3話
「困った……」
兄、武吉から初陣の場を選べと言われた将吉は「暫し考えさせていただきとうございまする」と答え、今に至る。
将吉は部屋に戻るとひと眠りし、翌朝から各地の情報を調べ始めた。
北を見れば大内。
南を見れば河野。
西を見れば大友。
東を見れば細川という4つの大勢力に囲まれている。
これでは大規模な拡張はできない。
そう船丸は確信した。
もうすでに戦など放り投げて蹴鞠にでも興じたい気分であったが、その考えを振り払う。
そして、情報を精査するうちに1つの家に目を付けた。
「どう思う?」
思いついた矢先に道兼が将吉の部屋を訪れたためそう率直に尋ねた。
将吉の言葉を聞いた道兼はまず嫌悪感を示した。
「今や我らは大内と盟友ではありますが……」
先の戦で轡を並べたその家とはすでに縁を切り、現在我が家はその戦で敵であった大内と盟友を結んでいる。
「もともとは盟友ですよ」
なおも反対する道兼に将吉は「それが戦国の世の習いだろ?」と尋ねた。
将吉の言葉を聞いた道兼は口をつぐんだ。
「……それもそうでございますな」
道兼はそう答えた。
「将吉様が行くところに拙者はついていきまする」
道兼は将吉にそういうと平伏した。
将吉はそれを笑顔で受け取ると、地図を手にまとめ立ち上がった。
「兄上に伝えてまいる。道兼、ここで待て」
そういって、将吉は部屋を出ていった。
「して、何処を攻めるのか」
武吉は鶴の間にて将吉に尋ねた。
その表情はまるで幼い少年のようであった。
「はっ。大三島が大祝氏を攻めたく」
将吉の言葉に武吉の眉間がわずかに動いた。
大三島。
それは南、伊予ノ国に居を構える河野氏支流である大祝氏が拠点としている。
過去3度の大内軍の襲来を退けたものの今は疲弊している。
これを突かない手はない、そう考えたのであった。
「河野はどうする」
武吉はそう尋ねた。
さて、ことここに至って戦国の世によくある複雑な親類関係が尾を引いている。
そもそも瀬戸内にある村上水軍というのは3家ある。
来島、能島、因島。
元々1つの家ではあったが勢力争いにより独立。
現在は互いに不可侵の盟を結んでいる。
そしてそのうちの来島が河野氏と盟友であるのだ。
「全て、力でねじ伏せまする」
将吉の結論はそれであった。
所詮、大祝も、来島も。
分家であり、それほどの大勢力というわけではないのだ。
仮に河野氏が海を渡ろうとしてもそこは潮流激しい瀬戸内。
地の利は我々にある。
「面白い」
将吉の言葉を聞いて武吉はそうニヤリと笑った。
そして立ち上がり、将吉を見下ろしながらこう、宣告した。
「村上将吉。お主に大祝氏攻略の先鋒を命ずる。関船3艘と小早5艘を預ける」
武吉のその命令に将吉は平伏する。
関船というのは小回りが利きこの瀬戸内では主力として用いられていて、関船1艘に兵士30人と水夫50人ほどが乗り組む。
小早は関船よりもさらに小さく水夫20名と1名の船頭、そして5名の射手が乗り込む。
「やれるな?」
武吉の問いに将吉は満面の笑みで答えた。
「かならずや」
さて、大祝氏攻略が決まったのだが、それからの間はしばらく鍛錬に勤しむ毎日であった。
刀、弓、軍略。
果ては船同士で使う号令など多種多様な項目を脳に叩き込んだ。
幸いにして前世で船乗りであった将吉は操船については周りが目を見張るほどの成果を出した。
小早は通れるが関船では不可能と言われた狭い島の間も難なく通過し、その才能を周囲に見せつけた。
だが、それと同時に戦の下手さは周囲が呆れるほどであったという。
初陣を控えた3日ほど前の雉の間。
道兼と将吉は戦に備え作戦を練っていた。
「時に将吉様。何故あのような真似をいたしたのですか?」
道兼は将吉にそう尋ねた。
彼から見た将吉という人物は戦下手という印象はなく、むしろ熱心に取り組みどんどんそれを吸収しているようにすら見えた。
「簡単よ。兄上との差を見せなければならなかった」
将吉の言葉に道兼は首を傾げた。
「船については兄より優れているが、戦はやはり兄の方が上手い」
将吉は今日の鍛錬で部下が抱いたであろう印象を口にした。
事実そうであった。
道兼の周りではそんな風に将吉を小ばかにしながら武吉を褒めたたえていた。
「こうすれば兄上とも円満にいく。兄よりすべて劣っていてはやりずらいが兄よりすべて勝っていてもいけない。故にあのようにしたまで」
将吉の言葉に道兼は震えた。
目の前のお方はどれほどまで考えているのか。
底が見えない深淵を覗いているような気分になった。
「楽しみだな」
小さくそう唇が動いたのを道兼は見間違いだと思いたかった。
「そうか、将吉は……」
鶴の間、武吉はある一人の部下から報告を受けていた。
その部下とは真壁正成。
次の戦では副将として将吉を道兼と共に支えることとなっているが、彼にはもう一つの任があった。
「はっ。戦の才は無いように見えまするが、船術は非常に長けておりまする」
武吉にとって、今の将吉はすでに過去の将吉とは違って見えていた。
元の将吉は病弱であり、病に伏したと聞いたときは死を覚悟した。
しかし今はどうだろうか、やったこともないはずの操船を見事こなしたというではないか。
彼の中で、弟という認識から「油断ならざる愉快なるもの」という認識へと変わっているのは必然のことであったのかもしれない。
「よくやってくれた。今後も必ず報告を怠らぬように」
武吉は正成にそう伝え、下がるように命じた。
命じられた正成はそそくさと退出する。
一人残された武吉は頬杖をついてこうつぶやいた。
「さて、生かすか殺すか」
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