして何かを決断したように彼を睨み、こう口を開いた。
「関船10艘を持って敵の先陣を討ち果たしてまいれ」
その言葉に隆実は「ははっ」と平伏するとすぐに評定の間を去っていった。
「必ず、生きて帰ってこい」
すでに評定の間を去った隆実に対して安舎はそう呟いた。
その場に残っていた家臣たちは主の心優しさに感動するとともに、この戦国の世で主として仰ぐには頼りないという感触を得ていた。
「将吉様! 関船が10艘でてきやした!」
将吉の乗る関船に1艘の小早が近づき、そう船頭が報告した。
「ご苦労! 他のもすぐに戻ってくるように伝えろ!」
「へいっ!」
将吉の言葉にその船頭は威勢よく答えると船をこぎだした。
今現在関船3艘は島影に身をひそめ、5艘の小早で物見を行わせている。
10人前後の漕ぎ手が息を併せて漕いでいく様は昔の船員時代を思い出させた。
端艇訓練。学校でそういう物もしたなぁ、としみじみ思っていると正成は不機嫌そうにしていた。
「若様。あのような態度をお許しになられては……」
正成の小言に将吉は頬を緩めた。
「瀬戸内の海漢が命に従う。それだけで十分すごいことだ」
将吉はそう言った。
瀬戸内の連中は頑固者が多かった気がする。
そんな風に昔を思い出していた。
「それに、あぁいう礼儀はあるが気兼ねしすぎない部下というのは見ていて心地よい」
10歳とは思えぬ発言に正成は首を傾げた。
「そろそろ行くか」
海を睨みながら、将吉はそう呟いた。
遠くを見れば5艘の小早がこちらへ向かってきていた。
「錨を上げろ! 船を漕げ! 地の利は我等にある!」
将吉はそう叫んだ。
ちょうど、太陽が真上に上がったころであった。
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