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19話

「なんだこれは!」

 房実はそう叫んだ。

 前からは武吉の軍勢。

 後ろからは隆重の軍勢。

 挟み撃ちを喰らっていたのだ

「村上武吉。ここまで読んでいたのか?!」

 忌々し気に呟いた房実。

 だが、悔やんでいる暇は彼にはない。

 今この瞬間、兵は次々と死んでいっているのだ。

 河野の未来のため、彼は屈辱的な決断を下さざるを得なかった。

「撤退! 撤退するぞ!」

 房実の言葉に多くの兵が同じことを繰り返した。

 そうして、房実の激しい撤退戦が始まったのであった。


「ともかく西へ漕げ!」

 南からは隆重の軍勢、東には武吉の軍勢、北には甘崎城がある以上、河野軍の活路は西以外になかった。

 本来であればこの西も将吉がおり、活路足りえなかったが今は違う。

「使者を送って正解だった」

 房実は地図を見つめながらそう呟いた。

 何故か敵は追撃の手を緩めつつ、ただ追うだけだった。

「どれほど残った」

 房実は敵の追撃が緩んだのを見計らって周囲の兵に尋ねた。

「関船2艘と、小早が10艘にございますれば……」

 それを聞き房実は己の耳を疑った。

 つい先ほどまでは3000もいた部下が今や500。

 無情にも突きつけられた現実を、受け入れたくはなかった。

「殿、兵は疲れております。このままでは湯築へはたどり着けませぬ」

 兵の言葉に房実は言葉を詰まらせた。

 情けない。そうは言えなかった。

 数時間にわたり漕ぎ続けている彼らを誰が否定できようか。


「三島に使いを送れ。一晩だけ世話にならせてくれと」

 

 渋々房実はそう言った。

 


「若、河野より使いが再度参りました」

 将吉はその報告を聞き、詳しく話を聞いた。

「一晩だけ、世話になりたい。だそうです」

 兵の報告を聞いた将吉は口角を吊り上げた。

 満面の笑みを張り付けるとこう返した。

「房実殿にこう伝えよ。『我等恩義は忘れず。喜んで歓迎いたす』と」

「はっ」と平伏した兵はすぐさま外へと駆けていった。

 そのやり取りを見ながら時隆は眉間にしわを寄せていた。

「よろしいのですか? 仮には相手は『あの』平岡房実ですぞ」

 時隆の問いに将吉は外を見つめたまま笑顔でこう答えた。


「あの、房実だからこそだ」


 夕日に照らされた将吉の姿を時隆は武吉と一瞬見間違えた。

 


「おぉ、お待ちしておりました」

 房実たちは三島城のすぐ近くにある係船場に船を止めるとよろよろの足で三島城へと向かった。

 彼らがたどり着くと着物姿の道兼が待っていた。

「喉もお渇きのことでしょう。ささ」

 道兼の背後から小姓たちが出てきて、房実をはじめほとんどの者に水を配る。

 それに感涙したのか、多くの者たちは涙を流している。

 今日1日、延々と戦い続けた彼らにとってこの水は命の水に等しい。

「間に合わせではございますが、酒宴も用意しておりまする。よろしければ」

 そういって道兼は門を開いた。

 房実はその行動に驚愕した。

 河野軍の兵達は満身創痍とはいえ具足を整え、武器を持っている。

 対してこの目の前にいる道兼は平服で、持っているものと言えば小太刀程度。

 我等にその気があればこの城を乗っ取ることも出来る。


 それを承知で、こうしているのか。

 だとすれば、相手は――。

 

「いかがなされた?」

 配下の兵たちは我先にと門の中へと吸い込まれて行き、房実は取り残された。

 小姓たちは兵たちに続いていったようで、この場には道兼と房実しかいない。

「我等が乗っ取るとは思わぬのか」

 そう尋ねた房実に、道兼は微笑んで答えた。


「房実殿は裏切られますまい」

 

 自信ありげに笑う彼に、房実はゾクッとした。

 何を考えているのか解らない。

 そう感じたのであった。

「では、失礼いたす」

 ここで退いては武士の名折れ。

 そう思った房実は勇気を振り絞り門の中へと足を踏み入れたのであった。


 彼が踏み入れた後の門は外部からの侵入者が入らぬよう。

 固く閉ざされたのであった。



「なんと!」

 房実が案内された酒宴の間ではすでに多くの兵が酒を浴び、村上家の者と語り合っていた。

 見渡せば皆若く、聞けば城主将吉の小姓としてここに配された者が多数を占めるのだという。

 これならば皆も気兼ねなく武勇を誇れるものだ。

「おぉ、房実殿ではありませんかな!」

 その酒宴の奥からそう若い声が房実を呼びかけた。

 声の主は尋ねるまでもない。

「もしや、将吉殿ですかな?」

 房実の問いに将吉は「如何にも」と笑い、手招きした。

「噂には聞いておりましたが、お若いですな」

 将吉の対面に座った房実はそう笑った。

 それに「つい数年前に元服を済ませたばかり故」とはにかんだ。

 どうやら彼はまだ酒は飲めぬようで、水を飲んでいる。

「この度はまことに感謝致す。なんと礼を言って良いのか……」

 房実の言葉に将吉は「ご心配なさるな。我等、恩義でこうしたまで」と笑って答えた。

「その、恩義とは何でござるか? 失礼ながら、身に覚えなく」

 房実は兼ねてより気がかりだったことをここぞとばかりに尋ねた。

 恨みを買うことは会っても、恩を与えた覚えはない。

 心配そうな顔をする房実に将吉は「聞けば、此度の戦は房実殿が献策なされたとか」といった。

「内側から村上家を切り崩そうとしましたが、武吉殿がおつようございました」

 そういって笑った房実の横顔はさみしそうなものであった。

 この戦で、多くの者が討ち取られた。

 彼らのことを思い出しているのかもしれない。

 ちょうどよく酒も回ってきて少しばかり感傷的になってきた。

「我等に謀反の意があるという流言を流したのも房実殿ですかな?」

 将吉がそう笑いながら尋ねてきたものだから房実はうっかり「そうでございまする」と答えてしまった。

「見事な策にござった」

 感服したように平伏する将吉に房実は「それでも負けてしまいましたがね」と自嘲気味に笑った。

 そんな彼に将吉は手を添えるとこう囁いた。


「次の戦は冥途で、お楽しみくだされ」


 房実の聞いた最後の言葉であった。

 将吉は手に隠し持っていた短刀で房実の心臓を一突きした。

 周りは酒におぼれており将吉の行動には気が付いていないようだ。

 そして将吉は手を振って合図を出すと、ふすまがバンッと開け放たれ兵がなだれ込んできた。

「討ち取れ!」

 起ち上って怒鳴った将吉に兵達は「応!」と答えると次々に河野家家臣を討ち取っていった。

 酒に酔った河野家の者どもはろくに抵抗することも出来ず、次々と絶命していく。

 将吉は足元に倒れる房実を見つめてこう答えた。


「どちらにも加勢はいたせぬが、敵にならぬとは言っておらぬ故」


どうも皆さまこんばんは雪楽党です。

腹黒い将吉とか、汚い将吉とかいろいろ言われるかもしれませんが、ご容赦ください。


さて、ブックマーク1000に到達した番外編の話なんですけど、明日投稿できると思います。

どうぞご期待ください。

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