2話
「反対ですな」
能島城、鶴の間にて将棋盤を囲み二人の男がにらみ合っていた。
「あまりにも早すぎるかと」
そう口にしたのは村上隆重。
能島村上家の筆頭家老でもある。
「駒は多いほうがいい」
茶菓子を口にしながら言ったのは能島村上家当主、村上武吉。
幼い頃に菊池家へと預けられており、将棋をはじめ軍略に精通している。
「本人にはそのつもりがなくても、周りにそそのかされ謀反を起こされますぞ」
隆重はそう言って踏み込んだ手を指した。
「なれば俺が手綱をよく握ればよいだけのこと」
武吉はひらりと隆重の攻めを躱す。
その手を見て隆重は暫し考え込むと、尚も踏み込んだ。
「それに、いずれかはやらねばならぬことよ」
敬重の攻めを無視し、武吉はそう続けた。
予想外の攻めに隆重は動揺し、武吉に言葉を返す暇はなかった。
「烏帽子親はどなたがするのです?」
必死に絞り出した手でもって武吉の攻めを受け流すと、そう尋ねた。
武吉はその手を待っていたといわんばかりにさらに踏み込んだ一手をビシッと指すと、そのまま隆重に笑いかけた。
「俺がやる」
「一体、殿は何を考えているのでしょうか」
元服の儀当日。
道兼はそう言って船丸に悩みをぼやいた。
「まぁそういうな、兄上も何かお考えがあるのだろう」
そういって船丸は冷静に道兼のぼやきに答えた。
どうもこの光景は滑稽なもので。
本人であるはずの船丸は酷く落ち着いていて他人行儀。
ただの守役である道兼は自分事のようにそわそわしている。
はたから見ればどちらが元服するのか分かったものではない。
「して、新たな名はお決めになられたのですか?」
道兼はそう船丸へと尋ねた。
すると船丸はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに笑うと後ろに置いていた和紙を道兼の前でバッと広げた。
「おぉ。善き名ですね」
船丸の出した和紙は本来であれば元服の時にのみ見せる者であるが今回は特別であった。
わずか数日の記憶しかない船丸だが、その中でも道兼は随分と船丸を助けた。
「だろう。兄上を支えるという意思だ」
この時代の名前としては少し異質かもしれないがと内心船丸は笑った。
船丸は隆重の危惧していたことを感じ取り、兄を支えるという意思を名でもって鮮明にしようとしていたのであった。
「道兼。初陣とはどのようにすればよいのか?」
船丸は名前の書かれた和紙を床に置き、道兼にそう尋ねた。
道兼はその問いに眼を瞑り、静かに答えた。
「指揮などできたものではございませぬ。なすがまま、時に従えばよろしいのです」
「そういうものか」
船丸はそう心配そうに尋ねた。
今彼の中にある人格はただの客船の航海士。
自衛官とは違って戦闘訓練などしたことがない。
「必ず、拙者がお支え申し上げまする故」
道兼はそう言って平伏した。
今は守役である道兼だが、元服後も傍衆としてよいと武吉が言ってきたのであった。
「船丸様。皆々様がすでに評定の間にてお待ちでございまする」
外から武吉の小姓がそう船丸へ伝えた。
うむ。と船丸は答えると立ち上がった。
「若様」
立ち上がった船丸に道兼は声をかけた。
「あの名前、何と読むのでございますか?」
その問いに船丸はニィッと笑うと、胸を張って答えた。
「村上 将吉」
その名は兄武吉の将兵として支えるという強い意志の表れであった。
元服の儀は粛々と執り行われた。
またその後、船丸の元服に続き、何人かの配下にいた武将の子達の元服も行われた。
昼間には静まり返っていた者どもも夜の宴会になると早変わり。
今頃、酒宴でもしていることだろう。
対して船丸と武吉は鶴の間という武吉の執務室で向かい合っていた。
「船丸……。いや、将吉か」
「はっ」
武吉は将吉に声をかけると地図を広げた。
「瀬戸内が海だ。これをお前につかわす」
現代で言うところの海図であった。
もちろん精度は全くないと言ってもよいが、それでも潮流や、島々が事細かに記されていた。
「これは能島村上家一門衆にのみ許されたものである。決して無くさぬように」
武吉はそう言って念を押した。
それに将吉は「ハッ」と平伏した。
「男になったな」
武吉はそう言って将吉に手を添えた。
「兄上のおかげでございまする」
この武吉もまた、道兼と同じく将吉をよく助けていた。
将吉の言葉に武吉は苦笑いすると「堅いな」といった。
「兄上とは違い、上に立つものがおります故」
「そうか」
将吉に言葉を聞いて武吉は小さく笑った。
元々武吉は直系の子ではない。
叔父である義雅が早世したため一時的に武吉の父である義忠が家督を継ぎ、彼の死後は従兄と激しい家督争いを繰り広げここにいる。
故に謀反は一番恐れているだろう、そう将吉は予測しての発言であった。
「して、将吉よ。どこを攻める?」
突然、武吉はそんなことを聞いてきた。
思わず将吉は呆然とする。
そして武吉はニヤリと笑うとこう言い放った。
「お前に初陣を選ばせてやる」
無理難題を押し付けられたのであった。
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