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10話

「河野への備えですと?!」

 配下の兵をまとめた将吉は道兼に武吉から命じられた内容を相談した。

「若……これはあまりにも!」

 河野の後詰は10割無いであろうと将吉は聞いていた。

 にもかかわらず備えが必要とはどういうことか。

「武勲を立てさせたくないのでしょう」

 話を静かに聞いていた時隆はそう答えた。

「……はぁ」

 溜息をはく将吉。

 時隆は将吉が少しばかり哀れに思えた。

 兄に信用されない弟ほど不憫なものはない。

「終わったことだ。今更嘆いても仕方あるまい」 

 将吉はそう言って思考を切り替えると、道兼に「俺は寝る」と言って船倉へと言ってしまった。


「クソッタレ」

 

 兄の役に立てると思い来たのにもかかわらず、この扱い。

 自分が憎たらしくなって将吉はそう呟いた。



「進めぇ!」

 武吉は自らの乗る安宅船の上でそう采配を振り下ろした。

 当主自らが先鋒を率いて来島村上家の本拠地である来島城を目指す。

「殿! 前方より来島がきまする!」

 船首に立っていた物見がそう叫んだ。

「いかほどか!」

「関船15艘、小早30艘にございまする!」

 僅かばかし能島村上家の兵力が敵を上回っていた。

 こちらは武吉の乗る安宅船と関船20艘、小早35艘。

「陣形を魚鱗とせよ!」

 武吉の命令に従い太鼓が打ち鳴らされる。

 事前の取り決め通り先頭には隆重率いる関船3艘とこはや5艘が並びそれを先頭にして三角形のような陣形が取られる。


「隆重に伝えよ! 鉄砲の使用を許すとな!」

 

 武吉はそう豪快に笑いながら言った。



「やはり能島は来たか」

 船の上で通康は迫り来る敵を見つめてつぶやいた。

 目の前には武吉が率いる軍勢。

「殿。われら最期までお供いたしまする」

 傍らで兵が跪いた。

 それを見て通康はニコリと笑うと「愚か者」といった。

「我等はまだまだ進むぞ。河野とは手切れじゃ。」

「なっ、右近様に聞かれでもしたら……」

 配下の兵は通康にそういったが、その言葉を通康は遮るようにこう言った。

「奴にはここで死んでもらう」

 そう不敵に笑う通康に兵は恐怖を覚えたのであった。

 通康は軍配を振り上げ、振り下ろした。

「掛かれぇい!!」

 その声と共に法螺貝が鳴らされた。



「引き付けよ!!」

 敵方から法螺貝が鳴り響く。

 それを聞いた隆重は配下の鉄砲集にそう厳命した。

 彼らは最新式の火縄銃を有する部隊であり、10名で構成されている。

 今回の戦で目立った戦果があれば大規模な拡張が予定されている。

「敵方先手衆は河野家家臣、真壁右近でございまする!」

 物見の兵が叫んだ。

 隆重がそちらに視線を向けると確かに舳先にたった武士の姿があった。

「あの武士を狙え」

 勇ましくも目立つところに立っている右近を隆重は睨みながらそう兵に命じた。

 10名の鉄砲衆がぞろぞろと船首へ移動し、右近へ狙いを定める。

「弓隊、放て」

 敬重は振り返ると背後に構えていた弓衆にそう命じた。

 彼らが狙うのは右近が乗る船ではない。

 その左右を航行している船であった。

 すると彼らは示し合わせたかのよう矢をよけるかのように距離をとっていく。

 旗を見る限り、右近が乗るのは彼自身が有する船だが、それ以外はすべて来島の物だ。

 右近の船へ視線を移すと何やら舳先で騒いでいる。

「当たりそうか」

 彼を見て口角を吊り上げた隆重は鉄砲衆の一人に尋ねた。

「万事、間違いなく」

 その返答を聞いた隆重はニヤリと笑うと、采配を振り上げた。

 鉄砲衆は再度、舳先で騒ぐ右近へ照準を合わせ、引き金に指をかける。


「放て!」


 海上を爆音が包み込んだ。



「真壁右近どの討ち死に! 先手衆総崩れにございます!」

 先手衆からの伝令に通康はどこかホッとした心持であった。

 しかし、それを周囲に示すことも出来ずわざとらしい演技を始めるのであった。

「なんと! 右近殿が……。もはやこれまでか」

 なんという三文芝居だろうか。

 周囲から見ても馬鹿馬鹿しかったが、口実というのは重要であった。

「殿! お気を確かに! 生きてこその物種でございますれば!」

 誰かが地面に屈した通康に駆け寄り方に手を添えた。

 大義名分はこの瞬間にできたのだ。

 裏切りが常とされるこの世でも大義名分がなければだれもついてこない。


「我等は能島に臣従いたす! ついてこれぬものはこの場にて反旗を翻すがよい!」

 


「殿、戦は終わりましてにございまする」

 来島からさらに西方にいった地点で将吉達は陣を構えていた。

 河野家の本拠地である湯築ににらみを利かせていたものの、敵に動きはなかった。

「……我らは何のためにここに来たのでしょうな」

 時隆は悔し気にそう呟いた。

 気持ちはわからなくもない。

 意気揚々と三島城から全戦力を引き連れてきたというのに戦に参加することすら許されなかった。

「そう言うな。もしもの備えは重要だ」

 将吉はそう言って時隆を諫めた。

 だが、彼の右手が震えていることに道兼は気づいた。

「殿っ! 前方に見慣れぬものが……」

 そんな彼らのもとに一人の兵が駆け寄ってきた。

 何事だろうかと将吉は彼についていくと『見慣れたものがそこにはあった』。


「ッ! 縄を持て!」


 将吉はそう叫び、縄を受け取るとそれを船に結び付け海に飛び込んだ。

「将吉様!」

 背後にいた道兼がそう叫ぶが将吉の耳には届かなかった。

 彼は泳いでその漂流物に近づく。

 オレンジ色で、小早よりも随分と小さいそれは


――現代の救命艇そのものであった――


「ッ! 『豊進丸1号艇』……」

 しかも、そこに書かれた船名は彼が前世で乗り組んでいたものに搭載されていた救命艇そのものであった。

「だれか……いるの?」

 中から誰かの声が聞こえた。

 ハッとした将吉はすぐさま救命艇と縄を結び付けると自らが配下の兵に合図を送り、縄を引かせる。

 関船へ戻った彼は手早く救命艇の甲板に上ると救命ハッチを開けた。

「まさか、な」

 そこにいた少女を見て将吉は驚いた。

 ずぶぬれだが、明らかに現代日本の恰好をしている。 


 彼が自らの命と引き換えに救った少女がそこにいた。

投稿が遅れてしまい、申し訳ございません。

雪楽党でございます。


3日目のジャンル別ランキング1位となりました。

誠にありがとうございます。


また、今までの目標だったブックマーク500を軽くこえ本日600を超えました。

本当にありがとうございます。


これからも毎日投稿できるように頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。


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