18話
「放てぇぃ!」
河野軍の前進を受け、武吉は船上でそう命じる。
互いに距離を保ちつつ、距離を維持する。
「こちらには来ぬ、か」
お互いに潮に流されずに弓を射ることで精一杯なのだ。
何かを仕掛けるだけの余裕はない。
「敵総大将は誰だったか」
武吉はふと、そう尋ねた。
近くにいた兵は間髪入れず「平岡房実でありまする」と答えた。
「平岡房実。慎重な男だ」
そう呟いた武吉の表情は歪んでいた。
「そろそろ、攻めねばならないか」
房実は敵を見つめながらそう呟いた。
無理にどこかの敵が突出してくれればそこから切り崩せたが、その様子は見られない。
「流石は村上家といったところか」
忌々し気に呟いた房実は新たなる命令を発した。
「射かけるのは辞めよ。食事と致す」
あきらめるようにそう笑った房実の命令はすぐさま全軍へと伝えられ、河野軍は一時撤退した。
ただ、現地には数隻の小早が残され、村上軍の奇襲を防いでいた。
後方へと下がった河野軍は損害の確認と、隊列を組みなおし食事を摂った。
同時に村上軍も小早3艘を残し、能島城へ帰還。
補給を受けたのであった。
「陣を保て!」
房実は船上でそう激を飛ばす。
河野軍は3列の横隊を形成し、村上軍へと突進していった。
房実は先頭の関船に乗り指揮を執る。
最前列には関船15艘。
二列目には30艘の小早。
最後尾には関船5艘と20艘の小早が続く。
「放て!」
敵との距離を見計らい、采配を振り下ろす。
対する村上軍はこれに船を密集させ、魚鱗の陣を作ることによって対抗。
「2の隊! 左右に分かれよ!」
房実はそう言って背後に控えていた小早30艘を左右へと向かわせた。
見る見るうちに陣形は鶴翼へと変化していく。
圧倒的な戦力差で鶴翼と魚鱗がぶつかった場合。
鶴翼の陣が負けたという例は全くと言っていいほどない。
3000対1500、過去の例を見ても、2倍の戦力差で鶴翼が負けた例などない。
「村上武吉よ、どうする」
敵陣の動きを見ながら房実はそう笑った。
「なるほど。これは使える」
武吉は敵の動きを見ながら静かに笑っていた。
最前列の関船で敵を拘束しつつ、小早を左右に展開させる。
中央から切り崩そうにも中央は敵が2列。
「では、こちらは正攻法で行くとしよう」
武吉はそう笑い「太鼓を鳴らせ!」と怒鳴った。
ドンドンドンと3回低い音が戦場に響き渡る。
「お前らも行くぞ!」
そういって武吉は怒鳴り上げると船倉の水夫たちが「応!」と応えた。
「前進せよ!」
武吉は振り上げた采配を振り下ろした。
左右に展開した小早を相手するわけでもなく、中央を目指した。
「小細工もなんもいらねぇ! 敵をただぶち殺せ!」
そういって叫んだ武吉の頬は弧を描いていた。
「敵はまっすぐ突っ込んできまする!」
物見の兵がそう恐怖と共に叫んだ。
何故だ。
何故2倍の敵に突撃してくる?!
一瞬動転した房実であったが、すぐに平常心を取り戻し采配を振るう。
「包み込め!」
奇しくも状況は来島沖での戦いのような様相を呈していた。
「落ち着いて包囲すればなんとでもなる!」
そう命じた房実を妨害するかのように、彼の船へ炮烙が投げ込まれる。
慌てて身を伏せた房実に敵は容赦なく乗り込むと甲板上で激しい白兵戦が繰り広げられる。
「敵は寡兵ぞ! 押しかえせ!」
自らも太刀を抜き応戦する房実ではあるが、劣勢。
河野軍の兵は炮烙により混乱し隊列が維持できていない。
「殿ォ!」
しかしその窮地もすぐに脱した。
房実の関船に横づけした村上軍の関船の反対側に河野軍のほかの船が横づけしたのだった。
すぐさま30名ほどの兵が飛び乗ると村上軍の関船で白兵戦が繰り広げられる。
「今ぞ! 押し返せ!」
呆気にとられる村上軍の兵を切り伏せた房実はそう叫んだ。
応じるように兵が槍を突き出し、乗り込んできた村上軍の兵を突き落とす。
「逆襲じゃぁ!」
房実がそう叫ぶと兵たちは「応!」と応じ逆に村上軍の関船へと飛び乗った。
「何とかなるだろうか」
ふと周囲を見渡した房実はそう呟いた。
敵に安宅船こそいるが、それもなんとか撃退できているようだ。
中央の戦列は崩れ、乱戦に持ち込まれたが数の利を生かしてなんとか押し返し始めている。
「あと一押しじゃ!」
そう叫んだ房実。
だが、彼はその視界の端で後方から赤い色の狼煙が上がっているのを目にしてしまった。
「ご報告申し上げます! 敵、村上隆重が軍勢が後方より迫っております! その数800ほど!」
「蹴散らせぇぃ!」
隆重は先陣を切りそう叫んでいた。
背後より迫った隆重は兵たちの上に木の楯を用意させ、すれ違いざまに炮烙や火矢を喰らわせるという戦法を使用。
瞬く間に敵の最後尾を蹴散らし、房実めがけて突進した。
兵は僅か800だが、潮に乗り勢いがついている。
それに敵はもはや集団としての規律はない。
隆重は後方でやや孤立気味の関船に船首を向け、それを敵船に当てると、自身が先頭となって飛び込んだ。
突然の事態に呆然とする河野の兵を切り伏せる。
「我が名は真壁忠直! 尋常に勝負いたせ!」
そういって目の前に現れたのは中年の武士。
「我が名は村上隆重。弟共々討ち取ってくれるわ」
名乗りを上げた隆重に忠直は目を見開いた。
弟、右近の仇が目の前にいると聞き彼は激昂し、上段から切りかかった。
「若い」
隆重はその斬撃を軽くいなすとそのまま首を切りはねた。
「真壁忠直。討ち取ったり!」
隆重は舳先に立ち、そう叫んだ。
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本当にありがとうございます!!
今後とも、頑張っていきますのでよろしくお願いいたします。
この戦もあと3話程度で終わる予定ですので、どうぞお付き合いください。




