16話
「殿! 左右より敵が迫ってまいります!」
慌てた様子で物見が報告してきたのを道興はどこか冷めた目で見ていた。
左右から敵が来るということはそれだけ敵は薄くなっているということ。
中央を突破するまたとない機会であるのだ。
「構わん! 狼煙を上げよ、色は赤! 突撃だ!」
道興はそう叫んだ。
彼にとってここまではある程度予想していた。
弓兵の攻撃が当たらないのも、多少予測はしていた。
少々予想を超えている面もあったが、それでも動転することなく彼は船の上で毅然と立っていた。
「攻め立てよ」
敵は関船と小早だけで構成されている。
乱戦になれば勝利は確実だ。
そう道興は笑っていた。
「初戦は我等が勝ちをいただく」
「敵が向かってまいります」
舳先にたった物見がそう報告してきたのを隆重は静かに聞いていた。
道興がほくそ笑む中、隆重もまた笑っていた。
「よぉく引き付けよ」
向かってくる敵を睨みながら隆重はそう命じた。
この戦に隆重は先の戦で使用した新兵器を持ち込んでいた。
鉄砲であった。
この時代の鉄砲は眩暈がするほどに高価なものであるが、この戦では100丁もの鉄砲を特別に用意していたのであった。
各関船に鉄砲手が10名ずつ乗り組み、さらにその中で5名ずつの組を作った。
「……頃合いか」
敵船との距離が50mを切った頃、隆重はそう呟いた。
「者ども構え! この戦、うぬら次第ぞ!」
隆重の咆哮に応じるように鉄砲衆は銃を構える。
周囲に火縄の焦げる匂いが充満する。
「放てぇ!」
隆重がそう命じると5名の射手が引き金を引いた。
それはほかの関船も同様であり、合計50発の銃弾が放たれ、周囲に煙が立ち込める。
「後の列構え!」
すぐさま隆重はそう命令すると別の5名が銃を構える。
「放てぇぃ!」
周囲を包む煙が晴れぬうちに隆重はそう素早く命じた。
5名の射手は素早く装填を行う。
その間にまた、別の5名が射撃準備を終えていた。
「放て」
今後は落ち着いた様子で隆重は静かに命じた。
「何が起きた!」
突然の出来事に道興は動揺していた。
敵の炮烙、火矢、小早による奇襲。
あらゆる状況を精査して彼はこの戦に臨んでいた。
これはまさしく軍師としては優れたる能力だった。
だが、1つの軍勢の指揮を執るには些か不要の技術だたった。
大将として必要な能力は『予想外の事態に素早く適応する技術』。
それだけである。
だが、道興はそれが欠如していた。
予想外の事態に動転するばかりで、指揮を執れずにいた。
結果として突進していた彼ら河野軍は突如受けた銃撃に満足な対処もとることができず、敵の中央へと突進してしまう。
だが、度重なる一斉射撃によって勢いを殺されたそれはもはや突撃とは言えなかった。
煙の中で右往左往する彼らに村上軍は容赦なく炮烙を投げ込み、次々と沈めていく。
「なぜだ……」
孤立した道興の安宅船は頭からの命令を失い、ただ漂流していた。
その甲板上で道興はつぶやく。
「なぜ、なぜ、なぜ。すべて計算した。すべて予想した。すべて想定した!」
そういって涙を流しながら叫んだ。
「なぜ負ける! 何故だ! 今まではこれで勝てた! なぜ負ける!」
自分がなぜ負けたのかを理解できずに。
もはやこの戦の敗勢は決まっていた。
背後には村上軍の25艘もの小早。
前方には10艘の関船。
こちらの軍勢は壊滅。
勝つ術などありはしない。
「お主は時の流れに逆らったからだ」
どこからか、声がした。
ハッと道興がそちらを向くと、彼が乗る安宅船に並走するように1艘の関船が横づけしてきていた。
否、周囲を見渡せば村上軍の関船ばかり。
味方の姿はなかった。
「村上……隆重ェ!」
道興はそう叫んだ。
隆重は道興を見つめて動かない。
激高した道興が乗っていた安宅船から隆重ののる関船へと飛び乗ろうとした直後、10名の兵士が彼を遮った。
手には鉄の棒を木で囲った筒とを持っている。
直後、凄まじい爆音があたりを包み込んだ。
「ひ、卑怯な……」
道興は意識を手放す直前にそう呟いた。
「犬畜生と呼ばれても、武士は勝つことこそ本懐である」
隆重は倒れ伏した道興を見つめてそう答えた。
そして振り返った彼は低く冷めた声でこう命じた。
「制圧せよ。これが最後の船だ」
隆重の命令に「応!」と答えた兵達は軽々と敵の安宅船に飛び乗ると次々に兵を討ち取っていった。
「勝鬨を上げよ!」
初戦は能島村上家、村上隆重が制した。
こんばんは雪楽党です。
偶には作品の話でもしてみようかと思います。
いまの戦ですが、あと数話ほど続きます。
それが終わりましたら数年ほどの平穏な時となりますので、それまでは血なまぐさい瀬戸内をお楽しみください。




