20話
「……房実も、道興も討ち取られたか」
湯築城にて道宣はそう呟いた。
評定の間にいる人間も戦の前にくらべ三分の二ほどに減っている。
「もはや、水軍は残っておりませぬ」
そう進言してきた言葉に道宣は溜息と共に応えた。
「関船が2艘。小早が5艘か」
それが、帰還したすべての軍船であった。
他は消息不明。
恐らくは敵に捕らえられたのだろう。
「殿! ご報告がありまする!」
評定の間に一人の兵が慌てて駆け込んできた。
「なんじゃ?」
けだるそうに尋ねる道宣にその場にいた全員が同情した。
だが、兵士のもたらした報告はさらに事態を深刻にさせた。
「三島勢、甘崎勢合計2300の村上軍が湯築沖に出現致しました!」
「2300じゃと!」
思わず道宣は立ち上がりそう尋ねた。
この湯築に抑えとして残っているのが500ほど。
攻め寄せられればひとたまりもない。
「籠城の支度をせよ!」
気力を取り戻した道宣はそう命じた。
だが、この時道宣はある程度状況を楽観視していた。
今や落陽の河野と言えど本拠である湯築城は堅城である。
数日間の籠城には軽く耐えるだろう。
対して敵は洋上に陣を構えている。
食料など、数日で尽きる。
彼はそう考えていたのであった。
しかしその考えは悪い意味で裏切られることとなる。
「何故敵は退かぬのじゃ!」
湯築沖に能島の軍勢が現れてから7日が経過した。
それでもなお、敵は錨を下ろし湯築を包囲している。
数日間であれば弊害はなかったが、こうも長く続くと海運に大きな支障をきたし始めている。
城下はにぎわいを無くし、いつ上陸するとも限らない敵に怯えている。
「……もう少し、もう少しでいなくなるはずじゃ」
道宣はいい意味でも悪い意味でも常識人であった。
彼の常識の中では水軍というのは長く同じ場所にとどまることができず、数日すれば生活に必要な物資を切らしてしまうという認識だったのだ。
だが、村上軍は道宣が音を上げるまで。
合計して20日間も湯築沖にとどまり続けた。
「若、本日最後の便が到着し申した」
「手はず通りに分配せよ」
道兼からの報告を聞いた将吉は湯築城を睨みながら下知を下した。
この間作った荷船が役に立っている。
今回湯築城を包囲している軍勢は小早がその半数以上を占める。
しかしながら小早は2日以上連続して港から離れて行動するのはほぼ不可能であり、城攻めにはまったくもって向かない。
と、されてきた。
しかしどうだろうか。
将吉と小春で造り上げた荷船には400石を積むことができ、これは30000もの兵が1日で消費する食料と同じ重量となる。
もちろんこれ以外にも水や矢、松明などを積むが、それでも2300の兵を食わせていくには十分な兵糧を運ぶことができる。
「ふふ、小春がいなければどうなっていたことか」
湯築を睨んだまま、そう呟いた将吉の頬は笑っていた。
包囲開始から20日後。
遂に道宣は音を上げた。
自身は関船に乗り、3艘の小早を伴って湯築を出た道宣は将吉率いる2300に護送され、一路能島城へと向かった。
そして、武吉と道宣は対面を果たすこととなる。
「河野道宣である」
敗軍の将ではあるが、家格は道宣の方が上。
決して頭を下げることはなかった。
「村上武吉でございまする」
対して武吉は1段高い当主座から道宣を見下ろしながら頭を下げた。
その様子を見て隆重はほくそ笑んでいた。
この両者の挨拶だけで、二人の人格が見えてきたのだ。
今の地位は高くないが、過去に囚われて自尊心だけは立派な道宣。
河野に勝ち、実力も勝っているが家格を敬い、自尊心のない武吉。
恐らくこの構図は多くの家臣も勘づいているだろう。
「この度は、村上殿と和睦を結びたく参上した」
あくまでも自尊心を貫く道宣の言動に武吉は頬を歪めたが、何とか隠しおおせた。
「ふむ。では条件を提示させていただく」
「応じられる範囲で受け入れる」
武吉の言葉に道宣はそう横柄に答えた。
彼の態度はおおよそ敗軍の将の態度ではなく、むしろこちらが負けたのではという幻覚を抱いてしまうほどだった。
「来島城を我等の所領と認めていただきたい」
「……は?」
武吉の言葉に道宣はそう間抜けな声を出した。
その様子を見て武吉は隆重にニヤリと笑った。
この戦、能島の勝利ではある。
かといって四国に城を持つほど今の村上家に余裕があるわけでも無い。
「来島城は河野様から通康に貸しえていた城故。正式に我等の物と認めていただきたい」
河野家ではすべての家臣は道宣の直参であり、城もまたすべて道宣のものとされていた。
遅れて河野に臣従した通康は一度、来島城を道宣に謙譲してから城代として任命されるという形式をとっていた。
故にこのままでは不法占拠と同じなのだ。
「……解り申した。飲みましょう」
道宣の返答を聞いた武吉は満足そうに頷くと杯を用意させ、そこに自らの手で酒を注ぎ、道宣へ手渡した。
「我等の新たな門出に」
「乾杯」
二人はそう言って声を併せると杯を煽った。
この日をもって河野と村上家は和睦した。
こんばんは雪楽党です。
漸く20話に到達いたしました。
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