27話
静かな城の一角で、将吉。
否、宗貞は縁側に座って空を見上げていた。
「よいか、幹千代。戦で大事なのは――」
縁側に座った宗貞の言葉に枝千代と幹千代は息をごくりと呑み込んだ。
この歴戦の兵が何を語るのか、首を長くして待ちわびる。
「とにかく、兵を多く集めることだ」
身もふたもない言葉に幹千代は呆れた。
目の前のこの宗貞は初陣にして寡兵でもって敵の総大将を討ち取ったというのに、何を言っているのだろうかという顔を枝千代は向けている。
「よいか。一騎当千の兵を高禄でもって雇うくらいなら、1500の兵を雇え」
ムッと眉を顰める幹千代。
「ではなぜ、我等は武を鍛えるのですか」
幹千代の問いに宗貞は大きく笑った。
その問いはあまりにも若く、そして勇猛であった。
「よいか、兵共は武がない。武がなければ人を従えられぬ。故に、武あるものが兵を従える」
宗貞のことばに幹千代は納得していないようであった。
対照的に枝千代は何かに気が付いたようだ。
「一騎打ちの時代は終わり、将が敵と戦う時代は終わったのだ」
そう言った宗貞の眼光は鋭く光り、未だに若さを感じさせていた。
胸の奥底でまだ戦えると主張しているようだった。
「こら、爺。なに若い子の夢を奪ってるの」
そんな宗貞を諫めるように一人の女性が声をかけた。
「事実だろう?」
なれたやり取り。
皆がそちらに視線を向けると初老の女性が立っていた。
歳は宗貞よりも少し年上なのにもかかわらず、未だに30か40そこらにしか見えない風体は老いを感じさせない。
「婆様ではありませんか」
孫の常がそう声を上げた。
するとそれに続いて幹千代も「婆様!」と表情を明るくさせた。
「婆様って……」
常と幹千代の反応を見て少し悲し気にしたのは宗貞の妻、小春であった。
「何の話をしてたの?」
小春は宗貞にそう尋ねると、宗貞は「ただの昔話だ」と微笑んで答えた。
すると小春も縁側に腰かけると「では、その続きを話しましょう」と笑っていった。
1551年某日。上関城。
「そこの船! とまれ! とまれ!」
5艘程度の廻船が来たのを確認した、上関城にいた兵は関船を出すといつも通り帆別銭を徴収しようと船に近づいていった。
「旗印を見るに大内か」
「厄介にならねばよいが」
兵たちはそう口々に言いながら近づいていく。
だが、どうも様子がおかしい。
相手の船を動かしているであろう人間の姿が見えないのだ。
「おーい! 誰かいるだろ!」
ある程度近づいたところで兵が声をかけるも、それに応じる者はいない。
「どういうことだ?」
兵たちは顔を見合わせて困惑する。
まさか無人ではあるまい。
「よいよい、乗り込んでしまえばわかること」
船の長がそう言った瞬間、大内方の船に動きがあった。
何やらぞろぞろと兵士が出てきたのだ。
そして――
「放てぇぃ!」
大内の兵は有無を言わずに上関城の関船へと銃撃を加えたのであった。
「申し上げます! 先日、大内が手勢により上関城は陥落! 城主、村上義清様お討ち死に!」
夜陰に紛れ上関城を発した小早が能島に着くと武吉は怒りと共に扇子を地面にたたきつけた。
「なんだと! すぐに戦の用意をいたせ!」
大内とは今まで盟友の関係にあったが、全てこれで解消されたこととなる。
こぶしを握り締めた武吉は使者に怒鳴った。
「敵の数は!」
「廻船5艘が宇賀島水軍が関船10艘に小早30艘と合流した模様!」
敵の数を聞いた武吉は鼻で笑うとこう命じた。
「将吉に迎撃させよ!」
「殿、大内の軍勢を迎撃せよとのことでございまする」
将吉のもとに使者が届いたのは早朝のことであった。
武吉からの命令を聞いた将吉はすぐさま「出陣致す! 全ての船を出せ!」と命じ、自身はいち早く安宅船へと向かったのであった。
現在、三島城の兵力は安宅船が1艘。関船が15艘。小早が20艘の合計1800ほど。
対する宇賀島水軍は1500ほど。
僅かに将吉の軍勢が上回っている。
「道兼! 関船15を預ける故先鋒と致せ!」
将吉が道兼にそう命じると彼は平伏した。
「時隆! 小早20艘を預ける。敵の後方を攪乱せよ!」
同様にして将吉の命令に時隆は平伏し「畏まりました」と答えた。
そして二人を見るとこういった。
「久しぶりの戦だ。必ず勝つぞ」
将吉の言葉に二人は「ははっ!」と答え、平伏したのであった。
「殿は何を考えておられるのだ……」
宇賀島水軍の長、宇賀島規義は頭を抱えていた。
今や大内は配下にいたはずの毛利が独立の機運を見せ、窮地に立たされている。
また、配下にいる陶晴賢が燻っている。
それを打開するために、米2000石を船に満載し朝廷へと献上する策にでた。
確かにこれが成功すれば大内家の権威は取り戻せるかもしれない。
だが、規義にとってこれが成功するとは到底思えなかった。
「敵は河野を撃退した能島だぞ……」
規義がいくら嘆いたところで事態が好転するわけでもない。
それでも嘆かざるを得なかった。
「殿! 村上の船が現れました!」
前方の偵察に出していた小早が戻ってきてそう報告する。
「先方は飯田道兼! その数650!」
予想外に兵が少なく規義は安堵した。
村上家は現在10000ほどの兵を蓄えていると言われている。
そのすべてが出てきては太刀打ちできないが、こちらに向かってきたのはあまり多くないらしい。
「総大将は?」
規義はもしかしたら勝てるかもしれないと淡い期待を抱いてそう尋ねた。
「村上将吉とのこと!」
その瞬間、規義は激しい眩暈に襲われた。
村上将吉。
十年ほど前に大祝から奪った三島城を拠点に活動する武将で、わずか数年のうちに数千を超える兵を蓄え、伊予一の経済都市を作り上げた人物でもある。
加えて、安宅船を有する数少ない人間でもある。
「殿! いかがなさりまするか!」
配下の将がそう言ってきてようやく規義は現実世界に引き戻された。
そしてはっとした。
自分には戻るという選択肢はないのだと。
嫡男を大内に人質として取られている以上、不穏な動きはできない。
「魚鱗の陣と致す! 廻船は後ろに留め置け!」
規義がそう命じると兵が「応!」と答え、太鼓が打ち鳴らされた。
「将吉、かかってこい」
規義は水平線の先に見え始めた村上軍に対しそう呟いた。
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